11-35 二堂城
仁は持ってきた荷物を解き、執務室にペンとインク、メモ用の羊皮紙などを置き、バトラーBとCに手伝わせて、空いている棚に何冊かの本を並べる。
本は当たり障りの無いよう、簡単な魔法工作の入門書や植物の絵が描かれたもの。もちろん老君が作製した物だ。
また、エゲレア王国名誉魔法工作士のハーフコートや徽章はここに置くこととした。
ショウロ皇国魔法技術者互助会の名誉会員章は当然馬車の中である。
執務室は板張りの床なので、仁は自分専用のスリッパも持って来た。素材が魔獣の革であることを除けば、珍しくごくごく普通の物である。
「よし、こんなものか」
一応体裁が整ったと見た仁は、管理担当をはっきりさせることにした。
まずは、バトラーBとCに、3階より上と地下は5色ゴーレムメイドたちに担当させるように指示をした。
さすがにバロウとベーレに3階より上や、地下の掃除・整頓をさせるのは可哀想というかいろいろと憚られたのである。
3階の執務室は、客が来た時などの接待だけはベーレに頼むが、それ以外はバトラー達に任せる事に決めた。
ミーネはパートタイムであるし、バロウとベーレの指導係なのでもう少し自由度を上げ、必要があれば3階までは出入り自由と決める。
それが済むと仁は礼子を引き連れ、村長宅へと向かった。
「あ、おにーちゃん、お帰りなさい」
昼食を終えて外に出ていたハンナが仁を見つけた。
「ハンナ、ただいま」
「あのね、きぞくのおねえちゃんが来てるよ」
「うん、そうだってな。だからこれから村長さんの家へ行くんだ」
そう仁が言うとハンナは素直にいってらっしゃい、と言ってくれた。
村長の家はカイナ村のほぼ中心部にある。
時刻としては午後1時くらい、昼食も済んだ頃だ。ちょうど庭先にいたベーレが仁を見つけた。
「あっ、ジン様、お帰りなさいませ!」
その声を聞きつけ、バロウも村長宅の窓から顔を出し、すぐに引っ込んだ。
そしてドアが開き、飛び出してきたのはリシア。
「ジンさん!」
リシアは全力疾走と思われる速度で駆け寄ってきたかと思うと、仁の手を取り、
「お久しぶりです! 心配したんですよ! でもお元気そうで安心しました! あれからどうなさっていたんですか!?」
と矢継ぎ早に言葉を紡いだので仁も何と答えるべきか迷い、口ごもってしまった。
その沈黙をどう受け取ったものか、リシアは赤面したかと思うと仁の手を離し、飛び下がった。
「し、失礼しました、ジン様。……私は、クライン王国新貴族、リシア・ファールハイト。このたび、大使としてカイナ村に派遣されました。よろしくお願いいたします」
そう言って項垂れ、深くお辞儀をしたものだから仁は狼狽した。
「リ、リシアさん、やめて下さいよ。リシアさんも前に言ったじゃないですか、今まで通りに話して下さいよ」
仁がそう言うとリシアも顔を上げ、立ち上がった。
「……いいんですか?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
仁がそう念を押すとリシアはようやく引き攣っていた顔を綻ばせた。
「ああ、良かったです。ジンさんが変わっていなくて」
「変わりませんよ。俺は俺です」
そう答えた仁は、村長宅のドアの所に、見かけない青年がいて、こちらを睨んでいるのに気が付いた。
「えーと、リシアさん、あの人は?」
リシアは振り返って確認すると、
「あ、彼はパスコー・ラッシュ。第4騎士団所属で、今回は護衛に付いてきてくださったんです」
そう紹介した。
仁はリシアと並んで彼のいる玄関前まで歩いて行った。その時にはもうパスコーは睨んではいなかったので、仁はさっきの目つきについては気にしないことにした。
「ジン・ニドーです、エゲレア王国の名誉魔法工作士です。このたびカイナ村を租借地として借り受けることとなりました」
パスコーにはそう自己紹介する。パスコーも、先ほどリシアが説明した通りに自己紹介した。
「もう食事が済んでいるんだったら俺の城に来てもらいたいですね。……あ、ちょっとその前に村長さんに一言」
仁はそう言って、ギーベックに話をするべく、ドアを開けて中へ入っていった。
「……あれがジン・ニドーですか」
若干忌々しげな口調でパスコーがそう呟くように言えば、
「ええ。ふふ、変わってなくて良かった」
と、リシアは嬉しげに答える。
「大使を放っておいて何の話があるんだか」
「いいじゃないですか。ジンさんとはお友だちとしてお付き合いしていきたいですから」
リシアの物言いに、パスコーは眉を顰めた。
