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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
12 ショウロ皇国錬金術師篇
399/4299

12-49 錬金術師たちの祭典

 仁たちは今、『素材学』という一画にやってきていた。

「へえ、いろいろやってるな」

「面白いだろう?」

「興味深い」

 30人ほどの錬金術師たちが、それぞれのブースでいろいろなものを展示し、またいろいろなデモンストレーションを行っていた。

「うん? この臭い……」

 サキが鼻をひくつかせたかと思うと、顔色を変え、仁の袖を引いた。

「ジ、ジン! ここは危険だ!」

 かつて硫黄を燃やした実験をしていて亜硫酸ガスを吸い込み、意識を失い欠けたサキとしては、その時の記憶が思い出されたのである。

「え?」

 そう、目の前のブースでは、1人の錬金術師がフライパン状の容器で硫黄を熱していた。

 容器の中の硫黄は溶け始めており、サキが恐れた臭いはそこから立ち上っていたのである。

「ああ、亜硫酸ガスを心配してるのか」

 仁は、ポケットからハンカチを出すと、『凝縮(コンデンス)』で空気中の水分を集めてそれを濡らし、そのハンカチを鼻に当てて見せた。

「ほら、こうすれば、少量なら大丈夫だ」

 亜硫酸ガス、すなわち二酸化硫黄は水に溶ける性質があるので、火山などで発生を感じたときは濡れタオルで一時的に防護できる。もちろん完全ではないので、出来るだけ早く退避しなくてはならないが。

