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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
10 クライン王国訪問篇
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10-09 残念美人と鍛冶師

 仁の視線が背後の壁に注がれているのを察したグロリアは、

「ん? ああ、このコレクションか、私の趣味だ」

 と言った。

「実用品ではないがな、美品を飾っているのだ」

 だが、仁はまだ壁を、いや壁の剣を見つめていた。

「ジン殿、どうされた?」

 グロリアが怪訝に思ってそう声を掛けると、仁はようやく視線を戻し、

「いえ、なかなかのコレクション、参考になりました」

 と答えた。

「参考?」

 そう口に出したグロリアは、なにかに思い当たったらしく、手を打ち合わせる。

「そうか! ジン殿は剣に興味がおありか! ここに飾ってあるのはほとんどが儀礼用の剣ばかりなのだがな、それでも実用性はそれなりにあるのだ。一番右上のものは150年ほど前の王国騎士が使っていた物のレプリカなのだが今の物とかなり形状が違っていて反りがある。反りは斬り裂く時には有効なのだが作るのにかなりの熟練を必要とするのでレプリカは鍛造でなく鋳造とかいう工法で作られたらしい。その下は銀製だな、ミスリルですらないただの飾りと思われがちだが魔法を込めることには成功した例でなかなかデザインもいいので気に入ってはいる。その下のものはレナード王国から買い入れたもので剣先に行くに従って身幅が広くなっている、これは重さで叩き斬るのに都合がいいからと私は考える。1番下は最近のもので魔導騎士隊が標準で使っているものだなまん中上は……」

 と一気にまくし立て始めたので仁は若干引いた。

(うわあ……)

「ライ兄にちょっと、似てる」

 エルザもぼそっと呟いた。ハンナは最初から聞いていない。お茶と一緒に出されたお茶うけのお菓子をつまんでいる。礼子は元より興味なしだ。

(美人は美人でも、残念美人だな……)

