12-16 テクニシャン礼子
魔法制御の流れの見直しをした仁は、老君に使った方法に思い至った。
「そうだ、礼子も制御核を増やしたら処理速度向上が見込めるよな」
そこで仁は、礼子の制御核も1個増やす事にする。
完全な並列処理ではなく、PCでいうならコプロセッサ的な扱いだ。
このコプロセッサで、『触覚』をはじめとする感覚関係のデータ処理を行う事で、メインの制御核が重負荷から解放されることになる。
安全措置として、必要に応じて触覚情報をシャットアウト出来るように設定して完了。
「よし礼子、起きてみろ」
いよいよ、新生礼子が動き出した。仁は礼子を連れて外に出てみる。動作のぎこちなさも見られなかったことに安堵する仁。
「具合はどうだ?」
研究所前の中央広場で、仁は礼子に調子を尋ねた。
「はい、お父さま。すごいです。周りの様子が今まで以上にわかります。頬を撫でる風も感じられます」
「そうか、そこは成功だな。それじゃあ、まずは動作速度を上げていって、不具合がないか確認してくれ。まずは垂直跳びだ……一気には上げるなよ?」
「わかりました」
礼子は仁から少し離れると、まずはその場で飛び跳ねてみた。
50センチ、60センチ、1メートル。そして2メートル、3メートル。ついには10メートル程も飛び上がった。
着地時にはほとんど音や砂埃が立たず、礼子が完璧に身体を制御していることがわかる。
「いいぞ、礼子。次だ」
今度は走り出す。そして中央広場の縁まで走ると、一気に方向転換し、また駆け戻ってくる。その速度、およそ時速100キロ。その際にも、足音はほとんど立てていない。
「お父さま、素晴らしいです」
触覚情報を適切に処理し、行動に反映させられている礼子も大概なのだが。
「これまでは力加減をするために細心の注意を払っていましたが、今は違います。出力を上げても、思いのままに加減が出来ます」
そう言って礼子は、そばに落ちていた枯れ枝を手に取った。
「これを折れない程度に曲げてみます」
礼子は両手の人差し指と親指で枯れ枝をつまみ、ゆっくりと曲げていった。
「今、100パーセントの出力でやっています」
礼子の100パーセントといえば、数トンのものを動かすことが出来るほどである。にもかかわらず、枯れ枝は折れていない。数十万分の一という力加減が出来ているのだ。
「わかった、もういい」
仁は試験を終了させた。
「大成功だ。だが、この先も、ちょっとでも不具合があったら俺に言うんだぞ」
「はい、お父さま」
これにより、礼子は憶えた剣技、格闘技を余すことなく使えるようになったはずだ。
「まあ、使う機会なんて無い方がいいんだがな……」
* * *
仁は、エルザはどうしているかと思い、1階の工房を覗いてみた。
「エルザー、どうだ……おっ?」
「あ、ジン兄」
エルザはちょうどマスコット本体を完成させた所だった。
「へえ、黒髪の人形か」
仁は髪の毛用の糸として、黒、茶、赤、黄、青、金、銀など、色とりどりに用意しておいたのだが、エルザが選んだのは黒であった。
まだ服は着せていない。肩で切り揃えられている黒い髪は、どことなく礼子に似ている気がしなくもない。
「ちょうど、聞きたい事があったの。……生地に色を付けたいんだけど、どうすれば?」
「ああ、そうか」
その知識は転写されていなかったようだ。仁は礼子に言って、染料を取って来てもらう。
「お父さま、これでいいでしょうか」
礼子が持ってきたのは魔法染料。
現代地球にも、pHを測定するための溶液で、赤から黄、緑を経て青、紫に発色するものがあるが、魔法染料は込めた魔力量で色が変わる。
布用の物は、以前髪を染めたものとは少し違い、一度染めると落ちにくい性質がある。
「ああ、それでいい。ごくろうさん」
仁はその魔法染料を受け取ると、エルザに説明を始めた。
「これを水に溶いて、布を浸す。濡れているうちに魔力を与えていくと色が赤くなる、更に加えていくと橙、黄色、黄緑、緑、青……と変わって、青紫、紫、最後には赤紫になる。好きな色になった時に魔力を止めて乾かせばその色に染まる。一度乾いたらもう色は変わらない。濃さは水に混ぜる量で調整する」
「うん、わかった」
エルザはそれを受け取り、さっそく使おうとした。
「あ、ちょっと待て」
「?」
仁はそんなエルザを止め、今度は礼子に生ゴム溶液と硫黄を持って来てもらう。
「そのまま使うと、手に色がついたらなかなか落ちなくなるぞ。それに、女の子が手を荒らしたりしちゃいけない」
「……うん」
言っている意味はわかるが、それと生ゴムが結びつかないのでエルザは怪訝な顔を崩せないでいる。
「ということで、生ゴムに硫黄を入れて、『均質化』。で、これに手を入れる」
「え?」
仁が率先してゴム溶液に手を突っ込んだので、エルザも真似して突っ込んだ。
