12-23 招待
ちょっとハプニングはあったものの、和やかに披露宴は終わり、参列者はそれぞれ、ランドル家に泊まる者、町のホテルに泊まる者、そして帰る者、と別れていった。
仁とサキはといえば、今夜はランドル家に泊めてもらう予定だ。
参列者もいなくなり、静けさが戻ってきたランドル家では、ラインハルトとベルチェが、お祝いの品を見て回っていた。
「これはマテウスからだな」
ミスリル銀の短剣を見てラインハルトが呟く。ベルチェへの贈り物だ。
「これはカレン様ですわね」
見事な装飾の付いた、重厚な執務机と椅子。領主の部屋にぴったりだろう。
「これは……ジンだな?」
しっかりした作りのベッドと、真っ白な布団。その手触りには憶えがある。魔絹で出来た布団。仁以外にそんなものを作れる者を知らない。
「ラインハルト様、このお布団、素敵な手触りですわね!」
ベルチェもいっぺんで虜になったようだ。
「ベル、結婚したんだから、その、呼び方、変えてみないか?」
「え? ……そう……ですわ、ね。……『あなた』」
「うん、『おまえ』……僕はやっぱりベル、と呼ぶ方がいいなあ」
「ええ、わたくしもベル、と呼んでいただく方が好きですわ」
誰かが見ていたら胸焼けしそうな光景である。
そしてマスコット人形に辿り着く。
「まあ可愛らしいマスコット! あなた、御覧になって! このマスコット、腕も足もちゃんと動きますわ!」
「どれどれ。……ほほう、すごいぞ、これは! 構造が自動人形に通じるものがある!」
さすがラインハルト、エルザが作ったマスコット人形の仕組みを見抜いたようだ。
「うーむ、こんな精巧な人形を作れるのはそうはいないぞ。……だが、この作風は僕の知る誰とも似ていない。……いや、ジンにちょっと似ている……が、ジンではないな……」
仁が作った作品を数多く見てきたラインハルトは、似たところはあるものの、大要では異なっていると結論した。
(まさか、な)
仁のそばにいて、ラインハルトに贈り物を贈ろうと思う者。心当たりは1人しかいない。だが、その人物がこれほどの技術を持っていると言うことがちょっと信じられなかった。
(仮に工学魔法を学び始めたとしても一月半ちょっとでこれが作れるようになるものなのか……?)
自分でも作れるかどうか、という精密さである。あの妹みたいに思っていた従妹。
(まあ、ジンに聞けばわかることだな)
そう自分に言い聞かせ、次の贈り物を眺めていく。
ベルチェは、ラインハルトが何やら考え込んでいたのでそっとしておき、自分は別の贈り物を見ていたが、
「あなた、この宝石箱はサキさんからですわ」
ラインハルトが近付いてきたので、手にした宝石箱を掲げて明るく言った。
* * *
別室では、仁とサキが疲れた顔で、椅子にもたれて会話をしていた。サキは眼鏡を外している。慣れていないと、かけっぱなしは目が疲れるからだ。
「ああ、終わったな……」
「終わったね」
「ラインハルトの結婚式だから出たけど、何度も出たくないな」
「くふふ、ジンはこういうの嫌いみたいだね」
からかうようなサキの言に仁は、じゃあサキは好きなのか、と言い返す。
「ボクも好きではないね」
あっさりといなすサキ。
「母が亡くなってすぐ、ボクはしばらく侯爵家に引き取られた。そこで行儀作法を仕込まれたんだ。でも嫌で嫌で堪らなくてね。だが、まだ父は錬金術師として駆け出しだったから、ボクを育てる余裕もなかったし、どうしようもなかった」
「ふうん」
どういう心境なのか、生い立ちを語り始めたサキ。仁は黙って聞き役に徹し、時々相槌を打つ。
「ボクが16歳になったころ、ようやく父も一角の錬金術師として認められてね。ボクは侯爵家を逃げ出して父の元に帰ったんだ」
「大変だったんだな」
「そうだね。ちょうどその頃、カレン叔母さんの母君、エマさんが亡くなってね。侯爵もボクのことを気にする余裕が無かったんだろうね」
「色々あったんだな」
「まあね。で、ボクも父について、錬金術を学んでね。世の中、わからない事の方が多いと言うことがわかって、ボクは愕然としたよ」
「ああ、それはわかる」
学問というものは、学べば学ぶほど、自分の無知さが知れる、と言った者がいた……ような気がする仁であった。
「ボクは、学問というものは、人を幸せにするためにあると思っている。だから錬金術もそうあるべきだと思うし、そうあるべく努力している」
それで先日は役に立ちそうな樹液を研究していたのか、と仁は思った。
「父はどちらかと言うと、知識欲を満たすためのようだがね」
笑うサキ。
「俺も、人々の役に立つ道具や魔導具を作りたいと思っているよ」
仁も自分の考えを述べる。
