10-06 プレゼント
「ハンナちゃんは、水色のワンピース。腰を白い帯で締めて、後ろを蝶結びにする」
エルザのアドバイスを受け、仁はハンナの服を作っていた。
庶民らしくシンプルに。だが、品の良さを感じさせる色合いにすることにしてワンピースとなった。袖は春物ということで半袖。
生地は魔絹。軽くて風合いがいい。
「うーん、おにーちゃん、エプロンもほしいな」
ハンナがそう懇願するので、帯の代わりに白いエプロンとし、紐の幅を広めに取ったものにしてみた。
「わ、すごーい!」
見ている間にできていく服。ハンナのテンションは上がりっぱなしだ。
「さ、出来た。着てみるかい?」
仁がそう言うとハンナは着ていた服をその場ですぽーんと脱いで、
「うん!」
と満面の笑みで答えた。
「わあ、なんだかきもちいい」
今まで着ていた麻の服とはあまりに違う肌触りにハンナは少し戸惑うが、鏡に映った自分を見て、
「うわあ、これあたし? おにーちゃん、ありがとう!」
と言って小躍りして喜んだ。
次はエルザの服である。
「エルザは若草色のドレスが似合ってたよな」
仁がそう言うとエルザは頷く。
「ん。あの色、好き」
そこで同じ魔絹でシンプルなAラインのワンピースにする。デザインはハンナの物と同じ。
庶民はあまり凝ったデザインの服は着ない。また、レースやリボンなどの飾りもほとんど付けないのである。
因みにスカート丈はどちらも膝下。ソックスは2人とも白で足首までのものとした。
「あとは靴、か」
魔獣の革でモカシン風の物を作る。色は焦げ茶。これも庶民的だ。
ということで、エルザとハンナは、似たようなデザインのシンプルないでたちとなった。ハンナはエプロンをしている点が違うが。
しかし、その素材は魔絹と魔獣の革、どちらもレア素材である。一見変哲もないように見えるが、耐久性は5倍くらいある。
まだ時間があったので、仁はハンナ用のネックレスを、ちょうどいい機会なのでエルザに説明しながら作る事にした。
ハンナもわからないながら覗き込んでいる。
「どんな色にも合いそうだから、魔水晶を使おう」
魔水晶は白〜無色の結晶で、弱いながら光属性を持つ。礼子の眼球にも使用されている。が、仁がこれを選んだ一番の理由は、ただの水晶と区別が付かないからだ。
水晶はありふれた鉱物で、庶民が付けていてもおかしくないが、価値は100倍も違う。まあ、分析の魔法で見ない限り区別は付かない。
デザインは凝ったりせず、球形とした。それを軽銀の留め具で固定し、同じく軽銀の鎖で首から提げるようにする。軽銀の色は少しくすんだ銀色にし、表現は悪いが安物感を出した。
あまり高級そうなものを身に付けていると疑われるし、それ目当てに襲われたりしたら本末転倒だからだ。
最後に仁は魔力を込め、魔力探知機で捜す時のマーカーとしての役割も果たすようにして完成である。
「ハンナ、これもプレゼントだ」
「わあ、これもらえるの? おにーちゃん、ありがとう!」
だが、ハンナは仁が自分のために作ってくれたのをその目で見て知っているから大喜び。
ハンナはさっそく首に掛け、姿を鏡に映して喜んでいた。
「ハンナちゃん、可愛い」
そんなハンナをエルザも目を細めて見つめた。
最後に仁は、礼子に言ってリシアのショートソードを持ってこさせた。
「ジン兄、これは?」
訝しげなエルザの問いかけに、
「ああ、これ、知り合いの持ち物なんだ。これを返すという目的もあって、アルバンに行く気になったんだよ」
と答えた。
「ふうん……」
ショートソードを見つめるエルザの目が若干悲しげである。その理由に心当たりがある仁。
「エルザ、もしかしてあの短剣のこと思い出していたのか?」
それはかつて仁がエルザの誕生日に贈ったもの。意に沿わぬ婚約を拒否して、貴族という地位を捨てた時、一緒に置いてきてしまったのだった。
「……ん。ジン兄から貰ったものだったから、ちょっと、ね」
そう答えたエルザはやはり少し寂しげだ。そこで仁は、
「じゃあ、今のエルザに相応しいものを贈ろう」
と言った。
「どんなの?」
エルザは興味津々。
「多分庶民は剣は持たないだろうから、ナイフってところだな」
「ナイフ、うん、それでいい」
それはエルザも理解したようだ。そこへ今まで鏡の前ではしゃいでいたハンナもやってくる。
