13-19 新たな仲間
ステアリーナの部屋は迎賓館の3階にあった。
侍女が一人専任で付いていたが、内密の話と言うことで部屋の外に出ていてもらうことにする。
「それで、話というのは何かしら?」
侍女が淹れ、置いていったお茶をすすりながらステアリーナが尋ねた。
「そうですね、まずは、ステアリーナさん、俺たちの仲間になってもらえますか?」
単刀直入に仁が尋ねた。単刀直入過ぎて、ステアリーナはその意図をかえって掴みかねたようだ。
「仲間ってどういうことかしら? お友だち、じゃなく?」
「ええ、『仲間』です」
その意味する所を薄々察したらしいステアリーナは、ぱあっと顔を輝かせた。
「……もしかして、ジン君の秘密とかいろいろ教えてもらったりしちゃうの?」
「え、ええ、まあ」
「それならなっちゃうわ! もう国になんて帰らなくてもいいくらいよ!」
その言葉を聞いた仁は、最終確認を突き付ける。
「……その言葉は本心からですか?」
「え?」
「魔法工作、そのためになら国を捨ててもいいですか? その覚悟がありますか?」
仁の語調、隣にいるラインハルトの雰囲気を感じ取り、ステアリーナはおどけた物言いを収め、真面目に答える。
「ええ、かまわないわ。何なら証明しましょうか」
ステアリーナはドレッサーの引き出しを開け、バッグを持って来た。その中から身分証を取り出す。パスポートのようなものである。
「これがないと国には帰れないわ。これを差し出してもいいと思ってる」
仁はその身分証を押し戻し、
「わかりました。そこまでしてもらわなくても大丈夫です。許可して欲しいのは1つだけ。『知識転写』を使うことを許してください」
「知識転写? どういう魔法なの?」
仁は正直に答えることにした。
「頭の中を読み取って魔結晶に転写する魔法です。嘘をついていてもすぐわかります」
頭の中を読まれると聞いたら、普通は嫌がるか気味悪がるかするものだが、ステアリーナはそうではなかった。
「いいわ、どうぞ」
堂々としたその態度に、かえって仁の方が気後れした。だが結局はやらねば前へ進めない。
「『知識転写レベル8』」
「きゃ」
一瞬のことだが、若干の違和感にステアリーナは小さく声を出してしまった。
「これでいいの?」
仁の手に輝く魔結晶を見つめながらステアリーナが言った。
「ええ、あとは解析するだけです。とはいっても、簡単なので」
先日、老君といろいろやり取りして作り上げた魔導具、その名も『思想チェッカー』。一辺が15センチくらいの立方体だ。
構造としてはゴーレムの制御核を持つ魔導具。少々特殊なのは、記憶用のサブ制御核を使うところ。
このサブ制御核の部分に、転写した魔結晶をセットするだけ。
制御核が自動的に転写された記憶・意識をチェックし、仲間になるという気持ちに嘘偽りがないか確認してくれる。
プライバシーを守るという点においては、確認が取れたらすぐに記憶を転写した魔結晶は消去をかけてしまえばいい。
発声能力は原始的な『単語組み合わせ』式。つまり、あらかじめ組み込まれた幾つかの単語を組み合わせるだけ。複雑なやり取りはできなくはないが、その場合、時間が酷くかかる事になる。
これもまたプライバシーを守るための構成だった。つまり、記憶内容を聞き出したくても聞き出せないように、ということだ。
これを使い、ステアリーナの意識確認をさせてもらったところ、『問題なし、適性A』であった。Aというのは蓬莱島ファミリーとしての適性評価で、裏切る心配皆無、というレベルだ。変なところに凝る老君である。
「ステアリーナ、疑ったりして申し訳ない」
まず真っ先に頭を下げたのは仁、ラインハルトも謝る。
「どうしてこれだけの確認をしなくちゃならなかったか、は、この後はっきりすると思う」
「ええ、楽しみにしてるわね」
こうして、仲間になる資格十分と判定されたステアリーナを伴い、仁とラインハルトは迎賓館から出、そっと仁の馬車へ。
周囲に他の者がいないことを確認した後、馬車内に備え付けられた転移門を使ったのである。
「い、今の何?」
『しんかい』へと出た仁、礼子、ラインハルト、そしてステアリーナ。さすがに転移初体験のステアリーナは驚き、興奮している。
「転移門を使った移動だよ」
「え、え、え、転移門?」
