12-60 意外な結末
巨大ゴーレム、ゴリアスと対峙した礼子は、まず相手の動きを窺った。
巨大な相手は今回が初めてではない。疑似竜、砂虫、百手巨人、凶魔海蛇、そしてギガース。
それらと比べて、目の前の相手は劣っていた。
「でも油断大敵、でしたっけ」
それは仁から得た知識。どんな相手でも油断してはいけないと、自らを戒める礼子である。
ゴリアスが速いといっても、せいぜい人間の数倍。礼子はその数百倍の速さを出せる。
礼子を踏み潰さんと、ゴリアスが踏み込んだ、その足を、余裕を持って躱した礼子は瞬時に後方へ回り込んだ。
そして体重が掛かっていた左膝関節裏側を蹴り付けたのである。いわゆる『膝カックン』を片脚だけやった形である。
体重が掛かっている側の膝が砕け落ち、体勢を崩すゴリアス。倒れるのを防ごうと、地面に突くべく左手を伸ばした。
礼子はそれを待っていた。
その左腕を抱え込み、引き寄せつつ捻りを加える。
憶えていても使えなかった投げ技だ。その絶妙な力加減により、ゴリアスはきれいに倒れこんだ。
地響きがして土埃が上がる。
「お、おおー!」
「すごい……」
観客からは溜め息のような声が上がった。
「まさか、あれは『腕返し』?」
女皇帝陛下のそばにいたゲーレン・テオデリック・フォン・アイゼン侯爵は思わず見とれてしまった。
その技は、ショウロ皇国騎士の奥義とも言うべきもので、剣を無くした際に無手で相手に勝つための投げ技である。
突き出された剣を躱し、相手の腕を抱え込むようにして身体ごと捻り、あわよくば敵の肘か肩の関節を極め、倒れこむようにして投げる。
それの応用にしか見えなかった。
「ゲーレン、『腕返し』とは、何ですか?」
宰相の向こうに座っていた女皇帝から質問が飛んだ。侯爵は簡単に説明する。
「あの技は、相手の力を利用する関係上、一つ間違えたら自滅する、そんな技なのです。それをあの自動人形……レーコはやってのけました。いや、いつあの技を憶えたのかにも興味はありますが、それ以上に使いこなしていることは驚異ですな」
「お、おお? 陛下、あれを!」
ユング・フォウルス宰相が驚きの声を上げた。同時に観客席からも歓声が上がる。
礼子は、倒れこんだゴリアスが起き上がる前に、その身体の下にもぐり込み、持ち上げてしまったのだ。その小さな身体で。
身長6メートルのゴリアスを、身長1.3メートルの礼子が持ち上げる。それはある意味シュールな図である。
だが、ゴリアスも黙って持ち上げられているわけではない。身体を動かし、腕を伸ばして礼子を掴もうとしている。
だが、捕まるよりも一瞬早く、礼子はゴリアスを空高く放り投げてしまった。
およそ4トンはあろうかというゴリアス、それを30メートル以上の高さまで放り投げる礼子の膂力。
「な……」
ゲオルグ・ランドル子爵も、マルカス・グリンバルトも、その有り得ない光景を見て絶句した。
礼子はゴリアスの落下地点から退避。そして重力の法則に従って、ゴリアスは地上に落下、激突した。
轟音が響き、アリーナ全体が揺れた。地面には直径10メートル以上のクレーターが穿たれていた。
そのクレーターの底で、ゴリアスは動かない。よく見ると腰の関節部分がひしゃげ、破損している。
数分待ってもゴリアスが動き出さないので、礼子は審判役を務めるクリストフ・バルデ・フォン・タルナート魔法技術省事務次官のところまでとことこと歩いて行った。
「もう、終わりでいいのではないでしょうか?」
礼子からの言葉に我に帰ったクリストフは、気を取り直すと、
「それまで! 勝負あり! 勝者、ジン・ニドー、その自動人形、レーコ!」
その宣言が響き渡ると、静まりかえっていた観客たちも息を吹き返したように熱狂的な拍手と歓声を送る。
「いいぞー!」
「すごいぞー!」
「かわいー! レーコちゃーん!」
歓声に応えて礼子がお辞儀をすると更に拍手が増えたようだった。
「素晴らしい自動人形ですね、ジン殿」
現場の片付けを行っている間、勝者へのインタビューが行われていた。
「こんなに可愛らしい自動人形なのにあれ程の強さを誇るとは、何か秘密があるのでしょうか?」
「いえ、単に一所懸命に作っただけですよ」
さらりとかわす仁。
「秘密なんてありません。私を作って下さったのはお父さま。それが全てです」
礼子もそう言って仁を讃えた。