「おにーちゃんたちなにやってるの?」
「うん、今度はエルザへのプレゼントを作ろうとしてるんだ」
と仁は答える。それを聞いたハンナは興味深そうな顔をした。
「まあ見ていなよ。エルザもよく見てろ」
と言って仁は軽銀を用意した。
「『変形』。『変形』。『変形』」
変形を連続で掛ける。仁が作っているのはフォールディングナイフと呼ばれる折り畳み式のナイフである。
仕事で電工ナイフと呼ばれるものを使っていたことがあるし、竹とんぼなどを削るに使ったのも日本式の折り畳みナイフだ。
そのままだとロック機構が無いので、簡単なロック機構を追加した。
「面白い形」
この世界にはこういった折り畳みナイフはないようだ。ほとんどはシースナイフと呼ばれる、鞘に入れて保管するタイプばかり。
軽銀の刃、軽銀の柄。それだけでは芸がないので、疑似竜の角をあしらって、小さな魔結晶も散りばめる。
この魔結晶もやはり、魔力探知機で捜す時のマーカーとしての役割を果たすはずだ。
「よし、できた」
何度か開閉して具合を確認した後、
「エルザ、あらためてプレゼントだ」
とエルザに手渡す仁。刃物の贈り物であるが、義理とはいえ今は兄妹であるから問題無いだろう。
「ありがと、ジン兄」
作るところを見ていたので、さっそく開閉させてみるエルザ。そしてにっこりと笑い、仁に感想を言った。
「これ、面白い。便利」
「はは、気に入ってくれたら何より」
仁も笑った。
「エルザおねーちゃんもおにーちゃんからプレゼントもらったし、いっしょだね!」
ハンナも相変わらずご機嫌。
そうこうするうち外は黄昏れてくる。崑崙島はカイナ村より1時間くらい時刻が進んでいるのだ。
「じゃあそろそろご飯にしようか」
と、仁は言って工房を出る。洗面所で手を洗うと、ハンナもエルザもそれに倣って手を洗った。
食堂ではペリドとトパズが夕食の仕度をしてくれていた。
「わ、なに、これ?」
今夜の献立は仁があらかじめ指示をしていたもの。
山鹿の肉を挽いて、小麦粉と混ぜて練り、焼いた物。トポポを茹でて潰し、少し肉と茹でたトウモロコシを混ぜ、小麦粉をまぶし溶いた卵を付け、更にパン粉をまぶして油で揚げた物。
つまりハンバーグとコロッケである。
ウスターソースがないので自家製に挑戦し、この度ようやく納得いく物ができたので初お目見え。(作るのに苦労したのは仁でなく蓬莱島のペリドであるが)
「うわあ、おいしい!」
「ん、これ、もしかして、トポポ使ってる?」
ハンナはハンバーグにご満悦、舌の肥えたエルザはコロッケの材料を見抜いた。
「トポポってこんなに美味しくなるの、知らなかった」
トポポを恐がっていたとは思えないほどの食べっぷりであった。
食後はハンナに旅の話を話して聞かせたりして過ごした。
「でね、そこでジン兄が凧作ってくれて、子供たちと一緒に揚げたの」
「ふうん、こんどつくってほしいなあ」
「ああ、そうだな。カイナ村でも凧揚げを流行らせようか」
その夜は、ハンナとエルザが一緒の部屋である。
「わあ、たたみ、いいにおい」
ハンナも畳、というかイグサの匂いが気に入っているようなので、今度カイナ村で栽培できないか、などと仁は考えている。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、おにーちゃん」
「おやすみなさい、ジン兄」
あまり遅くならないうちにと寝ることにしたのだが、はしゃいでいるハンナはなかなか寝付けなかったようだ。
* * *
「今日も出立できなかったよ……」
『それはご愁傷様です』
ラインハルトとの定時連絡は今夜も老君が代行していた。
ウスターソースって結構自作する方いらっしゃんるんですね、ネットで検索していて驚きました。
お読みいただきありがとうございます。
20131110 14時25分 表記追加
(旧)ウスターソースがないので自家製に挑戦
(新)この世界にはウスターソースがないようなので自家製に挑戦
旧だとソースが無くなったから、とも取れるので補足。
表現統一
作業場→工房に。
20190826 修正
(旧)「ああ、そうだな。カイナ村でも凧揚げ流行らせようか」
(新)「ああ、そうだな。カイナ村でも凧揚げを流行らせようか」




