11-43 魔族
ラルドゥスが剣を抜いたのを見て、礼子も桃花を抜いた。
「……後悔しますよ?」
「面白い剣だな」
だが、この期に及んでもラルドゥスの態度からは真剣味があまり感じられなかった。
「行くぞ!」
ラルドゥスはいきなり斬り掛かってきた。大上段からの斬撃。それを礼子は危なげなく受けた。
「ほう、闇の中でも見えているようだな。それにしても、俺の剣をまともに受けても平気とはいい剣だ」
そう言って、ラルドゥスは一瞬で飛び下がり、距離を置いた。
「……?」
礼子は今の斬撃に違和感を憶えていた。そしてラルドゥスの動きにも。
「では、次だ」
ラルドゥスは下がったその位置から礼子に向かって突進、横薙ぎで胴を狙って来た。
その動きは速いものの、礼子なら十分反応出来、受け止められる……はずだった。
「!」
だが、ラルドゥスとその振るう剣は、途中で奇妙な加速をしたのである。
「よく……受けたものだ」
ギリギリ、本当にギリギリの所で礼子は受けていた。その際、受け止めた手にまたしても違和感があった。
再度飛び下がって距離を取るラルドゥス。
礼子は違和感が何かを考えていた。それは速さと重さ。
剣にはそれ相当の重さ=質量がある。
軽いものと重いものとでは、加速させるのに必要な力が違うということ。逆にいえば、力が同じなら軽いものの方が速く動かせるということだ。
礼子が感じた違和感とは、その加速が不自然だったことと、受け止めた剣の衝撃がその速さに見合わないほど重かった事である。
「だが次は受けられるかな?」
礼子が思考を巡らせている間にも、ラルドゥスは次の攻撃準備をしていた。今度は突きの構えである。
強化されている桃花とまともに打ち合える剣、礼子といえども傷を負う可能性は高い。礼子は考え続ける。
「攻撃の種類が読めているのが救いですか……いや、もしかしてそれも罠?」
その瞬間、ラルドゥスが踏み込んできた。そして繰り出される刺突。
だが、礼子はその動きの上を行く。余裕を持って避けられる。
そのはずだった。
「!?」
礼子の身体が突然重くなった。まるで急に体重が何倍にもなったかのようである。
そのため、回避行動が間に合わなかった。ラルドゥスの剣は避けきれない礼子の左肩に突き刺さろうとしていた。
「バリア」
刹那のタイミングで礼子はバリアを発動。ラルドゥスの剣は礼子の服表面で止まっていた。
不壊のバリアを半ば貫き、地底蜘蛛の糸でできた服地により止められたのである。
「うむう、今のを防いだか。……認めよう。お前とお前の主人は我々に匹敵する!」
またしても飛び下がったラルドゥスがそう叫んだ。
だが礼子は返事をしなかった。それどころではなかったのである。
「今の現象は……まさか……いえ、でもそうとしか考えられませんね……」
『礼子さん、その考えで間違いないと思いますよ』
礼子の目を通じてラルドゥスの動きを見ていた老君も同意した。
「……あなたは、重さを操れるのですね?」
礼子はそう口にした。それを聞いたラルドゥスの目が今度こそ見開かれた。
「本当に驚いた。お前はそこまで自分で考えられるのか。お前を作った人間に会ってみたくなったぞ」
「なら降参しなさい」
礼子はそう勧告するが、ラルドゥスは鼻で笑った。
「馬鹿を言え。お前を捕らえ、ばらばらに分解してその制御核から情報を引き出し、こちらから攻め込んでいくのだ」
いかにも魔族らしいセリフを吐く。だが、それは悪手。仁を危うくさせるようなことを礼子が許容するはずがない。
「……絶対に、させません」
礼子の声が一段低くなった。
『魔力爆発』を使えば、倒すことは出来るかも知れない。が、必要な情報が得られなくなってしまう。
礼子としては攻撃手段が限られる戦いであった。
その礼子は思い切り地を蹴った。今度は礼子から攻撃をしかけたのである。
「えっ!」
だが、その動きが、ラルドゥスに近付いた途端に鈍くなった。ラルドゥスの魔法で礼子を『重く』したのである。
今の礼子の動きは少し早い人間程度になっていた。ラルドゥスは袈裟懸けに斬り掛かった礼子の桃花を余裕で受け止めた。だが。
「なにっ!」