「それ、は、大使としての方針ですか?」
「うーん、どうでしょう。私の考えであることは間違いないのですが、大使としてか、と言われると……」
可愛らしく首をかしげるリシアにパスコーは目を奪われていたが、何とか気を取り直す。
「と、とりあえず、我が国を蔑ろにされるような仕打ちには抗議した方がいいかと」
「ジンさんには別にそんな気は無いと思いますよ? 単に用事を済ませてくるだけだと思います」
元々庶民出のリシアであるから、仁の行動には何の違和感も抱いていないし、それが正解である。
が、パスコーはまだ納得がいかないのか、ぶつぶつ言っていた。
一方、仁は村長と相談した結果、今日の夜、村人全部を集めた宴会を開く、ということに決めていた。
このあたり、小さな村は決定が早い。
「そうすると、全部で何人いるんでしょう?」
「戸数は29戸。ジン殿を除いてだがな。人数は102人だな。ミーネさん、エルザさん、バロウとベーレが増えたから」
「わかりました」
城の大広間に用意した座布団は100枚。若干足りないので、大急ぎ作らせる必要がありそうだ、と仁は思った。
「それじゃあ、連絡はお願いします」
「うむ、引き受けた。集まるのは5時でいいのだな?」
「はい」
そう答えた仁は、そのうち時計台か何か作ろうと思いついたのである。
「バロウとベーレはこちらを片付け終わったら城へ来てくれ」
「わかりました」
そんなやり取りの後、仁は村長宅を出た。待っていたのは当然リシアとパスコー。
「あっ、ジンさん、お話は終わりましたか?」
リシアがにこやかに仁に尋ねる。
「あ、リシアさん、そこで待っていてくれたんですか、すみません、気が利かなくて」
仁は立ったまま待たせてしまった事に気付き、謝罪した。そして城へと誘う。
「竣工したばかりです。初めてお迎えするお客さんがリシアさんたちですよ」
そう告げる仁に、リシアは気になっていたことを質問した。
「えーと、あの、ジンさん、あのお城っていつ建てたのですか?」
「それはもちろん、租借地になってからですよ」
「……え?」
リシアは一瞬固まった。が、すぐに相手が仁だということを思い起こして再起動する。
「そ、そうなんですか。ジンさんは魔法工作だけでなく、建築もすごいんですね」
「ああ、もちろん俺の作ったゴーレムにやらせましたからね」
その答えにリシアはなんとなく納得してしまった。人間の何倍もの力を持つゴーレムなら、建築だって人間の数倍の速さで行えるだろう、と。
だが、パスコーはそうはいかなかったようである。
「……そんなばかな……あの規模の建築をいくらなんでも数日で終わらせるなんて……常識外れにも程がある……」
とぶつぶつ呟いている。彼は城塞都市テトラダの城壁修理の経験があったので、リシアよりは土木・建築について知識があったのだ。
そんな3人の前に城が大きく見えてきた。
「礼子、バトラーとメイドたちに出迎えるよう連絡を入れてくれ」
仁は礼子に指示を出した。心得ている礼子は無言で頷く。
「ジンさん、そのバトラーとメイドというのは?」
気になったリシアが尋ねると、仁は笑って、すぐわかります、と答えた。
その言葉通りに城の入り口には7体のゴーレムが整列していたのである。
仁は数歩先に進み、振り返って、
「大使リシアさん、パスコー殿。カイナ村、そして二堂城へようこそ」
と簡単に歓迎の辞を述べたのであった。
その言葉が終わると同時に7体のゴーレムは一斉に頭を下げた。
服は着ていないが、バトラーBとCがつや消しの銀色、5色ゴーレムメイドはそれぞれ赤、紫、緑、黄色、水色。
その見事な造形を目の当たりにして、リシアもパスコーも、何も言葉が出てこなかったのは当然だったかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
20140121 13時26分 表記修正
(旧)仁はリシアと並んで村長宅まで歩いて行った
(新)仁はリシアと並んで彼のいる玄関前まで歩いて行った
旧だと距離が離れすぎている印象なので。
20150705 修正
(旧)リシアよりは土木・建築について造詣が深かったのだ
(新)リシアよりは土木・建築について知識があったのだ
20151013 修正
(誤)名誉魔法工作士
(正)名誉魔法工作士
2箇所修正
20151020 修正
(誤)「仁・二堂です、エゲレア王国の
(正)「ジン・ニドーです、エゲレア王国の
20220614 修正
(誤)「ええ。ふふ、変わって無くて良かった」
(正)「ええ。ふふ、変わってなくて良かった」




