13-22 仕度
「みんなというと、あとステアリーナもかい?」
ラインハルトが尋ねる。蓬莱島に来る資格のある者でこの場にいないのはステアリーナだけだ。エルザとミーネには既に説明済みなので2人は特に疑念を差し挟むこともない。
「え? ステアリーナ?」
サキが不思議そうな顔をする。
「ああ、サキには話していなかったっけ」
仁はステアリーナを仲間にした経緯を説明する。
「……なるほどね」
「侯爵に、超国家的な学校は無理だと言われた。それで考えたんだ。同じような考えを持つ者。国がどうでもいいと言うんじゃない。けれど、知識を、技術を、国対国に使うんじゃなくて、人々のために使う、そんな人を集めて仲間を作っていきたいと思うんだ」
しばらく静寂があった。真っ先に口を開いたのはサキ。
「いいね、ジン! ボクは賛成だよ!」
次いでエルザが、そしてミーネが。
「ジン兄、それ、いいと思う」
「ジン様、それなら上手くいくのではないでしょうか」
「ありがとう。ステアリーナには知識転写を使った。ここまでしないと仲間を選べないというのは情けないんだけどな」
その処置を肯定したのはミーネ。
「いえ、ジン様。ここ蓬莱島は、私から見ても進んだ技術で溢れています。万が一、野心を持つ者がここの技術を利用しようと考えたりしたら、と思いますと、その処置はむしろ必要です」
さらにエルザも擁護する。
「そう思う。むしろ誰でも迎える、としたらそれは、無責任」
「確かにそうですわ」
「うん、今更だが、ここに出入りを許してもらえるなら、そんな検査くらい甘んじて受けるよ、ボクは!」
ベルチェ、サキも肯定派だった。
「ジン、みんなこう言っているよ。君の処置は賢明だと思うよ」
最後にラインハルトが締めてくれた。
「わかった。それで、だ。明日、ステアリーナをちょっと呼びに行って、そうしたら見せたいものがあるんだ。何かというのは見てのお楽しみ」
ちょっとおどけた調子で仁が言うと、ラインハルトはいかにもすぐに見たそうな顔をした。
「ううむ……ま、まあ、全員の前で、と言うなら仕方ない。楽しみにしていよう」
横ではベルチェが、そんなラインハルトに苦笑していた。
「それじゃあ、ラインハルトとベルチェの新居に必要そうな物を少し作ろうじゃないか」
重い話がすんだので気が楽になった仁。
「何がいいかな?」
「……おトイレとお風呂、お布団」
ぼそりとエルザが言った。やはりその3点は譲れないのだろう。
特にトイレは衛生面でも優れているので、カイナ村の全てのトイレは地下浸透式ではなく即時分解式の暖房便座付きトイレになっていた。
仁は笑って頷く。ベルチェとサキも無言で首を縦に振っていた。
「やっぱり外せないよな。よし、エルザは布団を頼む。俺はトイレ用の部品を作る」
そしてラインハルトは、
「ジン、馬車馬をゴーレムに変えたいと思うんだが、作り方を教えてもらえるだろうか?」
と言ってきた。作ってくれ、ではなく作り方を教えてくれ、というところがいかにも彼らしい。
「さほど人口の多くない村だから、使わないときまで馬を飼育しておくというのは無駄が多い。そこへいくとゴーレム馬なら」
「わかった。皆まで言うな」
快く引き受ける仁である。
「よし、それじゃあ、時差を考えて、あと5時間。夕食をこっちで食べてカルツ村へ戻る手筈でいこう」
こうして、ラインハルトの館整備用資材の準備が始まったのである。
「まあ、そうやって作るんですの?」
ベルチェが見ている前で魔絹の布団を作っていくエルザ。
「ふうん、普通の魔導ランプとは違うんだね。エーテル発光体だって? 聞いた事がなかったな」
サキは職人が製作しているエーテル発光体利用のランプに興味津々。
「なるほど、骨格はそうなっているのか。筋肉も……良く良く見ると、人型ゴーレムとの共通点もあるんだな」
ラインハルトは仁と共にゴーレム馬を作っていた。
「よし、やってみる。……『知識転写』」
ゴーレム馬用の制御核を作るため、仁が用意した設計基用の制御核に知識転写をかけるラインハルト。
