12-56 残る謎
エルザには、2体の隠密機動部隊、『マロン』と『プラム』が付いている。成人女性タイプのゴーレムだ。
麻痺銃などの武装も持つが、今回の場合、実の父が娘を連れ帰ったという扱いになるので法的には問題がなく、おいそれと手が出せないでいた。
そしてエルザは、父親ゲオルグの宿舎に連れて行かれていた。
「ここに入っていろ!」
「……あっ」
ゲオルグはエルザを小さな部屋に突き飛ばすように押し込むと、ドアを閉め、外から鍵をかけた。エドガーも中には入れず、外に出されている。
「明日の朝までそこで反省していろ」
そう言い残してゲオルグは立ち去る。部屋の前には見張りと護衛を兼ねた兵士が1人。そしてエドガー。
「……」
部屋の中には粗末なベッド、それに椅子が一つ。
「……父さま」
一人になったエルザは悲しげにぽつりと呟いた。
「……という状況のようです」
エルザ付きの隠密機動部隊、『マロン』からの報告が老君に入り、先ほど宿の部屋に戻った仁は、礼子経由でそれを聞いていた。
魔素通信機を持ってくれば良かったと思っても後の祭り、面倒だが仕方ない。
「マロンがエルザと一緒に室内、プラムが部屋の外にいるんだな? 気付かれてはいないか?」
比較的狭い宿舎なので仁も心配である。
「その点は大丈夫です。宿舎内の人数も少ないので」
「……とりあえず、マロンに言って、エルザを安心させてやってくれ」
一人閉じ込められて心細いだろうと思った仁は指示を出した。
「……あとは明日、か。……予定が狂っちまったな」
エルザの父親があれ程とは思わなかった事もある。
「……やっぱり何か精神操作受けているのか……いや」
常軌を逸したところがある人間を見るとすぐに精神操作かと思ってしまうのは危ういと思い直した仁は、室外にいるエルザ付きの隠密機動部隊、プラムに、無理のない範囲でその点を調べるよう指示を出したのである。
「(……エルザ様)」
「誰!?」
誰もいないはずなのに声をかけられてびくっとするエルザ。
「(お静かに。私は仁様に言いつかって貴女を守護している隠密機動部隊、マロンです)」
エルザは以前、仁から聞いた事を思い出した。姿を見せないからすっかり忘れていたことも。
「(仁様が、何も心配するな、と。とにかく明日までは我慢してくれ、とも)」
「……ジン兄が。……わかった」
いつでも自分を心配してくれ、思ってくれている人がいると言うことが、これほど心強いものだったということを、今更ながらにエルザは知った。
「(何かあっても私がおります。ドアの外にはもう1体の隠密機動部隊、プラムと、貴女の自動人形、エドガーも)」
「……あり、がとう」
自分は独りではない、そう思うと目頭が熱くなった。
こうしてそれぞれの思惑を含みながら夜は更けていく。
「すまない、ミーネ。予定が狂ってしまった」
ホテルの自室に戻った仁は、ミーネに詫びていた。
「いいえ、ジン様。伺った限りではジン様のせいではありません。不幸な偶然です」
頭を下げた仁を逆に気遣うミーネ。
「……あの人……エルザの父親は昔からそういう人なんです。出世欲が強く、使えるものは何でも使う。それが娘であっても」
「明日、侯爵から、エルザを嫁にするのは止めたと言ってもらえば、子爵は諦めるだろうけどな」
「いえ、多分、別の上位貴族に差し出そうとするだけでしょう。そういう人です」
「……」
仁よりはミーネの方がゲオルグ・ランドル子爵の事はよく知っている。そのミーネが言うのであるから間違いないだろう。
「とにかく、明日の魔導人形競技だな」
ミーネが自室に下がったあと、仁は誰を参加させるか検討に入っていた。
「お父さま、その役目、私にやらせて下さい」
今まで黙ってそばにいた礼子が自ら名乗り出た。
「礼子?」
「あの男は、私を侮り、お父さまを愚弄しました。それが間違いであると、衆人環視の中、証明してやりましょう」
「それは俺も思っている。だが、わざわざお前が……」
だが、その言葉を遮って礼子は主張する。
「いえ、これは私にやらせて下さい。お父さまが私を女の子として扱おうとして下さることは素直に嬉しいです。でも、私の存在意義はお父さまのお役に立つことです。それができなかったら、私は本当にただの愛玩人形になってしまいます」
その言葉を仁は噛みしめる。礼子は娘であると同時に、世界最高の自動人形でもある。そしてそれを証明するには礼子が争い事にその身を投じなくてはならないという皮肉な現実があった。