何とその剣が切断されたのである。桃花の新機能、『超高速振動剣』として斬りつけたのだ。
「くっ!」
だが、剣速が遅かったため、剣は斬られたものの、ラルドゥスは無傷で避けてしまった。しかしその顔には驚愕が貼り付いている。
「……俺の予想を軽々と踏み越えてくれるな、お前は。先ほどの防御結界を見る限り、生半可な魔法では防がれてしまいそうだし、あまり使いたくなかったがこれしかないか」
ラルドゥスは懐からエルラドライトを取り出した。
「『gravita』」
そして放たれる魔法。礼子の周囲5メートル程が陥没した。
「ぐ、う」
辛うじて膝を突かずに礼子は耐えた。
「……信じられん。今、お前の周囲の物はお前自身を含めて、全て何百倍もの重さになっているはずなのに」
そう言ったラルドゥスは、更に魔法を重ね掛けする。
「『gravita 』!」
「……!!」
礼子の周囲1メートルほどの地面が更に陥没した。さすがの礼子も膝、そして両手を突いてしまう。
「ふ、ふははははは! 何千倍もの重さになったらさすがに立てないだろう!」
今、礼子の周囲1メートルほどには数千Gという重力が加わり、そのために地面を構成する岩盤すらも粉々に崩壊し始めていた。
礼子が耐えられているのは、その身体に秘めたパワーのおかげである。
「だが、その頑張りもいつまで保つかな? お前が何を魔力源にしているか知らんが、永久には保つまい」
『礼子さん、あれははったりです。奴こそ、今の魔法を継続してかけていられるはずがない』
老君はそう言って礼子を励ました。
元より、礼子の魔力源は魔素変換器である。周囲に十分な自由魔力素がある限り、半永久的に動くことが出来るのだ。
そして、非常用の魔力貯蔵庫も持っている。これによるブーストで、礼子は短時間ではあるが、普段の10倍の力を出すことも可能。
「……ぐううう!」
その最高出力を以て礼子は起き上がる。足元は高重力により圧縮された岩盤。それが礼子の重みで潰れていく。今の礼子は30キロではなく、30トンを超える体重になっているはずだ。
身体中に最大級の強化、硬化、そして魔力強化を掛けた礼子はついに立ち上がり、歩み始めた。
それを見たラルドゥスの顔が青ざめた。
「ば、馬鹿なあ!」
そして更なる魔法の重ね掛けをしようとしたその時、手にしたエルラドライトが粉微塵に砕け散ったのである。
「しまった!」
急に元の重さに戻った礼子は、一瞬反動で飛び上がりそうになったが、驚異的な反応速度を以てそれを回避。そして、底上げした力そのままにラルドゥスに跳びかかった。
「お返しです!」
礼子の最大パワーでの突進からの体当たり。距離が短いため、加速時間も少なく、音速に達する前にラルドゥスにぶち当たったのは彼にとっては幸運だったのだろう。
それでもその衝撃は言語に絶するもので、悲鳴を上げる暇もなく、ラルドゥスは吹き飛んだ。
背後にあった家の石壁を3枚ぶち抜き、その奥の壁に当たってようやく停止。そのまま床に倒れこんだ。
「……手強い相手でした」
自己チェックした礼子は異常がない事を確認。ゆっくりと、倒れたラルドゥスに歩み寄る。
その魔力がまだ生きていることから、気絶しているだけと判断し、この機会に『知識転写』を使うつもりだった。捕虜にして連れ帰るには危険すぎると思ったのである。
礼子が使えるレベルはせいぜい5くらいまでで潜在意識は転写できないが、気絶して抵抗が無い状態なら十分専門知識の転写は可能なはずだ。
この目的のため持って来た魔結晶に、ラルドゥスの知識を転写すれば目的は達成、のはずであった。
ラルドゥスに向かって更に近付く礼子。
だが、次の瞬間、背後に大きな魔力が現れたのを感じ、振り向くと、そこには。
「……あのラルドゥスがねえ」
「ふん、悪い癖で調子に乗りすぎたのだろう」
闇を背景に、魔族と思われる影が2つ、立っていたのである。
礼子、今までで最大級の苦戦でした。そして更なる敵が?
お読みいただきありがとうございます。
20160512 修正
(旧)「gravita」/「gravita !」
(新)「『gravita』」/「『gravita 』!」
魔法の詠唱は『』で括ります。




