13-04 真実
モーリッツが引き上げてからも、マルカスの部屋の調査は行われた。
「ジン兄、これ、は?」
エルザが何か見つけたらしい。
「ん? ……何だ、これ?」
皮紙の切れ端だったが、仁にも読めない文字が書かれていたのである。
「礼子、わかるか?」
「お待ち下さい。…………わかりました。これは魔族が使う文字です」
「何!?」
「……アスク・クエス・イツルウトー・フツグムナス……何かを酒に混ぜて誰かに飲ませた、と書かれています。破れているのでそれ以上は分かりません」
礼子は、老君経由でアンに確認したのである。アンは、少しなら魔族の文字を理解することができた。
「うーん、砒素と酒、それにこのメモ。マルカスが侯爵に砒素入り酒を飲ませたのは間違いないな。それにマルカスが魔族だと言うことも」
「魔族だって!?」
初めて知った事実に、ラインハルトが一番驚いていた。エルザ、ミーネはそれほどではない。
エルザはマルカスと対峙した時から薄々勘付いていて、ミーネにも話していたのである。
「魔族が何をしていたんだ?」
それに答えたのはエルザ。
「……さっきも兄さまに答えたように、彼は情報収集と言って、いた」
「そうだったな。情報収集、か……」
その意味を考え、ラインハルトは慄然とした。人類側の情報を集めていたと言うことは、魔族には人類と接触するつもりがあるということだ。そしてそれが友好的であるはずがない。
「じゃあ、もしかしてジンの飛行船やミニ職人や、レーコちゃんの強さも、知られてしまったということかい!?」
「だろうな」
「だろうなって……ジン! ……」
狼狽えているのが自分だけなのを知り、ラインハルトはいくらか落ち着きを取り戻した。
「……そう、か。あれは、ジンにとってはまだ序の口なんだな?」
「そういう、こと」
仁に代わってエルザが頷いた。飛行機に乗せて貰ったことのあるエルザには自明のことである。
そして、もう2枚、書き損じと思われる皮紙が見つかった。内容を繋ぎ合わせ、足りない部分を補完してみると1枚は、
『エルザの父に頼まれて』『侯爵に』『毒を盛った』となる。そしてもう1枚は、
『人間の』『欲望は』『興味深い』『利用できるかもしれない』ということであった。
仁は、ワルター伯爵の所にいた魔族、『ラルドゥス』も面白半分に力を貸していたことを思い出す。
魔族は、人類に興味を持っているらしい。
「うーん、考えたくないが、叔父上は、エルザを侯爵に嫁がせて外戚となる以上のことを考えていたんじゃないかと思う。エルザが身籠もった後侯爵を毒殺する。その後エルザが侯爵の子を産み、しかもそれが男子なら、外戚であることを生かし、幼い侯爵の後見人になるつもりだったのかも。子供が生まれなくても、正妻の父親、となれば発言力も違ってくるだろうしな」
それを聞いてエルザが身震いした。
「……それは、嫌」
そんなエルザの肩を、ミーネは何も言わずそっと抱いた。
「だが、これだけ証拠が揃ってしまったら、こちらのランドル家は取りつぶし間違いないだろうな……。軍人であり、それなりの功のあるフリッツは、そのまま軍に留まれるだろうが、モーリッツは……」
エルザは魔法技術者としてやっていけるだけの実力もあるし、治癒師となったら引っ張りだこになれるだろう。
そうでなくとも、仁と一緒に蓬莱島やカイナ村で暮らせばいいのだ。
だが、モーリッツはそうはいかない。
「……兄さま……」
「もしモーリッツが承知なら、だが、僕の領地経営の手伝いをしてくれると有り難いんだがな」
ラインハルトが父親から貰った領地。手続きその他があるので、正式に赴任するのは秋以降と思われる。それに向けて、配下を増やす必要があった。
モーリッツなら気心も知れているし、有能である。
「後で聞いてみるか」
そして部屋からはもうそれ以上目ぼしいものは見つからず、一同はエルザの案内で応接間に戻った。モーリッツだけはいない。
「さて、残る謎は……」
大きな疑問点は氷解したが、幾つか分からない事が残っていた。
「そうなると、ミーネを洗脳したのはマルカスということになるのかな?」
それを聞いたミーネは恥じるように俯くが、これは仕方のないことである。
「おそらくそうだろうな。エルザを確実に侯爵に嫁がせるため、虫がつかないようにエルザを守る、という『暗示』だったんじゃないかと思われる」
それなら、あの凄まじいまでの態度を咎められなかったことも納得がいく。
「あの頃のミーネは凄かったからな。『不埒な真似をしたらねじ切ります』とか言われたし」
