11-42 レナード王国
礼子は老君やアンと相談し、方針を練った。
「居場所はわかっていますから、夜、ペガサス1でレナード王国へ飛び、ラルドゥスを拿捕しましょう」
仁に許可をもらっているので、蓬莱島で最も速い機体を使う。『受け入れ側のいらない転移門』はまだ転移精度に問題があることと、転移先に何があるかわからない事から、今回の使用は見送る。
『帰りは非常脱出用の転移門を使って下さい』
これなら時間のロスはないだろう。
「おねえさま、お1人ではなく、誰かを連れて行って下さい。もちろんおねえさまがお強いのはわかっています。でも相手が1人とも限りません、万一、万一です」
アンがそう言った。礼子は素直に忠告を聞き入れる。どんな相手にも負ける気はしないが、それ以外にも足止めを喰らうなど、帰還を邪魔される可能性がある。そんな時、同行者がいるというのは心強い。
『そうですね。デネブ30からの報告を鑑みれば、ソレイユとルーナ、それにランド2体を連れていくのがいいかと思います』
ソレイユとルーナは礼子直属だし、ランドは礼子を除けば蓬莱島のゴーレムでは最強だ。
「そうしましょう。それと、『桃花』を」
さすがに魔力砲では個人相手では使いづらいし、オーバーキルになると判断した。
その『桃花』は統一党との決戦時に傷みが出たので、その後仁によってマギ・アダマンタイトに換装され、しかも超高速振動剣としての機能も付加されていた。
「防御は……これがありますね」
以前、仁からもらったペンダント。首から提げたそれを礼子は愛おしげに撫でた。
全ての準備にかかった時間は約1時間。現在時刻は蓬莱島時間で午後5時。
「標的はどうですか、老君?」
『大丈夫、移動を止めたようです』
礼子の問いかけに、リアルタイムで魔力探知機をチェックしていた老君は即答する。
目指すラルドゥスは移動していない。つまり、拠点にいるということだろう。
『もう出発して、暗くなったら降下するといいでしょう』
との老君からのアドバイスにより、礼子、ソレイユとルーナ、そしてランド1と2はペガサス1に乗り込み、出発することにした。
仁はカイナ村へ戻り、リシアたちと相談していたので不在。だが、例えそこに仁がいなくても、礼子の心……制御核には、仁からの『お前にしか任せられないことだ、よろしく頼む』と言われた言葉が焼き付いている。
「行ってまいります、お父さま」
自分にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟き、礼子はペガサス1に乗り込んだ。
* * *
レナード王国と蓬莱島との距離はおおよそ600キロ、そして時差は2時間弱。
ペガサス1の速度なら1時間弱で行ける。が、まだ空が明るいため、発見される可能性を回避すると言う理由で若干迂回して目的地周辺へ。
「……このあたりに『ラルドゥス』がいるのですか。……しかし、これは……」
まだ薄暮の時間、500メートルの上空から下界を観察した礼子は、予想外の眺めに若干呆れていた。
「まさか、王国がないなんて」
そう、上空から確認した限りでは、国と言えるような場所が見あたらなかったのである。
人間が住んでいないわけではないようだが、小さな集落がぽつぽつとあるくらいで、とても町と言えるような規模ではなかった。
地図作製の時はこんなではなかった。
「まさか、幻影結界が張られていたというのですか……」
地図作成時はおおよそ5000メートルと2000メートルの上空からの観察を行った。
その時には異常は見られなかったのである。
「800メートル付近に結界があったようですね」
高度を下げていったら、今まで見えていた景色が一変したのである。
普通の人間ならいざしらず、蓬莱島のゴーレムや礼子の目も誤魔化していた結界とは。
「……今はそれは二の次、ですね。但しこの現象はしっかりと記録しておきましょう」
礼子は一緒に来ている配下のゴーレム、ルーナに命じ、結界の特性や強度などを記録しておくよう指示を出し、自分は今回の目的であるラルドゥス発見に全力を傾注する。
「……発見」
短時間の探査で、その詳しい位置が判明した。現在礼子がいる場所から南に12キロほど。ペガサス1なら数分しかかからない。
が、謎の結界を張ることの出来る相手ということで、2キロ手前で着陸することにした。
垂直離着陸機であるペガサス1は平地さえあればどこにでも着陸出来るが、大事を取って礼子は敢えて着陸させずに飛び降りる。
「……連絡するまでこの付近で待機しなさい。魔素映像通信機は常時接続しておきます」
「わかりました、お姉さま」
ソレイユが代表して返答した。今回は礼子の目と耳に魔素映像通信機を連動するように設定してきたのだ。
つまり礼子が見聞きしたものがすべて老君へ送られることになる。万が一中の万が一を想定しての処置であった。
