11-23 ペンとペン先
5月11日午後のやや遅い時刻、だが夕暮れになる前に仁たち一行はフォンデに着く事ができた。
このあたりまで来ると、若干気象も変わってきたような気がする、と仁は思った。
乾燥している事に変わりはないのだが、強いて例えるなら、10パーセント台と20パーセント台の違い、といえばいいか。
「やっぱり屋根や庇が小さいな、雨も少ないんだろうな」
そんな呟きが口をついて出る。
「ジン、何か言ったかい?」
「いや、別に」
仁、ラインハルト、マテウスは連れ立ってフォンデの宿へと向かった。
「今夜と明日、それで明後日はロイザートだ。長かったなあ……」
夕食時、ワインを手に、ラインハルトがしみじみと言った。
「ラインハルトはいつ国を出たんだっけ?」
マテウスが考えながらそう尋ねた。
「うーんと、去年の春先、3月1日だからもう1年以上になるな」
「帰ったらどうするつもりなんだ? 外交官続けるのか?」
そう言ったマテウスは、仁に説明する。
「我が国の慣例として、外交官は一旦帰国したら、希望により3年間は別の職務に就くこともできるんだ」
「なるほど」
仁はそれを聞いて納得する。確かに、国外に出てばかりではいろいろと不都合な面もあるだろう。
「ラインハルトは帰ったら結婚か?」
「ああ、当然そうなるな。ベルチェにも1年以上あっていないしな」
するとマテウスがにやにや笑いながら口を挟む。顔が赤い。
「ベルチェはきれいになったぞ。俺も半年会っていないからな、きっと更に美人になってるに違いない」
見た限り、マテウスは酒に弱いようだ。1人称も『俺』になっている。
「ああ、楽しみだよ」
ラインハルトは適当に受け答えしている。ラインハルトはマテウスよりは酒に強い。
その夜は、ラインハルトにゆっくりさせてやろうと、仁は早めに自室へ引き上げた。
そしてこっそり外へ出て馬車に向かい、礼子と共に転移門で蓬莱島へ跳んだ。
* * *
『お帰りなさいませ、御主人様。お帰りなさい、礼子さん』
仁と礼子を向かえる老君の声が響く。
今夜はもうカイナ村には行かないつもりだ。第一、時差の関係で、もう向こうは夜の11時頃である。
「明日、またカイナ村に行く予定だ。その時、ローランドさんから注文されたボールを持っていくから、用意しておいてくれ」
『かしこまりました。野球ボール、手まり、ドッジボール各100でしたね?』
「そうだ。素材はあるな?」
『はい、ガタパーチャもどき……『お茶の木』の生ゴムですね、十分な在庫があります』
「よし、それじゃあ、エルザにもやり方教えたいから、今からカイナ村のお茶の木に樹液採取の容器をセットしておいてくれ。量はいらないから3箇所くらいでいい」
『かしこまりました』
一通り指示を出した仁は、今度は報告を聞く事にする。
『塩をカイナ村に送らせないようにした嫌がらせはワルター伯爵の仕業です』
それを聞いた仁は憤る。
「またあいつか……で、証拠は?」
『はい、状況証拠しか無いのです。やり方が巧妙で、部下の部下が町で雇ったような男に命じてやらせていますので、なかなか尻尾を出しません』
「ふうん。だが、確かな証拠を掴んだら王国へねじ込むとして、このままやられっぱなしというのも癪だな」
仁がそう呟くと、すかさず老君が提案してきた。
『そちらはお任せ下さい。引っかき回してやりましょう』
勢い込む老君というのも珍しい。やはりカイナ村へのちょっかいに憤っているのだろう。
「分かった、任せよう。俺の方はもうすぐショウロ皇国首都だから、2、3日帰れないかもしれない、よろしく頼む」
『はい、行ってらっしゃいませ、御主人様』
そして仁は再びフォンデへと戻ったのである。
* * *
翌12日朝はいつも通り、8時出発。
午前中はまた馬車に1人で籠もらせてもらい、仁はまたまたカイナ村へと跳んだ。
「いやあ、ジンさん、これで助かります!」
仁と礼子、そしてバトラーAが抱えてきたゴムボールを受け取ったローランドはご機嫌である。
こちらは10時過ぎ、仁がそれまでかかってボールを作ってくれたのだとローランドは思っていた。
あと1日、ローランドはカイナ村に滞在するとのこと。理由はもちろん商談である。
お目当ては勉強会で使っているペンである。金属で作ったペンは軽く、磨り減りにくい。
勉強会を見たわけではなく、たまたま村長のギーベックが使っているのを見て飛び付いたのだ。
だからホワイトボードやフェルトペンは見ていない。それでも金属ペンは画期的なのだ。
何故かといえばこの世界のペンはまだ羽根ペンなのである。以前村長が買ったのもこれであった。