この段階になって、ようやく興奮が冷めてきた観客。その一部の者は、礼子の持つ計り知れない力を脅威に思っていた。
同時に、礼子の知性を考え合わせ、仁にちょっかいを出すよりも仲良くした方が良いと結論を出していた。
そして、それはその者たちにとって最良の選択だったことを知る者はいない。
* * *
「さて、これで全ての競技が終了しました」
司会が終了宣言を言い、それを引き継いで、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ女皇帝が締めの宣言を行う。
「一部で揉め事があったようですが、今年の技術博覧会も盛況のうちに幕を閉じられそうです。参加者の皆さん、来場者の皆さん、そして実行委員たちへの感謝を申し上げます」
簡潔に述べたその言葉に、会場からは万雷の拍手が。
仁も拍手していた。長ったらしい演説は大嫌いだが、女皇帝の簡潔な一言は大歓迎である。
「このあと、休憩を挟みまして、優秀者の表彰を行います」
* * *
「まさか……まさかまさかまさか! 信じられるか! こんなことがあるものか!」
一方でゲオルグ・ランドル子爵は見たものが信じられないと喚きだしていた。
「でも、これは事実。父さま、ジンに……ジン君の実力は世界一。競ったのが、間違い」
だがそんなエルザの言葉も、ゲオルグ・ランドル子爵は聞く耳を持たない。
「うるさい! お前なんかに何がわかる。幼い頃から優れた兄と比べられ続け、後継ぎにもなれない私がようやく掴んだ今の地位だ。更に上を目指そうとした矢先にあいつが現れた。何故だ! 何故邪魔をする!」
「……ジン君は邪魔なんかしていない。父さまが1人で敵視しているだけ。ジン君は、友人や仲間にはとても優しい。でも、敵対する者には厳しい。そんな、人」
その言葉を聞いたゲオルグは、血走った目でエルザを見つめた。
「……お前……まさかあいつのこと……」
「?」
「許さんぞ! お前は私の出世のため、上位貴族に嫁ぐのだ! そうでなければ、あんな女の生んだお前を認知した意味がない」
「父、さま……この競技にジン君が勝ったらと言う約束、は?」
曲がりなりにも実の父と思い、それなりに慕っていた男から衝撃的な言葉を投げ付けられ、エルザはショックを受けた。
「約束なんかもう知ったことか! お前は私の出世の道具として生きるのが役目なのだ!」
目を血走らせ、顔を真っ赤にし、口角泡を飛ばしながら、エルザをアリーナから連れ出そうと手を伸ばすゲオルグ。その時、エルザの中で何かが砕けた。
「バリア」
その魔鍵語は、守護指輪の絶対障壁を作動させる。
生じた見えない壁に阻まれるゲオルグの手。
「な、なんだこれは! エルザ! 私に逆らうのか!」
「……」
だがエルザは俯いたまま返事をしない。その目は涙で一杯だ。
ゲオルグ・ランドル子爵は手では駄目だと見て、腰の剣で障壁を叩くも、守護指輪の絶対障壁はびくともしなかった。
仁が作った守護指輪の絶対障壁は上級魔法にも耐え、かつて礼子が殴りつけても耐えたのである。人間の攻撃でどうにかなるわけがなかった。
「ええい、面倒だ! 人形兵、魔法用意!」
人形兵とはエルザを監視していた自動人形のことである。
自動人形兵士は、その手にした杖を掲げた。炎魔法が込められた杖である。
周囲の観客はとっくに逃げ出してしまっていたが、そんなものをここで使ったら大事になる。
「叔父上! おやめ下さい!」
それまで、あまりの展開に呆然としていたラインハルトが必死で止めようとするも、興奮したゲオルグの耳には届かない。
間一髪、2体の自動人形からその魔法を発動するための杖を奪ったのはエドガーだった。
「な……! 貴様はエルザが作った木偶人形! 邪魔をするな! 人形兵、そいつを壊してしまえ!」
命じられた人形兵2体は、猛然とエドガーに襲いかかった。
1体からの拳を躱すエドガー。その懐にもぐり込み、投げを打つ。
「そ、それは背投げ!」
ショウロ皇国騎士が使う技である。万一のための護身術として、老君が蓬莱島関係の全ゴーレム・自動人形に最近教えたものの一つだ。
エドガーも、蓬莱島にいる間、仁の弟子の作、という扱いで、知識転写による知識の付与を受けていたのである。
礼子のように触覚はないため、手加減無しで投げられた人形兵は地面に叩き付けられ、そのまま四肢を四散させて動きを止めた。
更にエドガーはもう1体に向かって行く。