「ああ。この辺から慣れてもらわないとね」
そして蓬莱島へと移動する一行。
転移門室から玄関ホールを経て、一旦研究所の外に出たところで、仁はいつものセリフを口にする。
「ステアリーナ、ようこそ蓬莱島へ」
* * *
転移門に驚いたステアリーナだったが、それはまだ序の口だったことを知る。
それからはお定まりのコース。
ゴーレムメイドに驚き、素材の山に驚き、施設に、トイレに、温泉に。
「……もう帰りたくないわ……」
本音であろう。
が。
「一旦帰らないとな」
「ええ? 何で? もっと居たい!」
「……いや、このまま居続けたら、行方不明で捜索隊が出るぞ?」
『仁やラインハルトとちょっと外へ』出たままだから、二人も疑われるだろう。
「うう、そうね……」
「別にもう来られないわけじゃないんだから。明日、帰国すると見せかけて、途中で拾い上げるから」
「ほんとね? 期待しているわ」
そういうわけで、ステアリーナは一旦ショウロ皇国へ戻ることになった。
「それじゃ、これを使ってくれ」
「えーっと、『魔素通信機』だったかしら? ありがとう。わかったわ」
迎賓館に戻るステアリーナを見送った仁とラインハルトは、一旦ラインハルトの実家へと戻ることにした。
『スカーレット・トレイル』の船足は速く、夕刻にはランドル伯爵邸に到着できた。仁の馬車は陸路でこちらへ戻ってくることになる。夜通し走っても疲れないというのは大きな利点だ。
「ジン、そういえばエルザたちは?」
夕食後、寛ぎながら談笑する仁たち。
ラインハルトの問いに、仁はカイナ村の状況を説明した。
「ふうん、大変だったんだな。だが、サリィ・ミレスハンか、いい先生らしいな」
「ミレスハン、って仰いました?」
珍しくベルチェが横から尋ねてくる。
「その方、暗い金髪、青い眼の女性で、年の頃は40代後半……50にはまだ届いていらっしゃらない、違いますか?」
「あ、ああ、そうだな。歳は確認してないけど、そのくらいかも」
仁の答えを聞いたベルチェは手を打ち鳴らして喜ぶ。
「まあ! でしたらきっと、あの先生の関係者かも」
「あの先生? ベル、知り合いなのかい?」
ラインハルトにはミレスハンという姓に心当たりはなかったのだが。
「ええ。クララ・ミレスハン。わたくしが生まれてこられたのはその方のおかげですわ」
「どういうことだい?」
「あなたにもお話していなかったですわね。わたくしの母、ヒルデは8ヵ月ほどで生まれた、つまり早産だったそうで、生まれた時未熟児でしたの。未熟児だったうえに病気にかかり、一時は命が危ぶまれたのですが、クララ先生はそんな母を救って下さったのですわ。もちろん、母から聞いたお話で、その母も母の母、つまりわたくしの祖母から聞いた話になるんですけど」
どうやらサリィは、ベルチェの言うクララ・ミレスハンという治癒師の関係者らしい。
年齢的に見て娘さんなのだろう、とベルチェは言った。暗い金髪、青い眼というのはクララの容姿なのだという。
「確かにショウロ皇国式の治癒魔法も使っていたっけな」
仁もその事を思い出した。やはりサリィはクララの娘なのだろうか。
「でもどうしてセルロア王国に……もしや……?」
「何か知っているのかい、ベル?」
「ええ、これも聞いた話なのですけれど」
現在は未熟児と言わず、早産児、低出生体重児、などと呼ぶようですが、あの世界では、そういう用語はまだありませんので。
お読みいただきありがとうございます。
20140426 13時55分 誤記・表記修正
(誤)適正
(正)適性
2箇所、字が間違っていました。
(旧)蓬莱島ファミリーとしての適性で
(新)蓬莱島ファミリーとしての適性評価で
2014427 11時17分 表記修正
(旧)母から聞いたお話なんですけど
(新)母から聞いたお話で、その母も母の母、つまりわたくしの祖母から聞いた話になるんですけど
その時生まれた母親から、というのには無理がありますので。
回りくどい言い方なのは、ベルチェは祖母を直接は知らないからです。
(旧)ー
(新)暗い金髪、青い眼というのはクララの容姿なのだという。
サリィを直接知っているわけではないという描写を追加。
20160513 修正
(誤)「仁、そういえばエルザたちは?」
(正)「ジン、そういえばエルザたちは?」




