12-47 やりとり
「あなたがエルザ・ランドルね」
ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ女皇帝はエルザの顔を見て確認するように尋ねた。
その目の前で、エルザは変装を取って素顔を見せる。
「はい、エルザ、です」
緊張しているエルザを見て、女皇帝は優しく微笑みかける。
「統一党に捕まっていたんですってね? 苦労したわね」
「は、はい」
確かにエルザは捕まっていたことがある。それは嘘ではない。仮に女皇帝が嘘を見抜けるとしても、この点においては本当であるから大丈夫だろうというのが老君の意見であった。
「すぐに帰国しなかったのは何故?」
「……父の勧める縁談が嫌だったからです。それに、マキ……ナ様の元で魔法工作を覚え、国のお役に立ちたかったこともあります」
この答えも、事前に打ち合わせた通りである。
「なるほどね。ジン君に貴方の作品を託してここに並べたわけね。なかなかの物だったわ。貴方は確かに一人前の魔法技術者ね。……でしょう? デガウズ、ゲバルト?」
いきなり振られたことにも動ぜず、2人は答えを返した。
「はい、陛下。エルザ・ランドルの作品を見る限り、我が国におきましても、一流の魔法技術者であると言えましょう」
「陛下の仰る通り、彼女の作品は、本日出品されている作品群の中でも上位に入るものであることは間違いないですな」
その答えを聞いた女皇帝は大きく頷く。ここでラインハルトがすかさず質問をする。
「陛下、我が国の法では、『一人前になった貴族の子女は、婚姻を自ら決めることが出来る』とあります。この『一人前』という表現は非常に曖昧ですが、一流の魔法技術者であるということは一人前であると言っていいのでしょうか?」
この質問も打ち合わせていたものである。老君の予想したように話が進んでいた。残るは……。
「そう、ね。年齢は問題無し。魔法技術者の技術的にも問題なし。私が認めましょう。エルザ・ランドルは『一人前』よ」
その答えであった。仁たちが望む答えを口にした女皇帝は、仁を見ながら片目を瞑って見せた。
仁が背後にいる事に気付いているのかもしれないが、それを口に出すような女皇帝ではない。
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
仁は頭を下げた。続いてエルザ、そしてラインハルトが。
「……で、そちらのミーネ、と言ったわね。本当にエルザの母親なのね?」
次に女皇帝はミーネへと質問を開始した。
ラインハルトと老君が予想した通り、女皇帝はこの場で話を済ませてくれようとしている。後日、では、エルザの父から横槍が入るかも知れないため、これは有り難い。
魔法技術相のデガウズと魔法技術匠であるゲバルトもいるため、略式とはいえ、公的な謁見と言うこともできる。
ミーネへの一通りの質問が終わり、女皇帝は結論を下す。
「エルザ・ランドルとミーネの帰国を認めます。後ほど、書記官に記録させましょう」
仁、エルザ、ミーネ、ラインハルトは一斉に頭を下げた。
「で、当面、2人の身柄はラインハルトに預けます。ジン君共々、頼みますよ」
女皇帝はそれだけ言うと、仁のブースを後にしたのだった。
「……」
「……」
「ふう」
ほっと息をつき、肩の力を抜く仁たち。
「……上手くいったな」
「ああ。老君の予測は大したものだ。ほとんどその通りに話が進んだな」
「……ジン兄、ライ兄、ありがとう」
「ジン様、ラインハルト様、ありがとうございます」
ようやく緊張も解け、エルザとミーネの顔に笑みが戻って来た。
「エルザ、一応さっきの変装をまたしておいてくれ。その方が面倒が少なくて済みそうだ」
「うん、わかった」
エルザはもう一度カツラを被り、保護眼鏡を掛け直した。
そんな時、来客が。
「ジン君、すごいわね、あのミニゴーレム。さすがだわ」
女皇帝の後、ステアリーナが顔を出した。
「わたくしには作れそうもないわね。脱帽よ」
そんなステアリーナであったが、そこに並べられていたオルゴールを見つけた。
「あら? これは?」
「はい、オルゴールと言います」
そう答えたエドガーを見たステアリーナの目が見開かれた。
「あ、あなた、自動人形ね! 素敵ね……」
趣味に適ったらしく、少年型自動人形であるエドガーをうっとりと見つめるステアリーナ。
