10-16 修理
翌朝は、だいたい7時半頃が朝食であった。貴族、王族としてみると早い方なのだろう。
ハンナは5時半には目覚め、ベッドの上でごろごろしていたし、仁も朝は早い方なので、目覚めるとハンナの相手をしていた。
相手と言っても、髪をお下げに結ってやったくらいであるが。
一方のエルザも、6時過ぎには目覚め、カーテンを開けて起きてきた。
3人とも起きたので、揃って顔を洗いに行くことに。
廊下に出ると、自動人形が立っていた。
「オハヨウゴザイマス」
自動人形が挨拶する。発声機能も少し低下しているな、と仁は感じた。
洗面所は廊下の突き当たりにあったので迷うこともなく顔を洗い、さっぱりとする。
その洗面所の窓から外を見た仁は、ここで使う水は自動人形が釣瓶で汲み上げているのを知った。
「あれも動作が少しおかしくなってきてるな……」
クライン王国というのはそれほど人手不足なのだろうか、と少し同情の念も湧く。その時、後ろから元気な声がした。
「おお、ジンたちも起きたのか、おはよう!」
リースヒェン王女であった。絹であろうか、艶のある薄手の寝間着を着ている。目が詰んでいるので透けたりはしていない。
年配の方の侍女が付いているが、1人で顔を洗い、口をゆすいでいた。侍女から受け取ったタオルで顔を拭くと、ブラシで髪を梳かす。
洗面所に鏡があったが、少し歪み、光沢も失われかけていたのに気づいた仁は、
「『変形』。『表面処理』」
と、魔法を使い、鏡を綺麗にしたのである。それを見た王女は非常に喜んだ。
「ほほう! 魔法工作士というのは凄いのう! 我が国でももっともっと育成せねばな」
と、内政のことまで考え出している。仁は仁で、
「エルザ、変形は簡単なようで奥が深いんだ。単純な形ほどイメージが重要になる。鏡は真っ平らにしないといけないからな」
と、エルザにレクチャーしている。
「ん、わかった」
一方、ハンナはとことこと歩いて部屋に戻っていく。そのハンナを王女は呼び止めた。
「待て、ハンナと言ったか。妾の部屋へ来い。良いものをやろう」
「え? おうじょさま、なにかくれるの?」
「ああ、そうじゃ。さ、おいで」
王女はハンナにそう言うと、仁とエルザには妹御を借りる、と断り、手を引いていった。ハンナは王女様に手を引いてもらってご機嫌である。
もっとも、王族とこうやって一緒に過ごすという事がどれ程の事か解ってはいないのだろうが。
部屋に戻った仁がエルザにそう言うと、
「ジン兄と一緒にいたら常識が破壊される」
と、どう聞いても褒めているようには聞こえないセリフが飛び出してきたので多少なりとも自覚してはいる仁は苦笑したのだった。
「お父さま、これが届いた資材です」
一通り話が済んだのを見た礼子が、仁が昨夜指示した資材を示した。
どこにでもあるような革袋に入れられていて、いつ持ってきたのか、と聞かれた場合、コートの下に最初から持っていました、と答えても違和感が無さそうな外見である。
仁は中を確認、欲しいものが間違いなく揃っているのを確認すると微笑んだ。
「おにーちゃーん」
そんな時にハンナが戻ってきた。ドアを開けて入って来たハンナを見た仁は驚いて絶句する。
「えへへー、どうかな?」
ハンナは、王女に着せてもらったのであろう、煌びやかなドレスを着ていたのである。
「妾のお古じゃが、どうじゃ? 似合っておるであろう?」
後からやって来た王女がそう言った。
仁が結ってやったお下げを解いたハンナの栗色の髪には花をモチーフにした銀の髪飾りが付いている。
ドレスは王女のお気に入りの色らしい薄紅色。レースやフリルが使われており、可愛らしい。胸元にはちょっと大きめのリボンがアクセントに。
純白の、肘まである手袋まではめており、さながら小さな貴婦人だ。
「よく似合ってる。すごく可愛いよ」
仁がそう褒めると、ハンナは満面に笑みをたたえ、嬉しそうに笑った。
* * *
「そのドレスはハンナにやるから、持って帰るがいい」
朝食を食べながら王女がそう言った。
「どうせ妾にはもう着られないからの」
「うん! おうじょさま、ありがとう!」
喜ぶハンナ。それを見た王女の顔も綻ぶ。末っ子である王女は、自分より小さいハンナが可愛くて仕方ないらしい。
