12-51 仁の出番
午前の部が終わるか終わらないうちに、仁は控え室にエルザを連れて行った。サキも付いてきてくれる。
「エルザ、大丈夫か?」
「……うん」
父親の顔を見たエルザの反応は芳しくない。
エルザ自身にも、父に会うことが嬉しいのか怖いのかよくわからないようだ。
訥々とそんな心情を語るエルザにサキは頷きかけた。
「うんうん、わかるよ、エルザ。ボクも似たような立場だからね。祖父さんに会いたいかどうかと聞かれたらやっぱり微妙だよ」
「……サキ姉」
不安を顔に出したままのエルザ。その肩を仁はそっと抱いて囁く。
「大丈夫だ。エルザが望まないような事態には絶対にさせないから。陛下だって認めてくれたんだし、いざとなったら攫って蓬莱島に帰ってやる」
「……ジン兄」
「今、その変装をしていれば、気付かれることはないだろう。そして午後一番で、俺が客の度肝を抜いてやる。見てろよ」
「……うん」
自信たっぷりな仁の言葉に、少し気が楽になるエルザであった。
* * *
昼食時間を挟んで午後1時半、後半開幕である。巨大ゴーレムはいつの間にかいなくなっていた。休憩時間に引き上げたのであろう。
そしてアナウンスの声が会場に響いた。
「さあ、それでは午後の部を開始致します。午後の一番手はエゲレア王国の名誉魔法工作士、ジン・ニドー!」
前日のミニゴーレムを見て仁の実力を知っているものも多く、大きな拍手が巻き起こった。
ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ女皇帝、ユング宰相、デガウズ魔法技術相、エゲレア王国第3王子アーネスト、クライン王国第3王女リースヒェン、セルロア王国第2位の魔法工作士ステアリーナ・ベータ……皆、仁が何を持ち込んだのか、興味津々である。
その仁は、スチュワードと礼子に手伝わせ、広場の中央に何やら据え付け、準備を始めた。そして説明を開始。
「ジン・ニドーです。ご来場の皆様、これは地底蜘蛛の糸で作った袋です」
地底蜘蛛、という単語に、驚きの声が何カ所かで上がった。非常に稀少な魔物だと知っている者であろう。
その袋を広げるスチュワードと礼子。端を持って引っ張り、広げた様子は40メートルはありそうな巨大さである。
「ここに特殊な気体を注入します」
昨日から動かしていた魔導具と、それに付随したタンクと巨大な袋をホースで接続した。すると袋が膨らみ始める。
この魔導具は、空気中にあるヘリウムだけを集めるためのものであった。
「お、おおお!?」
「な、なんだ、あれは!?」
観客が見ている前で、巨大な袋が膨らんでいく。それは細長い風船。片側には安定翼のようなものが付いている。
「な、なんで浮いているのだ?」
細長い風船は、ある程度膨らむと、地面に横たわった状態から次第に空中へと浮かび始めたのである。
「……飛行船……」
アリーナにいたエルザがぽつりと言った。
「え、何だって?」
「知っているんですの、エルザさん?」
隣にいたラインハルトが、そしてベルチェが尋ねた。
「うん。あれは飛行船という。気嚢……袋の中に、空気より軽い気体を入れて浮かぶ」
そんな説明の間にも、飛行船の気嚢は膨らみ続ける。形がはっきりとわかるようになった。
気嚢の下部には乗員室になる籠が設けられていた。3〜4人は乗れそうである。
ワイヤーなどで吊るのではなく、直接気嚢に取り付けられている。
その籠には、別に用意されていた筒状の部品が取り付けられていく。
「これは、魔導推進器です。風の魔法を使い、風を送り出して、その反動を利用します」
魔法型噴流推進機関ではない。あれは反動を吸収する魔導式を消去して、仁が組み上げたオリジナル魔法を使用しているが、こちらは従来通りの魔法を利用している。
原理としては、『圧力風』の魔法で起こした風を、筒の中で絞って圧力を上げているのである。口をすぼめて強い息を吹くのと似ている。
こうすることで、魔法が吸収している反動以上の圧力を生み出し、その差分で駆動するというもの。
魔法型噴流推進機関より効率は落ちるが、十分な駆動力を得る事が出来ている。
そしてついに飛行船は完全に浮かび上がった。
空気より軽い気体……ヘリウムの供給をしている魔導具を止め、ホースを外して、注入口を工学魔法で塞いだ。
「万が一、穴が空いて軽い気体が抜けると墜落するおそれがありますから、気嚢……この袋の中は幾つかの部屋に別れていて、一気に気体が抜けるということがないようになっています」
今はスチュワードがロープで飛行船を船用の係船柱に係留しているので浮かび上がらないが、それを解いたらそのまま空へ舞い上がりそうである。
「それでは、どなたか、ご一緒に空の旅をしてみたい方はいらっしゃいませんか? 私と助手の他に1名、乗ることが出来ます」
「私が」
真っ先に声を上げたのは女性だった。そして、居並ぶ者達は仰天した。
「……陛下……」
そう、空の旅に立候補したのはショウロ皇国女皇帝であったからだ。
「陛下! なりませぬ!」