 サキのハンカチも濡らしてやる仁。エルザは自分で凝縮(コンデンス)を使い、濡れハンカチを鼻に当てた。

「……ふうん、なるほどね……」

 濡れたハンカチにより、亜硫酸ガスの臭いは感じなくなった。いや、元々、ほとんど発生していなかったのである。燃やしているのではなく、熱していただけなのだから。

 目の前にいる錬金術師は平然と硫黄を熱し続け、容器の中の硫黄は完全に溶けてアメ色になっていた。

「さて、これを水の中に入れますと……」

 錬金術師は容器の取っ手を掴み、溶けた硫黄を桶に張られた水の中に注ぎ込んだ。

 粘性のある液体は糸を引くように流れ込み、水中で冷やされ、固まった。それを取り出した錬金術師は、

「ご覧あれ。あの脆い硫黄が、こんなに伸びるようになるのですぞ」

 口上を述べながら引っ張って見せた。それはまるでゴムのような弾力を持ち、伸び縮みする。

「……へえ、ジン、面白いね! ボクは硫黄を燃やした煙が花びらを白くするのが面白くて、ついその煙を吸って倒れたことがあったけど、あれなら危険は無さそうだ」

「サキ姉、亜硫酸ガスは危険……」

 サキの話を聞いたエルザが呆れたような声を出した。エルザにも、亜硫酸ガスの危険性はわかっているようだ。

「でも、硫黄でゴムが作れるなら、いろいろな応用ができるよ!」

 だが、それは仁が否定した。

「残念だけどサキ、あれは『ゴム状硫黄』って言って、硫黄を溶かしてから急に冷やすとああなるんだが、時間が経つと元の硫黄に戻るから」

「……そうなのかい? それは残念だ……」

 小声で話していたのだが、錬金術師にも聞こえたようで、ものすごい目つきで仁たちを睨み付けている。

 自分がやって見せている実演の種明かしともいえるような話をされては迷惑なのだろう。

 仁たちは急いでその場所を立ち去った。


 次に覗いてみたのは、色々な鉱物が並べられているブースだった。サキのブースと通じるものがある。

「ジン兄、きれい」

「ああ、ほんとだな」

 赤、黄、緑、青、紫……文字通り、色とりどりの鉱物が展示されている。

「さてお嬢さん、ここに金色の石がある」

 そこにいた錬金術師は、指先で摘めるくらいの金色の石を示して見せた後、白くて平らな石を取り出し、こすりつけて見せた。

 てっきり金色の跡がつくと思っていたら、こすった後には黒っぽい線が残ったのである。

「へえ、金じゃないのか」

 感心するサキ。

「その通り。この方法は、金と、金に見えるが別の石を区別する方法なのだ」

 得意げに自慢する錬金術師。

 仁とエルザは、今度こそ聞こえないような小さな声で囁き交わす。

「(……条痕色、だっけ?)」

「(ああ、そうさ。多分あれは黄鉄鉱だ)」

 理科の時間によく見られる実験である。仁とエルザは知っているが、サキは興味を持ってその錬金術師と長いこと話し込んでいた。


「……知っているなら教えてくれればいいのに」

「ごめん、サキがあんまり楽しそうに話し込んでいたから言い出せなかった」

 しばらく錬金術師と話し込んでいたサキが戻ってきた時に、エルザがぼそっと『条痕色』のことを口に出してしまったのだ。

「サキ姉、ごめん、なさい」

 サキに怒られたエルザはしゅんとしてしまっている。

「だ、だけど、こうしてみると、錬金術、というのはまさにこれから伸びそうな分野なんだな!」

 仁は話題を逸らそうとして必死である。

「魔法と関係なく、色々な分野に応用できそうな事柄を研究する、偉いよな」

「……ほんとにそう思うかい?」

 まだ少しふくれっ面をしてはいるが、少し機嫌は直ってきたようだ。

「ああ、思うよ。ただ、まだ体系化されていないのが残念だけどな」

 仁のその言葉に、サキも何か感じたようだ。

「体系化、か……。確かにね。同じ錬金術の中でも、魔法理論、魔法学、はいいが、素材学はまだ始まったばかりだからね」

 魔法を使わずに、いろいろな素材すなわち物質の性質を調べ、生活に応用しようという『素材学』。いわゆる化学に相当するその分野はまだ端緒に付いたばかり。体系化されていないのも無理は無い。

