13-02 エキシの町とエルザの実家
翌日つまり6月24日。仁は女皇帝陛下に断り、エルザの実家があるエキシへ向かった。
その際、
「あの話、少し変えたいの。と言っても、魔法技術匠の称号を贈ることだけ取り消させて貰うだけだけど」
と言われた。既に魔法工学師の称号を受けた仁には不要だからだ。
「仕官の話は考えておいてね?」
そちらの方は念を押されたが、仁の中ではおおよその返事は決まりつつあった。
それをまだ口にはせず、仁はコジュを発ったのである。飛行船はヘリウムを抜いてコジュに預けてきた。
仁、エルザ、ミーネ、ラインハルト、そしてベルチェ。礼子、エドガー、ノワール、ネオン。
ラインハルトの外輪船『スカーレット・トレイル』はギリギリの人員を乗せてトスモ湖を渡っていた。
「今回はバンネへ向かわないで直接エキシへ行こうと思う」
「頼む」
ラインハルトには、今回エキシへ行く理由を説明してあった。
『ファミリー』のメンバーで今いないのはサキ。その理由はラインハルトが知っていた。
「サキは昨日、侯爵と一緒に実家へ帰ったよ」
「そうか、まあ、いいこと……なんだよな」
そんな会話をしながらの船の旅、約1時間。一行は対岸の町エキシへ接近した。
「ふうん、それなりに賑やかだな」
ラインハルトの実家があるバンネほどではないが、街道沿いにあるだけあって賑わっていた。
港に入ると、管理官の船が近付いてきた。定期便や住人以外の船についての定型的なチェックである。
「それでは東3番に着けて下さい」
桟橋の番号を告げられた。その指示に従い、スカーレット・トレイルは接舷。
「うーん、この船の場合、外輪があるから舳先か艫から乗り降りした方が便利そうだな……」
愛妻ベルチェに手を貸しながら上陸したラインハルトが呟いた。確かに、外輪船では両側舷の水車が邪魔になる。
こんな時にも改良点を考えているところはラインハルトらしい。
「ご主人様、お待ちしておりました」
スチュワードの声。前日、馬車だけ先行させておいたのである。
「ご苦労。さあ、行こう」
仁の馬車は御者であるスチュワードを除いて8人乗り。1人余るが、そこはそれ、ゴーレム馬に跨ればいい。
ということで、相談の結果、エルザの実家を知っているノワールがゴーレム馬に乗ることになった。
黒騎士ノワールがゴーレム馬に跨った姿は圧巻であった。
「お、おい、見ろよ……」
「な、なんかすげえ」
道行く者は小声で囁き交わしている。
* * *
ゲオルグ・ランドル子爵邸はエキシの町、北の外れにあった。
「中心じゃないんだな」
「ああ、中央部にあるのは町長のいる役場だからな」
仁が感想を述べると、ラインハルトが説明した。領主といっても直接統治しているわけではない。
そもそも子爵は軍人であるから、代官として町長を立てているわけである。
仁の馬車は港から20分程で子爵邸に到着。ラインハルトの実家より二回りほど小さいが、良く似た建築様式の館である。
広い前庭があり、周囲には木が植えられている。
「……懐かしい」
エルザは懐かしさのあまり、暫く家を見つめていた。ミーネは無言である。
そんな気持ちは分かるので、馬車を預け、子爵家に取り次いで貰う間、エルザの好きにさせておく仁とラインハルト。
そして、一行を出迎えるために出てきたのは、やせ気味の若い男。淡い赤毛でエルザと良く似た水色の目をしている。
「ラインハルトか、久しぶりだね。そしてそちらがジン・ニドー卿かな? 僕はモーリッツ・ランドル・フォン・アンバー、どうぞよろしく」
エルザの兄でゲオルグの長男、モーリッツであった。
「モーリッツ、兄、さま……」
兄の声に我に帰ったエルザは、駆け寄ろうとしたものの、躊躇うように途中で足を止めた。
「おお、エルザ! お帰り! 元気そうだね!」
モーリッツは手を広げ、エルザを待ち構えるような仕草をした。エルザは躊躇いながらも、一歩、また一歩と歩みを進め、
「……兄、さま。……ただい、ま」
モーリッツの前に立ち、帰還の言葉を口にした。モーリッツはそんなエルザの手を取って、妹を歓迎する。
「よく帰って来た。いろいろあったらしいね? まあ、お入り。ラインハルト、ベルチェさん、遅ればせながら結婚おめでとう」
「ありがとうございます。あの、子爵様のご容態はいかがなんですの?」
「まあ、立ち話もなんだから、とにかく中へ入ってくれ。最後になるが、ミーネ、お帰り」
「……ありがとうございます」
そういうわけで、一行は子爵邸に入り、広い応接間に通された。