 そんな感想を抱きつつ、仁は半ば聞き流していた。

「……でだ、剣に興味がおありならば話が早い。わざわざ来ていただいた訳をお話ししよう」

 グロリアはひとしきり語った後にそう言ってお茶を一気に飲み、乾いた口中を潤し、

「私にも剣を一振り、作ってもらえないだろうか?」

 と言ったのだった。

「グロリアさんに、剣を、ですか」

「ああ。もちろん、ここに飾るためではないぞ。実は先日、愛用していた剣がとうとう折れてしまってな。予備の剣は幾振りかあるのだが、どれも今一つなのだ」

 そして仁の目を真っ直ぐ見つめ、

「リシアの剣を拝見させてもらったが、いい出来だった。どうだろう、私にも一振り、是非作ってもらいたいのだが」

 と言い終え、軽く頭を下げたのである。

「おにーちゃん、つくってあげたら?」

 そんなグロリアの様子を見たハンナがそんなことを言った。

「おっ、ハンナちゃんだっけ、ありがとう。ジン殿、どうかな?」

「ジン兄、こうまで言ってるんだから」

 エルザまでがそう言ってくるので、仁も折れた。

「作るのは構わないんですが、材料はどうするんです?」

 ただ、材料のあてがないというのは困る。

「ああ、それなら知り合いの鍛冶師がいるからどうにでもなるだろう」

「そうですか……」

 まあ、別に材料があるなら作る事に否やはない。エルザとハンナがいいというのなら尚更である。ただ仁は、折角アルバン見物に来たのに、と思っていただけである。

「それじゃあ早速作りに行きましょう」

 時間が限られているのだから早いに越したことはない。

「そうか、そう言ってくれるか! よし、それでは今から行こう!」

 とグロリアは立ち上がった。が、ふとハンナに目をやると、

「ああ、妹御たちは何ならここに残って貰っていても構わないが、どうされる?」

 と言ってくれた。彼女なりに気を使ったらしい。

「あたしはおにーちゃんといっしょがいい」

「ジン兄と一緒に行く」

 2人ともそう言ったのでグロリアは頷き、全員で行くことになった。


 グロリアの家を出て、城壁方向へまっすぐ行くこと約10分。城壁のすぐそばにその鍛冶師の作業場はあった。

 鍛冶仕事は騒音が出るし、火も扱うので住宅街からは少し離れた所にあるのだ。

「ここがそうだ。本来なら王国騎士団専属になってもおかしくない腕の持ち主なんだが少し偏屈でな、庶民の道具を打つのが仕事だと言ってここに居を構えている」

 グロリアがそんな説明をしていると中からがっしりとした体つきの男が出てきて、

「人の事偏屈だとか何だとか抜かしてるのは……ああ、なんだ、嬢ちゃんかい」

 と言った。見れば初老に差し掛かったくらいの年齢で、身長は仁と同じくらい。だが、腕だけは身体に似合わないほど太い。

「ダストン、私ももう23だ、嬢ちゃんはないだろう」

 ダストンと呼ばれた初老の鍛冶師は笑って言う。

「なーに、俺から見ればまだまだ嬢ちゃんだ。それで今日は何の用だ?」

「うむ、実は愛用していた剣が折れてしまってな」

 とそこまで言ったグロリアをダストンは遮り、

「駄目だ駄目だ駄目だ。俺はもう武器は作らねえと決めたんだ。こればっかりは嬢ちゃんの頼みでも聞けねえ」

 と首を振った。しかしグロリアはそれに被せるように言う。

「いや、ダストンに作ってくれとは言わない。ただ素材を分けて貰いたいだけなんだ」

 そう言われたダストンはしかめっ面を作る。

「ふうん? まあそれくらいなら他ならぬ嬢ちゃんの頼みだ、聞いてやらんでも無い。だが、誰に頼むつもりだ?」

「ああ、ここにいるジン殿に」

「何い? そんな細っこい野郎に鎚が振れるものかい!」

 その言葉を聞いた礼子が飛び出しそうだったので仁は咄嗟に礼子の頭に手を置いた。それで礼子は思いとどまったのだが。

「おにーちゃんはすごいんだもん!」

 ハンナが黙っていなかった。

「お、お嬢ちゃん?」

 さすがの頑固者ダストンも、孫のような年頃の女の子に怒鳴られたのでは怒鳴り返すわけにもいかなかった。

「おにーちゃんはなんでもつくっちゃうんだもん! ぽんぷだって、りやかーだって、みんとだって!」

 そう言って睨み付ける。が、ダストンはハンナの言葉の中に気になる単語を聞き取っていた。

「お、お嬢ちゃん、今、なんつった? ポンプって言わなかったか?」

「いった! おにーちゃん、あたしがたいへんだっていって、ぽんぷつくってくれた!」

「何だってえ……」

 ダストンは驚いた顔で仁をまじまじと見つめた。そしてそれはグロリアも同じ思いだった。それでダストン同様に驚きを顔に浮かべる。

