11-52 閑話20 恋の思惑、行ったり来たり
「……アルバン、行ってみようかなあ……」
恋人(と、自分では思っている)、エリックともう半年以上会っていないバーバラはそんなセリフを吐いていた。
だが、現実は厳しい。カイナ村の収入、その一端を担っている魔石砂(仁命名)の採取や、麦畑の草取りなどしなくてはならない。
村長の姪であってもそれは変わらない。カイナ村では、みんなそれぞれ、出来ることをし合って暮らしているのだ。
それでも恋する乙女なバーバラの想いは止めがたく、仁の城で大宴会があった翌朝、ついに彼女はそれを実行に移そうと、エルメ川を渡ろうとして……
「……あれはジンさんとエルザさん、それにハンナちゃんと……リシアさんまでいる……今日は止めておこう」
と、仁たちとあわや鉢合わせしそうになったのでその日はおとなしく家へ戻ったのであった。
「やっぱりきちんとした計画が必要よね。お金も必要だろうし、一人旅は危険だから何か護身用の武器も欲しいなあ」
一度挫折した後、再度計画を立て直すバーバラ。今度は、もっと綿密だ。
「うーん、どんなに早く出ても休憩舎で泊まったら、追いつかれて連れ戻されちゃうかしらね」
そう気付いたバーバラは、ゴーレム馬を1体借りていくことを思いついた。そうすれば、1日でトカ村まで行けるであろう。
「うんうん、そうすると……」
エルメ川で魔石砂採取しながらぶつぶつ呟いているバーバラ。仲間の女性達は少し引いて、遠巻きにしていた。
「……なんかバーバラが不気味だよ……」
「エリックに会えなくてとうとうキちゃったのかねえ……」
だが、バーバラは周りの声など気にも止めず、一人計画を練り上げていったのである。
その計画は、今年17歳になる少女が立てたとは思えないほどの完成度であった。
だが、一つだけ大きな見落としがある。
それは、カイナ村には消身を使って姿を見せずに警備に当たるランド隊がいたことである。
とはいえその存在を知らない以上、その指摘は酷なのだが。
「バーバラさんが村を出る計画を立てているようです」
『彼女は彼氏のエリックが気になるのでしょう。でもカイナ村には若い女性が少ないというのに、困ったことですね』
バーバラの計画を盗み聞いていたランドHは老君に報告、相談していた。そこへ第5列からの連絡が入った。
「『こちらスピカ7、報告があります。今、よろしいでしょうか』」
『大丈夫です。報告をどうぞ』
「『はい。……チーフと親交のあるラグラン商会で興味深い計画が進められているようです』」
『ほう?』
スピカ7からの報告を聞いた老君は、バーバラの処遇について計画を立てたのである。
* * *
クライン王国首都、アルバン。7日をかけ、ようやく辿り着いたバーバラ。
「やっと着いた……ここに、エリックが……」
さっそく街中へ入っていくバーバラ。もう情勢は落ち着き、日中なら身分証などの提示を求められることはなかった。
「えーと、ラグラン商会は……」
なにしろ右も左も分からない、初めてのアルバンであるから、バーバラはきょろきょろと周りを見回している。どう見てもお上りさんだ。
そうやって周りを見ると、男も女もきれいに着飾っている者が多く、自分の格好がみすぼらしく見えてくる。
一応、一番いい服を着てきたのだが、7日間の旅ですっかり埃にまみれてしまっていたのだ。
「うう……でも、エリックはそんなこと気にしないよね」
無理矢理自分にそう言い聞かせ、中央通りを進んでいく。1時間ほどうろついてもラグラン商会の場所はわからなかったので、人に聞くことにした。
「あ、あの……」
若干気後れしながらも、巡回している兵士に声をかけたバーバラ。
「ん? 何かな、お嬢さん?」
「あの、ラグラン商会ってご存じですか?」
「ああ、そこへ行くにはだな……」
居丈高になることもなく、その兵士はバーバラの質問に丁寧に答えてくれた。
「ありがとうございました」
兵士に礼を言って、教わった方向へと歩いて行く。5分足らずで大きな商店の前に着いた。『ラグラン商会』と大きな看板が出ている。
その筋向かいにも、『ラグラン商会2号店』と言う店が出ていて、繁盛ぶりがうかがわれた。
まずは本店らしき店を覗いてみることに。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり見ていって下さい」
中に足を踏み入れると店員が挨拶してきたが、それ以降はあまり干渉することもなく、自由に店の中を見て回れる。
コンロがあった。ゴムボールが置いてある。ペンとペン先もあった。ポンプも展示されている。
そんな時、奥から出てきた人影が一つ。バーバラがそちらを見ると、それはローランドであった。
「あ、ローランドさん!」
その声にローランドはバーバラを見て驚いた顔になった。
「バ、バーバラさん!? なぜここに?」
何となく気まずそうな雰囲気である。
(「……エリックに会いたくて」)
そう言いたかったのだが、喉まで出掛かったその言葉を飲み込み、
「ちょっと用事でこちらまで来たので……」