繰り出された蹴りをかいくぐり、軸足を掬うように払う。
もんどりうって仰向けに倒れこむ人形兵の振り上げられたままの脚を取って、更に押し上げるエドガー。
当然人形兵の頭部は勢いよく地面に激突。頭部はひしゃげ、そのまま起きてくることはなかった。
「なん……だと……」
エルザの父はその光景が信じられないようだ。少年にしか見えない自動人形が、戦闘用の人形兵を相手に取り、互角以上の戦いをしているのだから。
だが、そこまでの騒ぎが他に知れないはずもなく、女皇帝から派遣された兵士達がやって来た。
「子爵! 何をしている!」
「ここは観客席ですぞ!」
そんな時、子爵に異変が起こった。
「うっ!? ……うう……っ……」
突然苦しみ出したかと思うと、意識を失い、その場に崩れ落ちるように倒れたのである。
「……父さま?」
「叔父上?」
「子爵?」
「司令!」
部下たちも慌てて駆け寄る。戦場での応急処置くらいなら心得ている者たちだ。
「静かに横にするんだ! ……よし」
「脈が弱い。そっと運べ!」
彼等は、エルザの事は気にも止めず、ゲオルグ・ランドル子爵を抱えて足早に立ち去っていった。女皇帝から派遣された兵士も監視のため付いていく。
残されたエルザとラインハルトは、そのあっけない幕切れにぽかんとしたまま。
「そ、そうだ、ジンに知らせないと! エドガー、エルザを守っていろよ!」
それだけ言うと、ラインハルトは仁に知らせるため、駆け出していった。
「……父さま……」
残されたエルザは呆気にとられていた。あの頑健な父にいったい何が起こったというのか。先程まで、その父親に絶望していたというのに、今は心配である。
「……今度は駄目かも知れませんね」
「!?」
そんな声に振り返ると、エルザの背後にマルカス・グリンバルトが立っていた。観客席のそのあたりにはもう誰もいない。
警戒するエルザを見たマルカスは両手の平を見せ、不可思議なセリフを口にした。
「私は貴女をどうこうする気はないですから、ご安心を。もう私の役目は終わりですしね」
「役目?」
「そう、役目です。……人間たちの実力を計る、というね」
「人間たち?」
まるで自分は人間ではない、と言わんばかりのその物言いを訝しむエルザ。
「……おっと、口が滑りましたね。ではエルザお嬢さん、私はこれでお暇します。これでようやく、お芝居をしなくて良くなると思うと、ほっとしますよ」
「……お芝居?」
「ふふふ、ジン君とその自動人形の実力が知りたいばかりに色々やらかしましたがね。まさか、ゴリアスを一方的に蹂躙するとは思いませんでしたが、十分情報は取れました」
「あなたは、何者?」
「さあ? あててごらんなさい。ジン君によろしく。彼のように優秀な魔法工作士とは仲良くしたいものです。貴女も、まあ、いい腕ですけどね」
それだけ言うと、エルザを守るように立つエドガーをちらりと見てマルカスは身を翻した。
そのまま立ち去っていくかと思われたマルカスだったが、ふと立ち止まると、思い出したように呟いた。
「そうそう、侯爵にもよろしくお伝えしておいて下さい。いろいろ悪かった、と」
そして、今度こそ立ち去っていったのである。
技術博覧会終幕の喧噪の中、エルザに付いている隠密機動部隊、マロンとプラムは、一部始終を見聞きしており、それをリアルタイムで蓬莱島の老君へ知らせていた。
そして老君は、この場にいる第5列の1体、遊撃要員レグルス50に命じ、後をつけさせたのである。
「エルザ!」
そこへやって来たのは仁。ラインハルトの知らせで、競技終了の演説後大急ぎで駆けつけてきたのだ。
「ジン兄……」
バリアを解除したエルザは仁の胸に飛び込んだ。安堵した途端、今までの不安が一気に噴き出して、止めどなく涙が溢れてきていた。
「ジン、兄……」
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
泣きじゃくるエルザを、仁はただ抱き留めていることしかできなかった。
大増量になりました。
お読みいただきありがとうございます。
20140405 19時36分 誤記・表記修正
“「父、さま……この競技にジン君が勝ったらと言う約束、は?」」”
末尾の“」”が一つ多かったので修正しました。
(誤)まず相手の動きを伺った
(正)まず相手の動きを窺った
(旧)左手を地面に突くべく伸ばされる
(新)地面に突くべく左手を伸ばした