「……お母さま、は?」
きょろきょろとあたりを見渡したエルザが尋ねた。この『お母さま』は、当然、ミーネのことではなく、子爵夫人、マルレーヌ・ランドル・フォン・ネフラのことである。
「ああ、母さんは療養のため、ワス湖湖畔の別荘へ行っている」
マルレーヌはやや身体が弱く、フリッツを産んだのち、もう子供を産むのは無理と治癒師に言われていた。
それもあり、ゲオルグ・ランドル子爵は、ミーネに産ませたエルザを手元に引き取ったのである。……婚姻という名の元に、手駒にするために。
「……そう」
少しがっかりするエルザ。血が繋がっていなくても、優しかった育ての母に会いたかったのである。
「まあ、色々と聞きたいこともあるし、そちらも話はあるのだろうが、まずは最優先の用件から片付けた方がいいだろうね?」
切れ者らしく、モーリッツは余計な話を挟むこと無く、本題に入った。
「先触れの者から、今回来訪の趣旨は聞いているよ。父ゲオルグの見舞いと診断、それにかのマルカスについて、でよいのだね?」
「はい」
一同を代表して仁が答えた。
「まあ、娘が父親に会うのに何の遠慮もいらないわけだが……エルザ、あとでいろいろ聞かせてくれるね?」
「はい、兄さま」
モーリッツは、エルザに色々と質問したい気持ちを押し殺しているようだ。やはり次男のフリッツと違って知性派である。その分、身体は弱そうだが。
「前回……一昨年に倒れたときはすぐ気が付いたのだが、今回はまだ意識が戻らないんだよ……」
ゲオルグが眠る部屋に一行を招き入れたモーリッツは、沈んだ顔で言葉を発した。
「父さま……」
「旦那様……」
いわゆる植物状態で横たわるゲオルグを見て、エルザとミーネは言葉を失った。
「エルザ、診断して見てくれ」
見かねた仁が言葉を掛けなければ、まだずっとそうしていたかも知れない。
「うん、わかった。……『診察』」
エルザが高度な治癒系魔法を使うのを見たモーリッツは一瞬目を剥いたが、何も言わず見守り続けた。
「……『診察』」
何度か診察を掛け直し、調べていたエルザであったが、最後に掌をゲオルグの額に当て、
「『完治』」
最上級治癒魔法を唱えた。さすがにモーリッツもそれには驚いたようで、
「エ、エルザ! いつの間に!」
と、聞かずにはいられなかったのである。
「……で、どうだ?」
それよりも仁は、エルザの表情が気になったので、診察結果を早く知りたかった。
「……父さまのここに、血の塊がある。それが、脳を圧迫している、みたい」
エルザは自分の額を指差して見せた。
「ふうん、前頭葉か……あー、なんだっけかなあ」
仁といえど、なんでもかんでも知っているわけではない。脳の前頭葉がどんな役目を司っていたか、思い出そうとしたが、記憶はあやふやであった。
「だが、とにかく脳にとっていい状態ではないのは間違いないな」
「うん。それで、完治を使ってみたけど、あまり効果はなかった」
そんな、仁とエルザの会話を聞いていたモーリッツは、残念そうに言葉を紡ぐ。
「僕もいろいろな分野の知識を学んだ自信はあるのだが、お2人の会話には付いていけない。だが、完治が効果ないのでは、もう父は……」
「いや、そうじゃない」
気落ちするモーリッツを遮るように仁が言った。
「エルザ、完治は内科系だよな?」
「……うん、そう言われればその通り」
「外科系の治癒魔法は何が使える?」
「……全快……使えるかどうかわからないけど、やって、みる」
全快は外科系の最上級治癒魔法である。
「治癒の力よ、かの者を治せ、『全快』……」
瞬間、確かにその魔法は発動した。が、以前完治を習得したときと同様、エルザは力を使い果たし、倒れこんだのである。
最初に魔法を使うときは、呪文の他に、イメージを高めるための言霊として、詠唱を行うといいようです。
お読みいただきありがとうございます。
20140409 16時14分 表記修正
(旧)仁の馬車で港から20分程で子爵邸であった
(新)仁の馬車は港から20分程で子爵邸に到着
「で」が重なるので表現変更。
20140415 22時22分 表記修正
(旧)兄の声に我に帰ったエルザは駆け寄ろうとして途中で足を止めた
(新)兄の声に我に帰ったエルザは、駆け寄ろうとしたものの、躊躇うように途中で足を止めた。
20190131 修正
(誤)モ—リッツ
(正)モーリッツ
一箇所修正。
20190626 修正
(旧)全快は外科系の上級治癒魔法である。
(新)全快は外科系の最上級治癒魔法である。