と答えてしまった。そうしたらローランドは慌てたように、
「そ、そうですか。あの、カイナ村の皆さんはお元気ですか? そ、そうだ、お疲れではありませんか? どうぞこちらへ、お茶でも淹れましょう」
などと、バーバラを追い立てるように店の中に設けられた商談用のコーナーと言える一角へと誘った。その時である。
「……もう、エリックったら」
「はは、ごめんごめん、こんど埋め合わせするよ」
「嘘吐いたら駄目よ? それじゃ今夜、部屋で待ってる」
……エリックと、その腕にしがみついている若い女性が目に飛び込んできた。
会話内容とその2人の仕草、誤解の余地はない。
「あ、あ、バーバラさん、こ、これはですね……」
ローランドの声も耳に入らないように、バーバラは店を飛び出したのであった。
* * *
「………………」
バーバラは暗闇の中、目を覚ました。見えるのは見なれた自分の部屋の天井である。
「……夢、か……」
外は薄明るい。まだ朝早いが、完全に目が覚めてしまったバーバラはもそもそと起き出して、着替え、顔を洗って外へと出た。
初夏の生ぬるい風が頬を撫でる。どうやら今日は珍しく曇天のようであった。
「エリックぅ……」
そう呟いたバーバラの心もどんより曇り空である。
またある日の夜明け前。一つの影が、ゴーレム馬の格納庫に近付いていた。
その影は、村長が持っている鍵をなぜか手にしていた。
影が鍵を錠前に差し込もうとした時。
「バーバラ様、お早いですね、お散歩ですか?」
と声をかけたものがある、驚いたバーバラは文字通り飛び上がった。
振り返れば、カイナ村の守護神、ゴンであった。
「あ、ゴ、ゴン、おはよう。そ、そうなの。ちょっと山の上から日の出を見てみたくてね」
咄嗟の口からでまかせ。
「そうでございますか。まだ暗くて危険ですので、私もお伴致します」
ゴンにそうまで言われては、バーバラも今更引っ込みが付かず、その日の朝は村を出るのを諦め、ゴーレム馬に揺られて登った、いつも薬草を採りに行く山の上で、ゴンと共に日の出を眺めたのであった。
それからも何度か、バーバラは村をこっそり抜け出す算段をしたのだが、その悉くが不慮の出来事に邪魔をされていた。
老君はきちんとカイナ村管理という大役も果たしているのである。
* * *
そんな6月ももうすぐ終わる頃。
村長ギーベック宅から少しだけ離れた空き地に何か建ち始めたのである。働いているのはみんなゴーレムばかりなので、仁の差し金であることだけは分かった。
バーバラは、その建物が何か気になっていたが、エルメ川で魔石砂採集の仕事があるので、気になってはいたものの、帰ってきてから聞けばいいやと思い、出掛けていった。
そして帰って来てみると、既に2階建ての家が1軒建っていたのである。
「誰が住むのかな?」
よく見ると、その家の裏手には工房みたいなものがあるし、1階はまるで小さな商店のようだ。
「そうか、最近村も少し変わってきたから、誰かお店でも開くのかな?」
そう判断すると、興味を失ったように、バーバラは身を翻して家に戻ったのである。
そして3日後。
3台の馬車がカイナ村に着いた。エルメ川で魔石砂を採取していたバーバラはすぐにそれと気付く。
「エリック!」
一番前の馬車にはエリックが乗っていたのだ。魔石砂採取をほっぽり出して、川から走っていくバーバラ。それを見た魔石砂取りの女性達は笑っていた。
「バーバラ!」
裸足で駆けてきたバーバラを出迎えたエリックは驚きながらも嬉しげだ。
「ど、どうして……?」
そんな疑問を口にするバーバラにエリックは笑って答える。
「あれ? 聞いていなかったのかい? 今度、カイナ村にラグラン商会の支店を出す事になってね。僕がそこの支店長になったのさ。工房で作ったものも本店へ送れるし」
「聞いてないわよ!」
突然のことに混乱するバーバラ。今まで教えてもらえなかった事に怒るべきか、それともこの知らせに喜べばいいのか。
結局バーバラは、この場で一番相応しいと思われる行動を取ることにした。
すなわち、何も言わずエリックに抱きついたのである。
* * *
『バーバラさんの方はうまくいったようですね』
監視システム『庚申』から送られてくる映像を見ながら老君はそう呟いた。
『首都の商会長を上手く焚きつけてこの村に支店を作らせる計画は大成功です』
こうして、この日、カイナ村の住人が1人増えた。
たまたま(?)戻ってきていた仁はラグラン商会の支店長、エリックを快く迎え入れたのである。
本格的な夏はもうすぐそこまで来ていた。
これで次回から12章です。
お読みいただきありがとうございます。
20140204 表記修正
(誤)工房で作たもの
(正)工房で作ったもの
(旧)つんぼさじきにされたことを怒っていいのか
(新)今まで教えてもらえなかった事に怒るべきか
つんぼさじきにおかれたこと、の方が良かったかも知れませんが、差別用語っぽいので修正。
20150705 修正
(旧)首都の商会長を上手くたきつけて
(新)首都の商会長を上手く焚きつけて