普段、庶民とこれほど身近で話したりすることもないだろうから、得難い時間なのだろう。
「さて、それじゃあ気合い入れて直しますかね」
朝食を食べ終わった仁は王女に、修理を始める旨を宣言した。
「殿下、それではここで働いている自動人形を全部呼び寄せて下さい。それから昨日頼んだ素材を」
同時に作業をする部屋も貸してくれるよう申し入れる。
王女は頷き、仁を別の部屋に連れて行く。そこは10畳くらいの質素な部屋で、片隅には仁が頼んだ素材が積まれていた。
「この部屋でどうじゃ?」
広くて頑丈なテーブルも置かれていたので、仁はここで結構です、と承知した。
「エルザはそばで手伝ってくれ。ハンナはどうする?」
「ハンナ、は……妾が面倒見ていよう」
王女自らそんな申し出をしてくれたので、有り難く受け、ハンナを預けることにする。蓬莱島から調達した素材も使うので、王女にいられると少し拙いのである。
「それでは、よろしく頼む」
すっかり仁を信用しているのか、監視も何も付いていない。
離宮で働いている自動人形はティアを含め、全部で11体であった。
「それじゃあ、ティアから順に直すか」
「はい、お願いします」
仁は、ティアをテーブルに横たわらせ、停止させた。今回は服を全て脱がせる。
「……あ……」
見ていたエルザが声を漏らし、顔を赤らめた。やはり、アンと同様に、ティアにも女性としての部分が作られていたのである。
その部分に言及することは避け、仁はティアを一旦解体する。
魔法外皮を全部剥ぎ取り、外装もばらす。
「あー、やっぱり酷いな」
「ん。なんだかぼろぼろ」
エルザはブルーランドでロッテを作るところを見ているので、気持ち悪がったりはしない。
「ああ。骨格も歪んでるし、錆び付いているな」
骨格はアンと同様に鋼鉄だったが、赤錆が浮き、脛に相当する部分は少し曲がってしまっていた。
「軽銀にしたいが無理だから、ステンレスにする」
仁はそう言って、蓬莱島の素材袋からクロムとニッケルを礼子に取り出させた。そのつもりで用意させた物だ。
「エルザ、よく見ておけよ、これがクロム、これがニッケル。これを鋼鉄と混ぜると、ステンレスという合金になるんだ」
説明しながら、仁はゆっくりとそれらとティアの骨格の鋼とを、合金化の魔法を使って合金化する。
歪みやガタは変形で調整。摺動部にはアダマンタイトでコーティングを施す。
「これで骨格は終わり。次は筋肉だ」
王女に依頼して取り寄せたのは砂虫の革。ショウロ皇国特産の魔物である。距離が離れているここではかなり高価になるようで、量は少なかった。
だがそれは予想済み、蓬莱島謹製の魔法繊維を大量に用意させてある。2つを組み合わせれば、かなりのものだ。
「こうして、細い繊維を組み合わせて、捩ることで、よりしなやかに、より丈夫になるんだ」
エルザに説明しながら魔法筋肉を交換していく仁。エルザはそのやり方を憶えようと、食い入るように仁の手元を見ている。
「これでよし、と。半分以上が駄目になっていたな」
「それを15分で終わらせるジン兄がすごいと思う」
「あはは……」
次は制御核などの魔導装置。昨日は魔結晶が無くてできなかった内容。
劣化した魔結晶を交換。そして、もう統一党の心配は無いのだが、念のために隷属書き換え魔法対策も施しておく。
ミスリルの筐体に魔導装置を収め直し、周囲を暴食海綿製のスポンジ緩衝材で充填して終了だ。かさばるこの素材は手配して貰えたので助かった。
発声の魔導装置等も全て新品と交換した。古い制御核は蓬莱島であらためて解析させてもらう予定だ。何か新発見があるかも知れない。
「これで20〜30年は整備しなくても大丈夫だろ」
日常作業であれば、ほとんど劣化しないような改良を加えた。
外装を元に戻していく。外装にも表面処理を施して、錆びを落としたりと至れり尽くせりの仁。
最後は魔法外皮だ。これも蓬莱島謹製のものと交換する。色は同じにしたが、肝心の『部分』はどうしようかと悩む仁。
王女がその乳を含んだりしていた、と聞いていたので胸には乳首を残すことにする。
乳房の内側には、乳を蓄えるタンクがあったので、万が一誰かの乳母として使われることも考慮し、そこも再整備しておいた。
感心したのは、タンクの内側には『浄化』の魔導式が刻まれており、腐敗を防ごうと言う意図が感じられたことだ。