「ジン様、恥ずかしいです。もう勘弁して下さい」
仁の言葉に、顔を赤くしたミーネは俯きながら言った。
虫がつかないようにエルザを守る、が嵩じて、エルザを連れて亡命しようとしたのを知っているのは、当人達を除けばここにいる仁とラインハルトだけだ。
「話を戻そう。そうすると魔族は催眠とかを使えると言うことだな?」
頭部に大怪我を負った際に解除されたので、暗示なのか催眠だったのか、今となっては分からないが、魔族はそう言った洗脳系を使えるのだろうと推測できる。
「あとは……魔族の文化レベルだ」
マルカスは超一流の魔法技術者だった。ラルドゥスも、魔力性消耗熱について詳しかった。
「アンが言っていたが、魔族というのはあまり社会的じゃないらしい。つまり『国』というものを作らず、家族単位でまとまっているというんだ。ということは、魔導大戦を境に、人間は文化文明の継承が途絶えたりしたのに対し、魔族では受け継がれた可能性が高い」
人間側では、特定の人間が特定の知識を受け継いで行くのに対し、魔族では家族単位で受け継がれる。ということは、魔族の生き残りがいたとすれば、かなりの知識が受け継がれたのではないかだろうか、と仁は推測していた。魔族にはバックアップがたくさんあったようなものだ。
「それは……脅威だな」
ラインハルトが少し顔を青ざめさせながら言った。
「だが、奴等の最終目的が何か分からない事には……な」
仁は、今の人間がいるあたりは自由魔力素濃度が低いため、魔族の生存には不向きだろう、との推測も述べた。それを聞いたラインハルトは安堵の息を吐く。
「うーん、そうなると、すぐに攻めてくるということも無さそうかな?」
「ああ。だが、油断はできないがな。だから人間も、小群国で小競り合いなんかしている場合じゃないんだよな」
仁は、今温めている計画、名付けて『扶桑島聖地化計画』を説明しようとした。
だが、その時。
「エルザ様、子爵様が目を覚まされました!」
エルザ父に付いていた侍女が息せき切って報告しにやって来た。
それで一同は急いで向かう。
「父さま!」
横たわった子爵は確かに目を開いていた。
「エルザ、か」
「……父さ、ま?」
が、その目はどこか焦点が定まらず、発する言葉もたどたどしく、聞き取りづらかった。
「わ、るい夢、を見て、イタ、ようナ、気分、だ」
「……」
やはり脳に後遺症が残ってしまっていたか、と仁は思った。
最上級の治癒魔法でも、死滅した脳細胞は蘇らせられなかったのである。
エルザの診察によると、軽い半身不随の傾向も出ていた。
「マルかス、は、どう、した」
「……マルカスは……姿を、消した」
「そう、か。はくじょう、もの、メ」
そして子爵はエルザの後ろにミーネがいるのを見つけた。
「……おかえ、り」
そして、また目を閉じたのである。
「……うーん、やっぱり脳に後遺症が残っているな」
三度応接間に戻ると、仁は小さな声で言った。
「一度目の脳梗塞は軽かったが、今度のものは少し酷かったようだからな。いくら魔法でも、神経細胞を再生する事はできないんだな」
治癒魔法は、細胞を活性化して癒すのが基本だ。もともと再生能力のない神経細胞や脳細胞は、修復くらいならできても、再生はできなかったのである。
「……父さまは、このまま、なの?」
「俺は医者じゃないから何とも言えないが、リハビリすれば、あるいは……」
心配そうなエルザに、仁もそう答えるしかなかったのである。
子爵は元には戻りませんでした。
お読みいただきありがとうございます。
20140411 13時28分 脱字修正
(誤)死滅した脳細胞は蘇らせられなかたのである
(正)死滅した脳細胞は蘇らせられなかったのである
20140411 13時36分 誤記修正
(誤)それのこのメモ
(正)それにこのメモ
(誤)っして子爵はエルザの後ろに
(正)そして子爵はエルザの後ろに
20140412 19時44分 表記修正
(旧)侍女が息せき切ってやって来て報告した
(新)侍女が息せき切って報告しにやって来た
20181226 修正
(旧)
「情報収集と言って、いた」
「情報収集……」
(新)
「……さっきも兄さまに答えたように、彼は情報収集と言って、いた」
「そうだったな。情報収集、か……」
前話でも似た問答がありましたので。
(旧)侯爵を毒殺した後、エルザが侯爵の子を産み、しかもそれが男子なら、外戚である上、
(新)エルザが身籠もった後侯爵を毒殺する。その後エルザが侯爵の子を産み、しかもそれが男子なら、外戚であることを生かし、




