12-12 ラインハルトへの結婚祝い
「さて、それじゃあサキ、すまないが暫く面倒かけるよ」
笑みを浮かべたサキに向かって仁が言う。
「くふふ、殿方と一つ屋根の下で数日過ごすのか、楽しみだね」
「なっ……」
「別に間違ってはいないだろう?」
悪戯っぽく笑うサキ。ここ数日で仁ともかなり打ち解け、理屈屋かと思えば、こんな一面も見せるサキだった。
仁、礼子、サキ、アアルが仁の馬車で移動している。
「サキ、実際の所、結婚式の当日まで、俺は多分外出してるから」
「ふうん? まあいいけどね。何かやりたいことがあるのかい?」
仁の言葉にもサキはそれほど不思議そうな顔は見せず、ただ質問しただけだった。
「ああ。結婚式のお祝いに、何か贈りたくてさ」
「ふむふむなるほど、贈り物を探して回ると。……それはいいね。ボクも何か贈らないといけないだろうかね」
サキも考え込んだ。これはちょうどいいと、仁は質問した。
「なあ、贈り物に何がいい、と聞くのはちょっとアレなんで、何かまずい物があるのなら教えてくれないか?」
「まずい物、ね。あまり刃物は贈らないかな。そういうものは血縁者からだしね」
以前、エルザの誕生日に聞いたのと同じ事を言われた。サキの助言は続く。
「服も難しいな。好みがわからないと、ちょっと、ね」
「……確かにな。あとは?」
「もちろん指輪は駄目だ。やっぱり実用品がいいだろうね。……と、何がいいかの話になってしまったか」
「いや、参考になった」
仁は軽く礼を言った。そしてあとはエルザに聞こう、と心の中で思う。
そうこうするうちに馬車はエッシェンバッハ邸に到着。
「うーん、父はまだ帰って来ていないようだね」
門扉……は無いので、玄関の鍵を開けながらサキが呟いた。
「まあ、アアルがいるから、この先の生活はなんとかなるだろう。アアル、サキを頼むぞ」
仁はアアルに念を押した。
「はい、製作主様、承知しております」
もはやアアルは、炊事洗濯から身の回りの世話までなんでもこなす万能家政婦……家政自動人形になっていた。
「それじゃあ、結婚式の前日、30日の夕方というか夜というか、午後6時頃戻ってくるよ」
「ああ、わかった。待ってるよ。ジンがどんな贈り物を選んでくるか楽しみだ」
「そうだな、期待していてくれ」
* * *
サキと別れた仁は、スチュワードに命じて、馬車を人気のない場所に向けて走らせた。
ラインハルトの実家があるこのあたりは、町もあるが森もあって、なかなか環境がいい。その森に向けて馬車は走っていく。
「ご主人様、このあたりならよろしいかと」
馬車を停めたのは森の奥深く、これ以上馬車では進めそうもないほど草や灌木が生い茂っている。
「よし、ここでいいな。それじゃあスチュワード、30日夕方まで、ここで待っていてくれ。馬車には擬装を掛けておくんだ。それからゴーレム馬の足跡や轍も消しておいてくれ」
「わかりました。行ってらっしゃいませ」
スチュワードに馬車を任せた仁は、礼子と共に蓬莱島へ跳んだ。
転移の中間地に出ると、若干の違和感があった。
「ん?」
それに気付いたのか、担当のバトラー50が説明を開始した。もう1体の担当、バトラー49は黙して立っている。
「ご主人様、中間基地は、先日完成しました、転移専用の『しんかい』に移転しました」
「『しんかい』?」
「はい。蓬莱島で作製された直径20メートルある球状の構造物です。中空で、18−12ステンレスと軽銀の2層構造。内部は御覧の通りです」
今度はバトラー49が説明していく。
「『受け入れ側のいらない転移門』を使い、崑崙島と大陸の中間あたりの海底に設置されました。何かあったときは私たちのどちらか、もしくは老君が転移門を破壊します」
そうなると数百メートルの海中で孤立することになるわけだ。なかなか用意周到である。
「わかった。ご苦労」
仁は、説明してくれたバトラー49と50に、労いの言葉を掛けた。これからの長い管理の日々への感謝の意も込めて。
『お帰りなさいませ、御主人様』
蓬莱島では老君が出迎えてくれた。
「老君、調子はどうだ?」
マルチプロセッサ化して数日。仁は調子を尋ねた。