しかし、さすがに周囲の者達に止められる。さすがに仁も、まさか女皇帝が立候補するとは思わず、少し、いやかなり驚いていた。
「え、ええと、他にどなたかいらっしゃいませんか?」
「それじゃあ、ボクが」
手を上げたのは仁もよく知る顔。サキ・エッシェンバッハである。
「ではどうぞ」
仁はサキを手招きした。
タッチの差で手を上げ損なったラインハルトは悔しそうである。彼は女皇帝陛下が立候補したのに驚いていて、反応が遅れたのだ。
広場の真ん中までやってきたサキは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら仁に言った。
「くふふ、ジンが何をやらかすかと思っていたら、空を飛ぼうとはね。おそれいったよ」
その仁は観客に向けて補足説明をする。
「過日、統一党なる団体が、『熱飛球』なる乗り物で戦場に乗り込んだと聞きました。対してこれは『飛行船』といいます。熱飛球よりも速く、長く飛ぶ事が出来ます」
その説明に、何人かからほう、とか、なるほど、と言う声が出た。熱飛球を見た者であろう。
そんな中、仁は搭乗用の籠に乗り込んだ。礼子、そしてサキがそれに続く。
エルザはアリーナでラインハルトやベルチェと一緒に、羨ましそうな顔で眺めていた。
「では、行きます。……スチュワード、手を放せ」
スチュワードが飛行船を係留していたロープを放すと、飛行船はふわりと浮かび上がり、完全に地面から離れた。
「おお、浮いたぞ!」
観客席からどよめきがあがる。
仁は操縦桿を手にし、魔導推進器を下方へ向けて噴き出した。その反動で飛行船の上昇速度が上がる。
「おおー……」
「す、すごい!」
「……飛んだわ……」
観客が見守る中、飛行船は大空へと舞い上がったのである。
「うわあ、ジン、凄いね、気持ちいいね!」
サキは大はしゃぎである。仁も、飛行船に乗るのは生まれて初めてだ。
籠は密閉されてはおらず、白雲母製の風防も正面だけ。だから風を体感できる。それがまた心地よかった。
「よし、進むぞ」
魔導推進器を動かせば、勢いよく吹き出す風の反動で、飛行船は進み出した。
「うんうん、これはいいね! 地上を見下ろすと言うのがこれほど気持ちいいとはね!」
ハイテンションなサキ。仁は、飛行船の細かい制御は礼子に任せる。
仁も、実は飛行船の詳細は知らない。それで細部は仁オリジナルである。
浮力を増したり減らしたりするには、気嚢内に仕込んだ魔導装置を使う。
気嚢内を熱して、より膨らませれば浮力が増し、逆に冷やせば体積が減って浮力が減る。
実際の飛行船ではこんなことはしていないが、そこは仁、卓越した魔法技術でカバーしていた。
「おおお、す、すごい!」
「飛んでますな……」
「僕も乗ってみたいなあ……」
「妾も……」
「なかなかの速度。馬車より速いのでは?」
「さすがジンだね……」
「うふふ、やっぱりジン君は凄いわ」
居並ぶ観客たちは、空を見上げ、ある者は驚き、ある者は憧れ、またある者はその実用性に思いを馳せていたのだった。
アンにも聞いたりして仁が作っていたのは熱気球ならぬ飛行船でした。
そして離陸方法は現代のものと少し違います。仁オリジナルのやり方です、仁も飛行船について、完全再現出来るほどには詳しくはないので。
お読みいただきありがとうございます。
20140328 16時20分 表記修正
(旧)これは地底蜘蛛の糸を加工したシートで作った袋です
(新)これは地底蜘蛛の糸で作った袋です
表現がくどいので。
(旧)空気を入れる袋の中に、空気より軽い気体を入れて浮かぶ
(新)袋の中に、空気より軽い気体を入れて浮かぶ
これもくどかったので。
(新)「ワイヤーなどで吊るのではなく、直接気嚢に取り付けられている。」
の1文を、
気嚢の下部には・・・3〜4人は乗れそうである。
と、
その籠には、・・・部品が取り付けられていく。
の間に追加しました。
20140328 20時25分 表記修正
(旧)今、重いスチュワードが飛行船を抑えているので浮かび上がらないが、このままだとそのまま空へ舞い上がりそうである。
(新)今はスチュワードがロープで飛行船を船用の係船柱に係留しているので浮かび上がらないが、それを解いたらそのまま空へ舞い上がりそうである。
(旧)重石となっていたスチュワードが手を放すと、
(新)スチュワードが飛行船を係留していたロープを放すと、
スチュワードはそれほど重くないので、重石にはなり得ませんでした。
(旧) 軽くするため風防はなく、風が直接顔に当たる。それがまた心地よかった。
(新)籠は密閉されてはおらず、白雲母製の風防も正面だけ。だから風を体感できる。それがまた心地よかった。
さすがに、時速100キロ近く出せるのに風防なしはきついので。
20151013 修正
(誤)名誉魔法工作士
(正)名誉魔法工作士
20160513 修正
(誤)「くふふ、仁が何をやらかすかと思っていたら、
(正)「くふふ、ジンが何をやらかすかと思っていたら、