10メートルの高さから飛び降りた礼子は、ほとんど音を立てずに着地。そのまま目的地へと走り出す。既に消身は展開していた。
「しかし、デネブ30も見破られたということですからね」
消身を信じすぎないよう、礼子は肝に銘じた。
その付近は元は都市だったようであるが、人が住まなくなって数十年以上経っているようで、建物は荒れ果てて、草が生い茂り、灌木が伸び始めていた。
その分隠れる場所には事欠かない。礼子は10分ほどかけて目的地に近付いていった。
「……あの建物のようですね」
礼子の探知機能にも反応があった。かなり大きな魔力反応だ。
「……魔族という前提で考えると、灯りを点けていないのも当然でしょうね、私にも明かりは不要なのですから」
その建物は石造り。元は3階建ての家だったのだろうが、3階部分は崩れかけていて、実質2階建てとしてしか機能していないようだ。
その2階部分に魔力反応があった。
「1人だけのようですね」
他に仲間がいることを危惧していたが、今のところ、礼子が探知出来る範囲である周囲10キロ以内に大きな魔力は感知できない。
「なら、あとはもう目的を果たすだけ」
礼子は音を立てないよう注意し、建物玄関に足を踏み入れたのである。見た限り、罠などは無いように見えた。
「!」
その瞬間、礼子の足元から炎が噴き出した。
だが、その程度でやられる礼子ではない。一瞬で飛び下がり、炎から逃れた。
無事だった礼子ではあるが、完全に相手に気付かれてしまったであろう。
「私にも見破れない罠ですか……!」
おそらく、魔族特有のやり方なのだろうと見当を付ける。そして、これ以上の隠密行動は無駄と、消身を切り、桃花に手を掛けた。
その時、2階窓から声がした。
「ふははは、客人らしいな。……おやおや、小さなお嬢さんか?」
その容姿はデネブ30から聞いたのと同じ。長身で細めの筋肉質。
「何の御用かな?」
にやにやと笑いを浮かべた顔は、仁が見たら生理的嫌悪感を感じると言ったであろう。
「諧謔のラルドゥス、というのはあなたで間違いないですか?」
単刀直入に礼子は尋ねた。男の顔が歪む。
「ほう? どこでそれを?」
だが礼子はそれには答えず、用件を口にした。
「あなたがクライン王国にばらまいた病気について話してもらいます」
これにはさすがにラルドゥスも驚いたようだ。
「ほう、それを知っているのか。まさか、昼間の自動人形の仲間か?」
ラルドゥスの顔が厳しくなる。
「付けられているのは感じられなかったがな。俺も鈍ったかな?」
そして2階の窓から飛び降りた。音も立てず、砂埃も舞わず、正に羽毛が降りるようにふわりと着地。物理的に有り得ないその様子に礼子は警戒を強めた。
「とするとお前も自動人形か。何の用だ?」
「ですから、クライン王国にまき散らした病気の詳細を聞きに来ました。その対策も」
「ほほう、もう気が付いたのか。馬鹿ばかりではないということだな」
「問答する気はありません。答えなさい」
断固たる口調でそう要求する礼子。だがラルドゥスは冷笑を浮かべるだけ。
「人間は弱いからな。あの程度でも大勢死ぬだろうよ」
「そんな事を聞いているのではありません」
「あれはワルターとかいう阿呆が望んだことだぞ? おれは奴の望みに少し手を貸してやっただけだ」
礼子を焦らしているのか、核心には触れず、のらりくらりと追及をかわすラルドゥス。
「ワルター伯爵は死亡しました。あなたが殺したのです」
「ふん、自分が望んだ病気が自分には無害だと信じたのが間違いだったな」
礼子はこのままでは埒があかないと、揺さぶりをかけることにした。
「魔族がこんな所で何をするつもりか知りませんが、魔素暴走で死にたいのですか?」
さすがにこれは少し効いたようだ。
「何!? 俺が魔族だと?」
一瞬驚いたラルドゥスであるが、カマをかけられたのだとすぐに悟った。
「ふ、ふふふふ。お前は頭も切れるらしいな。まったく、昼間の奴といいお前といい、今の世界にはよっぽど凄腕の魔法工作士がいると見える」
「ご託は聞き飽きました。病気について話すのですか話さないのですか」
最後通牒とも取れる礼子の言葉に、ラルドゥスは嬉しそうに反応した。
「聞きたくば、俺に勝ってみろ」
そう言って、背中に隠していた剣を抜いたのである。
その剣は暗闇の中、青白い光を鈍く放っていた。
いよいよ対決!
お読みいただきありがとうございます。
20140125 14時20分 脱字修正
(誤)無事だった礼子ではあるが、完全に相手に気付かれてしまたであろう
(正)無事だった礼子ではあるが、完全に相手に気付かれてしまったであろう
20160512 修正
アンが礼子を呼ぶとき
(誤)お姉さま
(正)おねえさま
2箇所修正しました。