『はい、良好です。自己調整し、処理の手順を並列処理により最適化した基礎制御魔導式のモデルを構築してみました』
「おお、それはすごいな」
先代魔法工学師、アドリアナは、いわばシングルコアの魔導頭脳までしか作らなかった。マルチコアは仁オリジナルである。
ゆえに、OSとも言うべき基礎制御魔導式はまだまだ改良の余地があり、老君はその改造プランを自分で作り上げたと言うわけである。
「よし、見せてくれ」
仁の要請に応じて、目の前の空間に魔導式が浮かび上がる。常人では理解すら出来ないだろうが、魔法工学師である仁には容易く読み取る事が出来た。
「……なるほど。どの処理をどの制御核で行うのがいいか、とか、処理の順序、とかか」
残念ながら仁にはコンピューター関係の知識はほとんど無い、なのでクロック周波数を上げるとか、プロセッサの数を増やすといったくらいしか、処理能力アップの方法を思いつけなかったのだが、老君は試行錯誤を行って、処理を最適化しつつあるようだ。
仁にも、そのやり方がより効率が良いことは理解できたので、バグと呼ばれる不具合点が無いことまでチェックを行った。
「わかった。この基礎制御魔導式に変えればいいと言うんだな?」
『はい。お願いできますか?』
老君には自分で自分を作り変える権限はない。それを許してしまうと、暴走する可能性もあるからだ。
仁は新しい魔結晶を用意し、慎重に基礎制御魔導式を書き込んだ。そしてそれを老君のものと入れ替えた。
「どうだ?」
老君は1秒ほど新しい基礎制御魔導式の自己確認をしてから答えた。
『はい、ありがとうございます。処理能力が30パーセントアップしました』
「おお、そうか。それじゃ、また新しい発見があったら報告してくれ。俺は一旦カイナ村へ行ってくる」
『はい、行ってらっしゃいませ。礼子さんもお気を付けて』
* * *
仁が転移したのは工房地下の転移門。そのまま地上へ出ると、工房内にエルザがいた。スミスAも一緒である。
「あ、おかえりなさい、ジン兄」
「ただいま、エルザ。何やってるんだ?」
エルザは手にしたものを掲げて見せた。
「おっ、すごいな」
それはリン青銅のペン先であった。なんと、5つのペン先がランナーから生えている。つまり、エルザは5つまでを同時に作り上げる事が出来るようになっていたのだ。
「まだまだ、ジン兄には及ばない」
そう答えてはいるが、その顔は嬉しそうだ。
「あっ、ほにーひゃん、おかえりなはい。レーコおねーひゃんも」
折からお昼、ハンナがエルザを呼びに出てきた。が、なんだか言葉がおかしい。よく見ると、ハンナの前歯が2本抜けていた。乳歯が抜けたらしい。
「ただいま、ハンナ」
「おやジン、おかえり」
マーサも出迎えてくれた。ミーネは中で料理を並べていた。
「お帰りなさいませ、ジン様。ちゃんとジン様の分もありますから」
聞けば、バトラーAがそっと教えてくれたそうだ。蓬莱島で老君を改造している間に連絡したのだろう。老君は相変わらず気が利いている。
昼食を済ませたあと、仁はエルザに、ラインハルトとベルチェが6月1日に挙式することを話した。
「……そう。ライ兄と、ベルチェさんが」
羨ましさと寂しさが入り混じったような顔をするエルザ。
「ラインハルト様とベルチェ様、ですか。ええ、ベルチェ様のことは存じ上げておりますよ。そうですか、いよいよですか」
ミーネはちょっと懐かしそうな顔。
「わあ、およめはん! みてみたいなあ」
ハンナは単純にはしゃいでいる。
「それで相談なんだけど、何かお祝いを贈ろうと思うんだが、何がいいだろう?」
真っ先に答えてくれたのはミーネだった。
「そうですね、生活用品が無難だと思います」
そしてエルザが補足。
「……あのお布団。新婚さんにはちょうどいい」
お読みいただきありがとうございます。
20140217 10時37分 表記追加
馬車を森の奥に隠したあと、
「・・・馬車には擬装を掛けておくんだ」の後に、
『それからゴーレム馬の足跡や轍も消しておいてくれ』
を追加しました。
表記修正
(旧)処理速度が30パーセントアップしました
(新)処理能力が30パーセントアップしました
クロックアップではないので。