「ポ、ポンプを作ったのはジン殿だったのか!? 初耳だ、それはすごい!」

「え、ええ、まあ」

 話題の中心の仁だけは周囲のテンションに付いていけず、若干引き気味であったが。


「……まあ、魔法工作士(マギクラフトマン)というのがすごいことができる、ということはわかった」

 興奮が収まったあと、一行を工房に招き入れ、片隅に置いた椅子に座らせたダストンがぼそりと言った。

「俺は元々道具や魔導具作りがやりたいんですけどね。みんなの役に立つ道具を作るのって楽しいじゃないですか」

 仁も静かな口調で言う。最近荒事が多かったから、それはかなりの部分で本音だったろう。

「おお、若えのにわかってんじゃねえか! そうなんだよ、まずは庶民の生活だよな!」

 ダストンは仁のセリフを聞いてまたテンションを上げた。

「だから俺はナイフとかスプーンとか包丁とか作ってるんだよ!」

「あー、ダストン、すまないが、彼等にもあまり時間が無いのでな、そろそろ素材を分けてもらえると助かるのだが……」

 黙っていたらいつまでも用事が終わりそうもないと、グロリアが口を開いた。内心では彼女もポンプの開発者と思われる仁の話を聞きたいとは思っていたが。

「むっ、あー、そうだな。何が欲しいんだ? つっても俺のところにはアダマンタイトとかミスリルなんて無いぞ?」

 それに答えたのは仁。

「鉄があればいいですよ。それから、もし良かったら仕事を少し見学させて下さい」

「ん? 鉄ならかなりあるからいいぞ。それに見学か、ああ、構わんが、見て面白いのか?」

 ダストンはそう言うが、仁はエルザとハンナを交互に見て、

「エルザ、魔法を使わず刃物を作るやり方は一度見ておくといい。それにハンナ、この小父さんは、ハンナのお祖父さんと同じお仕事している人なんだぞ」

「ん。ジン兄がそう言うのなら」

「え? おじいちゃんと?」

 エルザは頷き、ハンナはきょとん、とした顔をした。

「なんだ、お嬢ちゃんの祖父さんも鍛冶師だったのか。いいぞ、見ていきな」

 ダストンはそう言って立ち上がった。炉に火を入れた。炉は魔力を使っているらしく、炭も石炭も見あたらなかった。

「俺は自分で鉄は作らん。買ってきた鉄で道具を作っとる」

 そう言いながら、適当な大きさに割られたインゴットをやっとこで掴み、炉で熱する。

 赤くなったところで炉から取り出し、鉄床かなとこの上に乗せ、ハンマーで叩いて伸ばす。

 冷えて固くなると作業性が悪くなるので、途中で何度か炉に入れて熱する。

「すごーい、ほうちょうのかたちになっていく」

 ハンナが驚いた声を上げる。ダストンは鎚捌きだけで鉄を包丁の形に打ち出していった。

 おおよそ包丁の形になったところで、今度はたがねとヤスリで形を仕上げていく。

 牛刀に分類される包丁の形が出来上がった。

「これに焼きを入れるのだ。済まんが秘伝なので、見せるわけにはいかん……と言いたいが、離れてみているならかまわんよ」

 そう言われた仁たちは、工房の隅へと引っ込んだ。

 離れて見ていると、ダストンはやっとこで包丁を掴み、炉に入れた。

 今回は慎重にじっと見つめ、包丁が橙色になったのを見計らって取り出し、一気に水に浸けた。

 じゅううっ、という音と共に湯気が立ち上る。離れていてもそれなりに迫力があった。

 初めて見るエルザとハンナは少し驚いたようだ。

「さて、これで焼き入れは終了。最後は焼き戻しだ」

 呟くようにそう説明して、ダストンはもう一度包丁をやっとこで掴んだ。

 今度は中に入れずに、炉にかざして炙るようにする。しばらくそうしてから炉から離した。

「完了だ」

 包丁が冷えるのを待ち、ヤスリで表面を綺麗に整えたあと、砥石で研いでいく。最後に柄を取り付ける。

 大体1時間で包丁が1丁完成した。

 包丁を作る工程は現代の鍛冶屋さん(但し鍛造)と近いものがあります。


 お読みいただきありがとうございます。


 20131113 15時20分 修正

 グロリアが一気にまくし立てるセリフ、読みにくすぎたので最低限の句読点を入れました。


(誤)炉から放した

(正)炉から離した


 20210824 修正

(誤)鍛冶士

(正)鍛冶師

 サブタイトルを含め5箇所修正。

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[気になる点] 「なんだ、お嬢ちゃんの祖父さんも鍛冶士だったのか。いいぞ、見ていきな」 鍛冶士ではなく鍛冶師かと
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