「そうかい、それは嬉しいね。ジン、これからも色々協力してくれるかい?」
「ああ、喜んで」
サキの申し出を快く受け入れた仁は、一つ気になっていた事を尋ねる。
「なあサキ、このせか……国では、新婚旅行、ってあるのかい?」
「新婚旅行? 言葉からすると、新婚の者が行く旅行のことかい? いや、聞いた事無いな。新婚さんは1週間から10日間、仕事を忘れて過ごす、というくらいだな。言うなれば、新婚休暇、といったところだね。まあ、近隣に出掛けることはあるだろうが」
「そうなのか……」
それなら、ラインハルトとベルチェ、それにサキを招待してもいいかな、と仁は考え始めている。
「サキは、国外に行ったことあるのか?」
「ん? ボクはショウロ皇国から出た事はないね。父はしょっちゅうあちらこちら飛び回っているがね」
「そうか。例えば、外国って、行ってみたいかい?」
仁の質問にサキは悪戯っぽく笑って答える。
「くふふ、ジン、君が連れて行ってくれるのかい? だとしたら行ってみたいね。見知らぬ土地、産物。先日、君とラインハルトの旅行の話を聞いていたからなおさらだよ」
「うん、そうだな、いつか」
ぼかしたその答えにサキはそれなりに満足したようだ。
「いつか、かい。うん、待ってるよ。ジンなら、そんなに待たされることも無さそうだ」
* * *
その夜、夕食後に、仁はラインハルトと2人きりで密談をしていた。場所はラインハルトの工房。
「で、ジン、何だい? 秘密の話って?」
「ああ、実は、新婚旅行の話なんだ」
「新婚旅行?」
そこで仁は、地球における新婚旅行の習慣について説明した。
「ふうん、面白いな」
案の定、ラインハルトは食い付いてくる。
「それで、ラインハルトとベルチェさん、それにサキを、カイナ村や蓬莱島にご招待したくてね」
「カイナ村、か。ジンが租借地にしている村だったね?」
ラインハルトは即座に決断する。
「いいな! 行ってみたいよ!」
「よし、それじゃあ日程をどうするか決めよう」
こうして、仁とラインハルトはカイナ村へ行く日程や、その間いない事をどうやって誤魔化すか、などを詰めていった。
その結果、まず仁とサキは明日、サキの家へ戻ると同時にカイナ村へ行く。
ラインハルトとベルチェは更にその翌々日、つまり4日の朝、仁が迎えに来てカイナ村へ連れていく、という段取りとなった。
「まあ、2人きりで馬車で遠乗り、黒騎士を連れていく、としておけばあまり追及はされないだろう」
領地内だし、とラインハルトは楽観的に笑った。
あまりベルチェを放ってもおけないので密談はそれで終わりにする。
「それじゃあ、ベルチェには行き先や方法は内緒にしておくよ」
「ああ、そこはラインハルトに任せる」
そう言って悪戯っぽく笑い合う2人であった。
「というわけで、明日、クライン王国カイナ村へご招待だ」
「何が、というわけで、かはわからないが、喜んでお受けするよ」
母屋に戻ってサキに話をする仁。
「くふ、そんなに待たされることは無いだろうと思ってはいたが、こんなに早くとはね」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべるサキであった。
お読みいただきありがとうございます。
20140227 16時32分 誤記修正
(誤)サキを招待してもいかな
(正)サキを招待してもいいかな
(誤)君とラインハルトの旅行の話聞いていたから
(正)君とラインハルトの旅行の話を聞いていたから
20150706 修正
(旧)仁のそばにいて、魔法が使え
(新)仁のそばにいて、工学魔法が使え
20190207 修正
(旧)「ふふ、そんなに待たされることは無いだろうと思ってはいたが、こんなに早くとはね」
(新)「くふ、そんなに待たされることは無いだろうと思ってはいたが、こんなに早くとはね」
20200105 修正
(旧)
仁のそばにいて、工学魔法が使え、ラインハルトに贈り物を贈ろうと思う者。心当たりは1人しかいない。だが、その人物がこれほどの技術を持っていると言うことがちょっと信じられなかった。
(仮に学び始めたとしても一月半ちょっとでこれが作れるようになるものなのか……?)
(新)
仁のそばにいて、ラインハルトに贈り物を贈ろうと思う者。心当たりは1人しかいない。だが、その人物がこれほどの技術を持っていると言うことがちょっと信じられなかった。
(仮に工学魔法を学び始めたとしても一月半ちょっとでこれが作れるようになるものなのか……?)
20200220 修正
(誤)黒騎士を連れていく、としておけばあまり追求はされないだろう」
(正)黒騎士を連れていく、としておけばあまり追及はされないだろう」