「でも、浄化じゃあ駄目なんだよな」
効果はあるが、不十分である。腐敗は不純物を分離する浄化だけでは防げない。まあ、不純物が無ければ、腐敗は遅くなるのではあるが。
ということで仁は、更に仁オリジナルの『殺菌』の魔導式を追加した。
「下はなあ……」
問題は下腹部である。悩みに悩んだ末、そこだけは魔法外皮を交換せず、強化をかけるだけで、元のまま残しておくことにした。
「ジン兄、顔が赤い」
エルザにそんな指摘をされながらも仁は全ての作業を30分で終わらせた。
服を着せ直し、再起動。起き上がったティアは深々と頭を下げ、仁に礼を言う。
「ジン様、ありがとうございました。これでまた私は働くことが出来ます」
仁は一つ頷くと、
「ティア、これで君は元通り、いや、前より機能が上がった筈だ。王女様を頼むよ」
と言った。ティアは微笑んでそれに答える。
「はい、もちろんです。姫様は私の存在意義ですから」
* * *
残った10体の自動人形は、最近になって作られたものであった。室内で働いていた7体はエゲレア王国製、室外で働いていた3体はセルロア王国製。
魔法外皮の劣化などもなく、強化で十分長持ちしそうである。
ただ、関節が磨り減っているものがほとんどだったので、修理すると共にアダマンタイトコーティングを施しておいた。
骨格は鉄だったので、これらもニッケルとクロムを加え、ステンレス化しておく。これで持ってきたニッケルとクロムは、ほとんど使い切った。
「魔素変換器は無いんだな……」
今の時代のものなので、魔素変換器でなく魔力貯蔵庫が使われている。
どこで魔力素を補給するのかと思ったら、洗面所より更に奥に、魔力素の供給機があるらしい。
魔力素が減ってきた自動人形は、自らそこへ行き、魔力素を補給するようだ。
「用意した魔法繊維がかなり余っているから、強化しておこうかな」
元々の魔法筋肉と合わせて強化する仁。だいたい1.5倍の出力を発揮できるはずだ。
発声機能が低下しているものは魔結晶を交換する。これで持ってきてもらった分もほとんど使い切った。残ったのは1個。それを仁はポケットにしまった。
「よし、終了」
1体ずつ部屋に呼んでは修理を繰り返し、最後の自動人形が部屋を出ていった。
「……ふう」
見ていたエルザが疲れたような溜め息をついた。2時間ぶっ通しで作業する仁に付き合ったのだから無理もない。
「最後に……」
「……まだやるの?」
呆れたようなエルザに、
「いや、ほら、魔力素の供給機ってどんなものかと思ってさ」
そう仁はいい、廊下を歩き出す。自動人形たちは仁を認めると黙って頭を下げる。
「洗面所の奥、と。……ああ、あれか」
そこにあったのは巨大な装置。仁は工学魔法でそれを分析していく。
「ふうん、原理は魔素変換器に近いか。だけどこんなにでっかくしか作れないんだな」
弄るのは止め、動作効率の悪そうな部分だけ、ちょこちょこっと手を加えておく仁。
「よし、これで効率アップしたろう」
そう言って仁は晴れ晴れとした顔をした。
ティアの性能、3倍くらいになっているはずです。
お読みいただきありがとうございます。
20131120 15時22分 表記など修正
(誤)ハンナの少し暗めの金髪
(正)ハンナの栗色の髪
今は色を変えてましたね。
(旧)王女はそう言って仁とエルザには妹御を借りる、といって手を引いていった。ハンナは王女様に手を引いてもらってご機嫌である。
もっとも、王族とこうやって一緒に過ごすということがどれほどのことかわかってはいないのだろうが。
(新)王女はハンナにそう言うと、仁とエルザには妹御を借りる、と断り、手を引いていった。ハンナは王女様に手を引いてもらってご機嫌である。
もっとも、王族とこうやって一緒に過ごすという事がどれ程の事か解ってはいないのだろうが。
言い回しなど、ちょっと手を加えました。
20131216 表記修正
(旧)光沢も失われ欠けていたのに気づいた仁は
(新)光沢も失われかけていたのに気づいた仁は
(旧)持ってきたニッケルとクロム、ほとんど使い切った
(新)持ってきたニッケルとクロムは、ほとんど使い切った
20181225 修正
(誤)1台ずつ部屋に呼んでは修理を繰り返し
(正)1体ずつ部屋に呼んでは修理を繰り返し