「はい、エドガーと言います、ステアリーナ様」
「エドガー、いい名前ね。……ジン君の作品?」
「いえ、私を作って下さったのはエルザ様です」
そう言われたステアリーナはエルザを見る。
「あなたがこの子を?」
「……はい」
そんなエルザをステアリーナはまじまじと見つめる。
「……どこかで会ったかしら? ……エルザ? 聞いた事あるような……」
そこへラインハルトが助け船を出した。
「ステアリーナさん、僕の従妹ですよ。事情があって、ちょっとだけ変装をしているんです」
そう言われて、ステアリーナもエルザの事を思い出したようだ。
「ああ、ジン君が短剣を贈った、あのお嬢さんね」
それ以上のことはステアリーナも詮索しないでくれた。
魔法工作談義を少しした後、彼女は自分のブースへと戻っていった。エドガーの方を振り返り振り返りしながら。
「それじゃあ僕も、一旦戻ることにするよ」
ラインハルトも、ベルチェを残してあるからと言って、自分のブースに戻っていった。
* * *
エルザたちも落ち着いたので、仁は他のブースを見に行こうと思い立った。
「さて、少し会場を回ってみるか」
「うん」
仁が言うと、エルザも頷く。せっかくの技術博覧会、何か新しい発見があるかも知れない。
「それじゃあエドガー、引き続きブースを頼む」
「はい、わかりました」
仁はエルザを連れ、会場を見に行くことにした。お伴はもちろん礼子。ミーネは留守番である。
まずは魔法技術者の区画。
当然、真っ先に向かったのはラインハルトのところである。
「おや、ジン、見に来てくれたのかい」
「ジン様、エルザさん、ようこそいらっしゃいました」
おしどり夫婦らしく、2人揃って仁とエルザを出迎えるラインハルトとベルチェ。
「船の他に、こういうものも作ってみてはいる」
ラインハルトが展示していたものはアクセサリーであった。
といっても、当然ただのアクセサリーではない。
「この腕輪は、火属性魔法の火の弾丸が込められている」
ミスリル銀の腕輪を指し示して説明するラインハルト。
「ああ、ポトロックでは確かミスリル銀の杖に『炎の槍』を仕込んでいたっけな」
「そうさ。魔結晶に魔法を込めることはみんなしているが、ミスリル銀に仕込むのは僕のオリジナルだ」
魔結晶の場合、発動媒体と魔力供給源を兼ねることができるが、ミスリル銀の場合は魔力供給源にはなり得ない。
「だが、魔力を収束させて威力を引き上げることは可能だ」
「確かにな」
ミスリル銀は、自由魔力素、魔力素、そのどちらもよく通す。故に、これで作った魔導具は、魔力を散らしてしまうことなく、効率の良い発動ができるのである。
「その際、魔導具内で魔法を組み上げてしまおうというのがこれさ」
ラインハルトの説明を頷きながら聞く仁とエルザ。
考えてみれば、ラインハルトとはゴーレム系の話ばかりしていたこともあり、オリジナル魔導具について、初めて話をゆっくり聞いた仁であった。
「魔結晶を剣に仕込んだりとかはよくするんだけどね、魔力供給源無し、という考えは、何故かあまりなされていなかったんだよ」
逆転の発想というか、見落とされていた使い方というか。いずれにせよ、柔軟な発想から生まれた魔導具である。
やはりラインハルトは非凡な魔法技術者である、と、仁は感心したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
20140610 13時17分 表記修正
(旧)事情があって、ちょっとだけ変装をしているだけです
(新)事情があって、ちょっとだけ変装をしているんです
20150418 修正
(旧)エルザ父の横槍が入るかも知れないため、これは有り難い
(新)エルザの父から横槍が入るかも知れないため、これは有り難い
20200419 修正
(旧)趣味に叶ったらしく、少年型自動人形であるエドガーをうっとりと見つめるステアリーナ。
(新)趣味に適ったらしく、少年型自動人形であるエドガーをうっとりと見つめるステアリーナ。
20210719 修正
(誤)「魔結晶を剣に仕込んだりとかはよくするんだけどね、発動媒体無し、という考えは、何故かあまりなされていなかったんだよ」
(正)「魔結晶を剣に仕込んだりとかはよくするんだけどね、魔力供給源無し、という考えは、何故かあまりなされていなかったんだよ」