彼のそっち方面の才能は残念ながら若干エルザに劣っていた。それでも、何度か練習することで、辛うじてレベル3まで何とか出来るようになったのである。
「やったな、ラインハルト!」
「ああ、ジンのおかげだ!」
レベル3ならば、専門知識の転写まで可能だ。ゴーレム馬の製作を一時止め、仁はラインハルト用の魔結晶を用意し、そこに科学知識の一部を転写した。
エルザより若干範囲は狭いが、小学校〜中学レベルの科学・数学知識が詰まっている。
「ラインハルト、これの中身を一旦もう一つの魔結晶に転写したあと、自分に向けて知識転写をかけるんだ」
その魔結晶を、ラインハルトは上気した顔で受け取った。
「ありがとう、ジン。……『知識転写』」
魔結晶に魔導式が浮かび上がり、もう1つの魔結晶に吸い込まれていく。
「よし、そっちの魔結晶に蓄えられた知識は、もうラインハルトなら読み込める」
「わかった。『知識転写』」
こうして、ラインハルトも初歩の初歩とはいえ、ようやく科学の知識を手に入れた。
「すごい! これが知識というものか! ジン、君には感謝してもし足りない!」
興奮するラインハルト。本当の意味での『知識』を得た彼の気持ちはわかるので、仁は生温い目で見つめていた。が、ベルチェは違ったらしく、
「あ・な・た? あまりみっともない真似はなさらないでくださいましね」
と釘を刺していたのである。
* * *
結局、蓬莱島で夕食を済ませた後、一行は全員でラインハルトの新居に転移した。
時差を考えると、その方が翌日以降の行動に支障が出にくいのである。
布団10組、ベッド10台。ユニットトイレ4基、ゴーレム馬2頭。それに細々した生活雑貨。
それらを持って、薄暮のカルツ村へ移動。
「ここがライ兄の新しい家」
「まあ、素敵なお屋敷ですね」
初めて見たエルザとミーネの2人も称賛した。
その日はとりあえず、客間・寝室に必要数のベッドと布団を整えること、それにエーテル発光体を取り付ける事であった。
「これは明るいね! 普通の魔導ランプとは比べものにならない」
サキは明かりを取り付けて回っていた。
蓬莱島で知っている筈なのに、今まで無かったところに設置すると、その明るさに驚いたサキである。
「おトイレは4基。1階に2基、2階に2基」
エルザとミーネはトイレを設置して回っていた。今までは単なる『壺』だったのである。
「お父さま、ベッド組み立て、これでいいでしょうか」
「ああ、ありがとう」
仁は礼子に手伝って貰い、ベッドを組み立てて設置していた。
仁の馬車設置の転移門で運び込む関係上、完成品は無理だったので、部品として運び、こちらで組み立てたのである。
ラインハルトはベルチェと共に細々した生活雑貨などを整理していく。台所用品、食器などだ。冷蔵庫もある。
全部が終わると夜の9時近い。夜の時計である月が木の梢に懸かっているのが見えた。
「皆様、ごくろうさま。いろいろとありがとうございました」
一同は応接室で寛いでいた。
ベルチェがネオンと共にシトランジュースの入ったコップを差し出す。
ほどよく冷えたジュースを飲むと、全員ほっと溜め息をついた。
「みんな、今日はありがとう。助かったよ」
「あとは使用人だな。当てはあるのかい?」
サキが尋ねる。
「もし何なら、祖父さんに頼んでみてもいいよ」
「いや、侯爵に頼むのはできれば避けたい。自力で何とかするさ」
そう答えたラインハルトは、何か当てがあるような顔つきであった。
お読みいただきありがとうございます。
20140429 13時31分 表記修正
(旧)初めて見た3人も称賛した
(新)初めて見たエルザとミーネの2人も称賛した
サキは見ていましたね……
20140429 19時23分 誤記修正
「ここがライ兄の新しい家」
「まあ、素敵なお屋敷ですね」
の後のサキのセリフ、消し忘れていました……orz
20160226 修正
(旧)興奮するラインハルト。その気持ちはわかるので、仁は生温い目で見つめていた。
(新)興奮するラインハルト。本当の意味での『知識』を得た彼の気持ちはわかるので、仁は生温い目で見つめていた。




