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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
11 ショウロ皇国とカイナ村篇
312/4299

11-14 アンベルクの街到着

 9日、仁たちはゆっくりと出発である。

 それというのも、ハタタの住民たちが大勢押しかけ、礼を述べていったからだ。

 昨日仁が作り、ギルドに移管したポンプの有益さは、目にした者全てが納得のいくものだった。

 町長、商会長、宿屋組合長などが入れ替わり立ち替わりやって来たので、出発が遅れ、8時の予定が10時になってしまったというわけだ。

 そんな中で、仁が一番嬉しかったのは、玄関番の女の子の一言。

「お兄さん、ありがとうございました」

 その一言だけで仁は、この街を好きになっていた。自分でも単純だとは思うが、やはり仁は子供が好きなのである。おかしな意味でなく。


 一行は街道を時速8キロくらいで進んでいく。

 昼食は途中で摂った。

 今日の予定はアンベルクまでとなる。およそ30キロの道のり。4時間ほどである。2時半頃には着けるだろうか。

 その先のリンダウまで行くことも検討されたが、どこまで行っても祖国の大地、もう急ぐこともないだろうとラインハルトが言ったのだ。

「まったく、アスタンで早く出発したいと言ってたのはどこの誰だか」

 マテウスも呆れている。

「それを言うな。この旅がもうすぐ終わると思うと、なんとなく物足りなくなってきたんだよ」

「まったく現金なものだな」

 そうは言ったものの、

「まあ、リンダウ、フォンデ、リアレ、そしてロイザート。4日後には復命だからな。せいぜい名残を惜しむといい」

 最後には笑うマテウスだった。


 仁は窓から景色をぼーっと眺めていた。

 ハタタの街は乾燥していたが、この辺もまた同じ。乾燥に強そうな多肉植物が所々に生えている他は岩と砂。

 それをラインハルトに言うと、

「ああ、このあたりは街道筋でも一番の乾燥地帯といってもいい。明日宿泊予定のリンダウを通って南北に通じている道は通称『干涸らび街道(トロッケンバーン)』と呼ばれているくらいだ」

干涸らび街道(トロッケンバーン)か……凄い名称だな」

「ああ。だがそれも、あのポンプのおかげでかなり解消されるだろう」

 そんなラインハルトに仁は尋ねる。

「ショウロ皇国では灌漑用の運河は作らないのか?」

「運河か……」

「ああ、どうなんだ?」

「このあたりにはしっかりした水源がな……」

 頷いたラインハルトであるが、問題点も指摘する。

「俺は地理には詳しくないが、ラインハルトなら……」

 半分嘘である。蓬莱島には、スカイゴーレム達が作製したかなり詳細な地形図があり、ショウロ皇国のこのあたりには、確保出来るような水源がないことも仁は知っていた。

「ちょっと無理かもなあ。首都付近は運河も発達しているんだが」

 首都ロイザートはトスモ湖とシゥジュ湖という巨大湖が付近にあって、水運が発達していた。

 以前ポトロックで行われたゴーレム艇競技にエルザが出たのも、ランドル家の領地がトスモ湖畔にあって、幼い時から船に親しんでいたことも理由の一つだった。

転移門(ワープゲート)を使って水を移送できないものかな……)

 仁はそんな事も考えていた。今のところ、転移門(ワープゲート)では連続して物体を送り出す事はできないので、大きな改善が必要になる。

(だけど、考え甲斐のあるテーマではあるな)

 等と考えながら馬車に揺られていく仁であった。


 そんな仁に変わった植物が目に入った。

 竹にいくらか似ているが、葉っぱが違う。竹のように細くはなく、掌のような形。だが幹に当たる部分は円筒状で表面は緑色をしており滑らか。

 一番竹に似ているのは、節らしきものがあることだ。

「ラインハルト、あの植物、何だ?」

 と仁が尋ねたが、

「さあ、名前は知らない。このあたりに多い植物だな」

 とだけしか答えは返ってこなかった。ラインハルトとはいえ、なんでも知っているというわけではない。

「おーい、マテウス、そこの植物、1本採って貰えないか?」

 ラインハルトは仁の馬車の窓からマテウスにそう声を掛ける。すぐにマテウスは剣でその植物を1本切り取って持って来た。

「これでいいか?」

「ああ、ありがとう」

 ラインハルトは礼を言って馬車の窓越しにそれを受け取った。

「ほら、ジン、見てみるかい?」

 そう言われた仁はまじまじと見つめる。

 案の定、中は中空である。だが、節のように見えた部分は節ではなく、単に膨らんでいるだけで、そこから枝が伸びたりする場所というだけのようだ。

 もしちゃんとした節だったら、水筒とか貯金箱とか作れるのに、などと考えてしまう仁。だが、

「これってパイプに使えないのかな?」

 と思った事を口にしてみると、ラインハルトがすぐさま否定する。

「ああ、それは駄目なんだ。それって乾燥すると縮むし、水を含むと膨れて、寸法が安定しないんだよ」

「なるほど……」

 思ったより使い途のない植物であった。

「水鉄砲にもならないな……糸電話くらいか、作れそうなのは」

 そう独り言を呟いた仁の頭にある閃きが浮かんだ。

(糸電話! ……糸電話か……)