「この金属ペンは素晴らしいです! 是非ラグラン商会で売らせて下さい!」
「ええ、いいですよ。これは一体型ですが、ペン先だけ取り替えられる型の方がいいでしょう?」
単価のことを考えると、ペン先交換式の方が一般向けになるだろう。ローランドはそう考えた。
「そうですね、それでは交換式ペン先100本、ペン軸50本、そして一体型ペン50本をお願いします」
「せ、専務! 多すぎませんか?」
横で聞いていた新人、ボーテが慌てた。いくらなんでもいきなり多すぎる注文である。
「ん? 多くはないだろう? 売り上げもあるし、予算もある。十分支払いは可能だぞ?」
彼の言う多すぎる、というのは、そんなに作るのが間に合わないだろう、と言う意味である。
そしてローランドが多くはないだろう、と言っているのは買い付けの数量のことである。微妙に噛み合っていない。
「まあ、間に合いますよ」
そう仁は答え、エルザを見た。
「このエルザにも作れますから」
エルザはいそいそと仁のそばにやってくる。
「ん。手伝う」
「ああ、もし俺がいない時にローランドさんが見えても大丈夫なようにちゃんと教えていくから」
「ん、任せて」
というわけで、仁はエルザと共に工房へ入った。
軽銀64でペンを作るのはエルザももう慣れたものである。但し今回はリン青銅で作るが。というのもこの村で軽銀は採れないからだ。
「まず俺がリン青銅を作ってみせる」
錫9パーセント、リン0.15パーセント、残り銅。高強度でバネ性が高い。電気接点などにも使われる。かつて仁のいた会社でも扱っていた。
「『合金化』」
リンは、不純物として鉄中に含まれる。ゆえに鉄の精錬時に抽出で分離したものを貯めておいたのである。
あっと言う間に10キロほどのリン青銅が出来上がった。いよいよペン先の製作である。
エルザには一体型を50本作ってもらうことにした。
「『変形』」
エルザの手元で、リン青銅が形を変え、ペンとなっていった。
「いいぞ、ちゃんと出来てるな。その調子で頼む」
「ん」
エルザが技術をマスターしているのを確認した仁は、自分もペン先の製作に取りかかる。
こちらは小さいから、使うリン青銅の量も少ないかと思いきや。
「!?」
横目で見ていたエルザは目を見張った。仁は、10個のペン先を一度に作っているのである。
正確には、10個のペン先がくっついた枝。エルザは知らないだろうが、プラモデルの部品のように、ランナーと呼ばれる枝から10個のペン先が生えているものを仁は作り上げていた。
「すごい、これがジン兄……」
少しは自分も上達したと思っていたエルザは、仁の実力を垣間見て、まだまだ先は遠いことを実感していた。
が、そこで落ち込まず、努力する資質がエルザにはある。
「せめて、2つくらいなら」
2本分の一体型ペン、つまりペン軸の先でくっついたような形を作るべく、魔力、イメージ、精神力を集中するエルザ。
「『変形』……」
そして、見事に成功させた。
「できた!」
エルザには珍しい、嬉しさで溢れた声に、仁も振り向く。そしてエルザの作り出したペンを見た。
「おお!? 凄いじゃないか!」
褒められて頬を染めるエルザ。
「その調子で頑張れ」
「ん」
一体で作ったものは分離で分離し、微調整して完成。
最後にペン軸を硬木で50本。
こうして、1時間足らずで注文のペンは完成したのである。
いやあ、その昔はイラストをGペンや丸ペンで描いたもんです。
お読みいただきありがとうございます。
20140106 16時30分 誤記修正・表記修正
(誤)1体
(正)一体
(誤)ステラ
(正)ベルチェ
(旧)ガタパーチャ
(新)ガタパーチャもどき
(旧)交換式100本
(新)交換式ペン先100本
20140108 08時30分 表記追加
(旧)はい、ガタパーチャもどきの生ゴムですね
(新)はい、ガタパーチャもどき……『お茶の木』の生ゴムですね
カイナ村で採れるのはお茶の木からですからね、わかりやすくしました。
20190819 修正
(旧)だからホワイトボードやフエルトペンは見ていない。
(新)だからホワイトボードやフェルトペンは見ていない。
20200413 修正
(旧)
乾燥している事に変わりはないのだが、強いて例えるなら、異常乾燥注意報が出るほどの乾燥と乾燥注意報止まりの乾燥と言えばいいか。
10パーセント台と20パーセント台の違い、ということである。
(新)
乾燥している事に変わりはないのだが、強いて例えるなら、10パーセント台と20パーセント台の違い、といえばいいか。