「わかった、礼子、お前に任せる。それなら、お前を最高の状態に整備してやる」
「はい、ありがとうございます」
仁は礼子をテーブルに横たえ、魔力を切ると、10体のミニ職人を呼び出し、礼子の各部チェックをさせた。
「右脚膝関節のクリアランスを0.01ミリ減らします」
「左腕、橈骨、0.1ミリの歪みを検出。修正します」
仁にも困難な精密チェックを行うミニ職人。その手腕のおかげで、これまでにないほど礼子の各部が整備されていった。
「ご苦労だった、ミニ職人」
整備・調整の結果、3パーセントほどの性能向上が見込まれ、万全の態勢で明日に臨むことができそうである。
人は眠るが、ゴーレムは眠らない。仁の命を受けたプラムは、人々が寝静まった事を確認すると、できる限り音を立てないよう気を付けながら、ゲオルグ・ランドル子爵の部屋に近付いていった。
「誰だ?」
暗闇から声が掛かった。不可視化の魔法を纏っているプラムが気付かれたのである。
「そこにいるのはわかっている。どうやっているのかはわからんが見えなくなる魔法を使っているようだな」
不可視化を常時発動させているプラムにとって、暗闇は関係ない。赤外領域で見ているからである。
その代わり、色や細部の解像度は落ちているのだが。
そんなプラムの目に映ったのは壮年にさしかかったくらいの男。マルカス・グリンバルトである。
「目的は何だ? 俺か?」
マルカスは『俺』が目的か、と言った。それはつまり、彼が重要人物だということ。自意識過剰なのでなければ、だが。
不可視化で姿を消しているプラムに気が付いたのだ、何かの能力を持つことだけは間違いない。
これ以上の調査は無理と判断し、プラムはその場を離れる事にした。
「……ん? 逃げるのか。……まあいい、追うつもりはない」
プラムはそのやりとりをそのまま老君へ報告した。
『どうやら、その男はかなりの能力を持っているようですね』
それ以上は、さすがの老君にも、情報が少なすぎてわからなかった。それよりも、不可視化を使っていたプラムが勘付かれた理由の方が問題だ。
『可能性としては音、でしょうかね』
一部のコウモリは超音波を使って周囲の情報をキャッチしている。その男も能力もしくは魔法を使っている可能性が高い。
『音響探査』は物質内部を調べる魔法だが、『反響定位』とでも言える魔法があれば可能だ、と老君は一応の結論を出した。
『これ以上の推測は無意味ですね……情報不足です』
老君は引き続き情報を集めるよう、しかし無理はしないよう、プラムに指示を与えた。
そして夜は明け、6月22日の朝となった。
「ジン殿! 魔導人形競技を行うのですと!」
朝食を済ませた仁の部屋に、デガウズ魔法技術相がやってきて大声を上げた。
「あ、はい」
仁は、昨日女皇帝陛下やデガウズ魔法技術相たちと別れた後の話をかいつまんで説明。
「ううむ、ゲオルグ・ランドル子爵がそのようなことを……」
渋い顔をするデガウズ魔法技術相。ゲオルグは現在、国外駐留軍司令官であると同時に、皇国軍軍事顧問も兼任している。
そのような重要ポストにある者が軽々に魔導人形競技を行うというのだから無理もない。
しかもその相手が国の賓客であり、仕官を打診中であるから尚更だ。
「デガウス様、アトラクションとして考えればいいんですよ。なあ、ジン?」
そう言ったのは同じく仁の部屋を訪れていたラインハルト。今さっきまで仁といろいろ話をしていたのである。
「ううむ、アトラクションか……確かにな。技術博覧会特別企画とでもするか……」
俯き、腕組みをして考え込む魔法技術相。やがて意を決したように顔を上げ、
「よし、それでいこう。そうなると、国で取り仕切らせてもらう事になるが、ジン殿、よろしいか?」
「ええ、かまいませんよ」
「感謝する。それでは子爵にも伝えてこよう。……魔導人形競技は昨日クリストフが決めた通り、9時から行うのでよろしく」
お知らせです。
3月30日(日)朝から、4月1日(火)夜まで実家に帰省しますので、レスなどを書く事が出来ません、ご了承下さい。
その間にいただきました御感想などへのレスも簡単なものとさせていただくかもしれませんがこちらもご了承下さい。
橈骨は肘から手首を繋ぐ2本の骨のうち、親指側にある骨です。反対側は尺骨といいます。
礼子の整備、ファインチューニングですね。
お読みいただきありがとうございます。