「これからジンたちに教えてもらいたいね」

「それはもちろんさ」

「くふ、楽しみだ」


 そして3人が一回りして戻ると、ステージ上では、若い男性の錬金術師が、色のついた水を掲げて見せているところだった。

 色水は水晶製らしい透明な瓶に入っていて、紫色をしている。

「これは、紫ガンランから取った汁です」

 紫ガンランとは、キャベツに良く似た野菜で、紫色をしているものである。要は紫キャベツもどきだ。

「この汁に酢を垂らすと……」

 歓声が沸き起こる。紫色の汁が鮮やかな赤になったのだ。

「これに、灰汁の上澄みを入れていきます……」

 すると、赤かった汁が、紫色を帯び、青くなり、緑色へと変化していき、最後には黄色になったではないか。

「一切魔法は使っておりません。まだ試験段階ですが、染料として使えるのではないかと考えております。以上です」

 会場からは惜しみない拍手が送られた。

 それでデモンストレーションは終わりだったようだ。

「以上で、本日の実演は終了します」

 実行委員のアナウンスが響き、ステージ前に集まっていた観客はそれぞれ引き上げていった。

「ああ、面白かった」

「ジン、それじゃあボクは自分のブースに行くから」

「うん、俺もそうする」

 サキと別れ、仁も自分のブースに戻る。と、そこはものすごい人だかりであった。

「あっ! ジン殿!」

「え? ジン殿だって?」

「ジン殿! ミニ職人(スミス)について詳しい話を聞かせて下さい!」

 デモンストレーションが終わったので、仁のミニ職人(スミス)に感銘を受けた人々が大挙して押し寄せていたのである。

 彼等の相手をするのが、その日で一番疲れた仁であった。 


 そんなこんなで技術博覧会1日目は終わったのである。


*   *   *


「ふう、疲れたな」

 ホテルの自室で仁はソファに寄りかかっていた。やはり慣れないことをすると疲れる。

「お父さま、ペルシカジュースです」

 そんな仁に礼子は、蓬莱島特製のペルシカジュースを差し出した。飲めば元気溌剌疲労回復。

「……あ、いい匂い」

 ちょうどその時、シャワールームから出てきたエルザがペルシカの甘い匂いを嗅ぎつけた。

「エルザも飲むか?」

「うん」

 シャワーを浴びた後の身体に、冷えたジュースは格別である。腰に手を当てて……というようなことはなく、お上品な仕草でエルザはジュースを飲み干した。

「……ごちそうさま。美味しかった」

「じゃあ、俺もシャワー浴びてくるかな」

 仁がそう言って立ち上がると、ミーネがバスタオルを差し出した。

「ジン様、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 そうして仁もシャワーを浴びる。着替えは礼子が用意してくれた。

 さっぱりした仁が居間に戻ると、サキが訪ねてきていた。アアルも一緒である。

「こんばんは、ジン」

「やあ、サキ。どうした?」

「うん、ボクは1人部屋だから退屈でね。かといってラインハルトとベルチェの邪魔をするのも何だから、こっちに遊びに来た」

「はは、そうだな」

 仁も笑って同意し、礼子に言ってサキにもペルシカジュースを振る舞う。

「おやレーコちゃん、ありがとう」

 礼子に礼を言ってジュースを飲むサキ。その仕草はエルザに比べて少々がさつである。

「サキ様、もう少しお淑やかになさいませ」

 見かねたミーネがそう注意するが、サキは聞こえないふり。

「ラインハルトにちょっと聞いたんだけど、エルザとミーネの帰国、上手くいきそうなんだってね?」

「ああ、昼間、皇帝陛下に認めてもらえた。あとはエルザの父親と……侯爵の説得だ」

「確かにね。その2人はやっかいだよ、きっと……」

 そう言って笑ったサキは、エルザとミーネに向き直り、真面目な顔になって言う。

「エルザ、ミーネ、よかったね」

「サキ姉、ありがとう」

「サキ様、ありがとうございます」

 そしてサキはすぐにまたいつもの調子に戻る。

「そうそうジン、今日は錬金術師会に論文の提出や説明をしていてジンのデモンストレーションを見られなかったけど、明日はきっと見に行くからね」

 言われた仁はニヤリと笑って、

「ああ、楽しみにしていてくれよ」

 自信たっぷりに答えたのであった。

 紫キャベツに含まれる色素、アントシアニンはpHで色が変わります。面白い実験です。

 ゴム状硫黄の実験は危険ですのできちんとした指導者の下で行って下さい。


 お読みいただきありがとうございます。


 20140325 20時13分 誤記修正

(誤)ごれんあれ。あの脆い硫黄が

(正)ご覧あれ。あの脆い硫黄が


(誤)仁が居間に戻ると、サキが尋ねてきていた

(正)仁が居間に戻ると、サキが訪ねてきていた


(誤)今日は錬金術師会に論文の提出や説明していて

(正)今日は錬金術師会に論文の提出や説明をしていて


 20140326 08時33分 誤記修正

(誤)一角

(正)一画

 区画の一部分ですから「一画」ですね。


(誤)蓬莱島特性のペルシカジュース

(正)蓬莱島特製のペルシカジュース

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― 新着の感想 ―
学生の頃の文化祭を思い出します。私も似たような展示をやっていました。 アルコール燃料式のペットボトルロケットを爆発させたのは良い思い出です。 いよいよ父親&侯爵の説得!腕がなりますね!
[気になる点] そういえば錬金術は科学に近い物になると言う話があったけど個人的に魔法の分別の形で発展するのではと思った [一言] 師匠「おおっ……………」色々な実験のデモンストレーションを見て眼をキラ…
[一言] >「これは、紫ガンランから取った汁です」 >紫ガンランとは、キャベツに良く似た野菜で、紫色をしているものである。要は紫キャベツもどきだ。 >「この汁に酢を垂らすと……」 歓声が沸き起こる。紫…
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