半袖なので手首から10センチくらいまでをゴムで覆い、『架橋』を行った。エルザも真似をする。
「よしよし、で、最後に『分離』。手から剥がすんだ」
エルザも同じように手からゴムの薄い膜を剥がし、ようやく仁が何を作ったのかわかった。
「……ゴムの手袋?」
「そうさ。汚れ物を扱うときや、手を汚したくないときに使うといい」
「わかった。ありがとう、ジン兄」
「ゴムはまだたくさんあるし、破れた時の事を考えて、余計に作っておくといい。……それから、ミーネやマーサさん、それにハンナ達の分もあとでいいから作ってあげてくれ」
「うん、わかった。任せておいて」
エルザは頷き、とりあえず目先の課題、布の染色にとりかかる。仁はその様子を見ていたが、特に問題は無さそうなので、礼子の方に向き直る。
「礼子、ちょっと外を見て回ろうか」
「はい、お父さま」
エルザの方は、職人ゴーレムを1体、サポートに付けるよう老君に指示しておく。
「ああ、随分整備されたな」
仁は礼子を伴って、蓬莱島の畑を見に来ていたのだ。
元々島にあった果樹、ペルシカ(桃)、シトラン(オレンジ)、アプルル(リンゴ)、ラモン(レモン)、マルオン(栗)、オーナット(クルミ)。
畑には小麦、大麦、黒目豆、赤目豆、丸豆(大豆)など。
いつの間にか、豆類も種類が増えていた。
野菜類も、仁が知らない種類が植えられている。
そして、ケーン(サトウキビ)。
「これか、セルロア王国南部で見つけたっていうのは」
セルロア王国に派遣されていた第5列が見つけ出し、持ち込んだのである。仁が知ったのはつい先頃。
というのも、本当に砂糖が採れるか検証してから仁に報告が成されたからである。それに加えて、仁がいろいろと忙しかったこともあり、老君としても報告のタイミングを計りかねていたのである。
砂糖は高価ではあったが、それなりに購入、備蓄していたので、緊急度は低かったのだ。
「これでかなり自給できるようになったな」
仁もかなり満足である。あとは、ショウロ皇国に派遣した第5列が米を持ち帰ってくれることだ。
「まあ、畑の検分はいいか。それじゃ礼子、研究所に戻るとしよう」
緑の畑を見て気分転換をした仁は、かねてより考えていたものを作りにかかった。
用意する物は赤目豆と白砂糖、そしてちょっぴりの塩。
そう、仁はあんこを作ろうとしているのだ。
「そうだな、赤目豆2キロ、砂糖は2.5キロ。塩は確か砂糖の120分の1だったから20.8グラムだな」
赤目豆を強火で煮て、沸騰したら差し水をし、もう一度沸騰させてから火を止め、煮汁を捨てる。
もう一度水を加えて煮る。浮いてきたアクはこまめに取る。火は弱火。
軟らかくなったら火を止め、鍋に水を少しずつ入れて行き、鍋から水が溢れたところで止め、ザルなどにあけて水を切る。
更にもう一度鍋に入れ、砂糖と塩を加えてよく混ぜたら中火で炊く。
焦げ付かないようかき混ぜ、水気が無くなったら火を止め、赤目豆を潰す。
冷ませば粒あんの出来上がりだ。
所用時間2時間。孤児院で憶えたあんこの作り方は以上である。
カイナ村時間でちょうどお昼時になったので、仁は出来たての粒あんが入った鍋を礼子に持ってもらい、エルザを呼びにいった。
「おーい、エルザ、お昼だから一旦村に戻ろう」
「あ、ジン兄、ちょうど完成した」
エルザも、マスコット人形が完成したと言い、仁に見せた。
「へえ、いいじゃないか」
黒髪を肩で切り揃え、くりっとした黒い目が印象的。着ているのは深い青のドレス。襟は白、ロングスカートの裾にはレース飾りが付いている。
いかにも女の子らしい出来映えに、仁も感心した。製作技術はともかく、仁にはここまでのデザインは出来ない。
「レース、スミス1が出してきてくれたので使ってみた」
「ああ、いいアクセントになってると思う。上達したな、エルザ」
知識を転写したとは言え、短期間に成長したエルザを見て、仁も嬉しかった。
そのエルザが鼻をひくつかせた。
「? ……甘い匂い」
仁は笑って答える。
「ああ、『粒あん』を作ったんだ。村に戻ってお昼にしよう」
お汁粉でもいいんですけどね。あんこにしてみました。
お読みいただきありがとうございます。
20140220 19時37分 表記修正
(旧)エルザが鼻をうごめかせた
(新)エルザが鼻をひくつかせた
20140221 08時59分 誤記修正
(誤)209グラム
(正)208グラム
25キロの120分の1は208.333……なので208でした。
20151223 修正
(旧)赤目豆20キロ、砂糖は25キロ。塩は確か砂糖の120分の1だったから208グラムだな
(新)赤目豆2キロ、砂糖は2.5キロ。塩は確か砂糖の120分の1だったから20.8グラムだな
試作にしては多すぎるので。また作ればいいんですから。