 糸電話は、片側に紙を貼った筒を2本用意し、その紙の中心部に糸を付けて、相互に話をするおもちゃである。

 話し声が紙を震わせ、その振動が糸を伝わり、反対側の筒に貼った紙を震わせて声が再生される、という原理だ。

(これを魔力で行うなら……)

「ジン?」

 ラインハルトは仁が何か考え出したことを悟り、それきり黙り込んだ。それを幸い、仁は考えを纏めていく。

(糸の代わりにミスリルの細い線を使えば、自由魔力素(エーテル)の振動を伝えることができそうだ。自由魔力素(エーテル)の振動は減衰しない……)


 減衰するのは抵抗を受けるからである。自由魔力素(エーテル)は原子よりも小さい粒子だと考えられるから、その振動を邪魔するものはない。

 ゆえに減衰しない(実際はごくごく僅か減衰するようであるが、1000キロ単位では問題にならない)。

 また、糸電話の糸と違い、ぴんと張っている必要がない。

(声を自由魔力素(エーテル)振動に変えるのは……うん、簡単にできる。その逆も大丈夫だ)


 今、仁は自由魔力素(エーテル)利用の糸電話(『電』話ではないが)に辿り着いた。

(だけど、電話なら決まった相手じゃなく、いろいろな相手と話したいよなあ……)

 魔素通信機(マナカム)では、周波数に相当するものを変えて特定の相手と通話していた。これは仁の知る無線通話の基本である。

(電話ってどうやってるんだっけな……)

 仁がいた孤児院にあったのは黒いダイヤル式の電話だった。

(えーと、確か、ダイヤルした番号に応じて相手を選ぶんだよな。選ぶのは機械だけど、昔は、そう、確か交換手、って言ってたっけな……)

 仁は、院長先生から聞いた憶えがあった昔の電話の話を必死に思い出そうとした。

(そうだ、まず交換台へ電話して、そこで話したい相手を告げると、交換手が繋いでくれるんだ!)

 おおよその手順さえ分かれば、細部は問題ではない。こうなると仁の構想は猛スピードで進んだ。

(あー、この前懐古党(ノスタルギア)経由で配った魔素通話器(マナフォン)も、交換台経由すれば台数が少なく……いや、それは露骨すぎるか)

 交換台が老君なら盗聴し放題、と考えて、結局盗聴している事に気がつき、思わず笑いが漏れる。隣にいた礼子が怪訝そうな顔をした。

(……考えが逸れたな。交換台は人間でいいだろうし、そうすると……うん、できそうだな)

 馬車がアンベルクに着く前に、仁は電話……いや『遠話機』の構想をまとめ終わっていた。


 アンベルクはハタタと同じくらいの規模の街であった。

 柵も塀もないところからこの付近が平和な事が分かる。

 馬車は街入り口の駐馬車場に預け、仁たちは街に足を踏み入れようとした時。

「ラインハルト様、それにジン殿、で間違いありませんかな?」

 数人の男たちが現れた。礼子はすかさず仁の前に回る。隠密機動部隊(SP)は人の目には見えていないが、彼等の後ろに回り込み、いつでも攻撃できる態勢を取った。

 マテウスは腰の剣に手を掛け、彼の部下たちもそれぞれいつでも剣を抜ける体勢になった。


「失礼、驚かせましたかな? 私はこのアンベルクの街にある魔法技術者(マギエンジニア)互助会(ギルド)の長でライマー・ゲバルトフと申します。他の者達もギルド職員です」

 真ん中にいた、壮年の男が腰を折ってそう挨拶した。

「ほら、ギルド長、だから言ったじゃないですか。大勢で立ち塞がったら失礼ですよって」

 そう言ったのは、ライマーの横にいた、仁と同じくらいの若い男だった。

「う、うむ、だがな、あの素晴らしい道具を作った魔法技術者(マギエンジニア)がどんな方か、一刻も早くお会いしたいではないか!」

 ライマー・ゲバルトフは若い男にそう言って、また仁たちに向き直る。

「ハタタのコーツ・ロードイトから鳩で知らせを貰いました。それで一刻も早くお会いしたくて。不作法をお許し下さい」

 どちらかというと、運河と言えば船の通行が主になるようです。

 さて、この街で何が起きますか。


 お読みいただきありがとうございます。


 20160512修正

(誤)「ほら、仁、見てみるかい?」

(正)「ほら、ジン、見てみるかい?」

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