09-47 破壊姫
『慎重にな』
「はい、わかっています」
マキナ=仁、礼子、アン、ランド70の4体は元は階段だった斜路の中程に見つけた隠し扉の前に立った。
「開けます」
ランド70がその扉を押す、が、びくともしない。
『もうこっちの事はばれてるだろう。思いっきりやってみろ』
「はい」
それで仁の指示に従い、ランド70はフルパワーで扉を押した。
扉とかんぬきは持ちこたえたが、蝶番が耐えきれずに外れ、そのまま扉は部屋の中へ倒れこんだ。
狭い部屋かと思いきや、そこそこ広い空間があった。小学校の教室くらいだろうか。
その正面奥に1体の自動人形が佇んでいるのが見えた。
「ついに来たわね」
その自動人形が口を開いた。
『お前がエレナか』
マキナからの問いに、自動人形は首を振って否定する。
「その名前は奴隷が勝手に付けた名前。私は女王。自動人形の女王」
「やはり、黄金の破壊姫に間違いないですね」
アンがそう言葉を漏らすと、黄金の破壊姫はアンを見据え、
「まだ1体、生き残りがいたのね。アドリアナの系統を伝える人形は全て破壊したと思ったのに」
と、吐き捨てるように言った。
仁はマキナの目に仕込まれた魔導監視眼から送られてくる映像をペガサス1の魔導投影窓に映して見ていた。
魔導投影窓越しでも、その自動人形は十分美しかった。
腰まである金色の髪、白磁の肌、深紅の瞳。プロポーションも完璧に近い。
だが。
『危ういな』
話の腰を折るようにそんな言葉が仁の口から漏れた。それは魔素通信機を通じてマキナの口から発せられる。
「それはどういう意味かしら?」
聞きとがめた黄金の破壊姫がマキナの方を向いた。その目が妖しく輝く。『魅了』の効果を持つ、いわば『魔眼』である。
普通なら、精神攻撃に対する耐性を持たない仁はたちまち虜にされてしまったかも知れない。
だが、マキナは仁ではない。魔導監視眼と魔導投影窓を介した映像では、仁を惑わすことは出来なかった。
『ああ、お前を作った人が誰かは知らない。だが、その人はお前をどう育てたのか、と思ったのさ』
「決まっているじゃない。『あなたが一番』。それがお母さまの最後のお言葉よ」
「『あなたが一番』?」
礼子とマキナ=仁が同時に言った。
「そうよ。私は一番。つまりこの世界の全ては私にひれ伏すべきなのよ!」
勝ち誇ったようにそう言う黄金の破壊姫からは狂気が感じられた。
『やっぱり暴走しているな』
「ええ、おとう……マキナ様」
マキナ=仁と礼子は肯き合った。
そして礼子は一歩前に出る。
「『あなたが一番』。それって、あなたを作った方が、あなたを一番『愛していた』とでも言いたかったんじゃないですか?」
「なんですって?」
「『あなたが一番』に続く言葉を言いそびれたのでは?」
「…………」
礼子の問いかけに、黄金の破壊姫は言葉を失った。その目から狂気が消える。
だが、それも一瞬のこと。
「うるさいうるさいうるさい! お前なんかに何がわかる! 私はお母さまの最高傑作! 私は自動人形の女王!」
そう叫んで跳びかかって来たのである。そして礼子の首を両手で締め付けた。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……このまま首をねじ切ってやるわ。そして両手両脚をもぎ取るの。今まで全ての自動人形にしてきたように」
そして更に力を入れる黄金の破壊姫。
だが、その意に反して、礼子は平然としていた。そして、
「何をしているのですか?」
まったく意に介していませんよ、と言わんばかりの言葉を破壊姫に投げかけた。
破壊姫の顔に驚愕が浮かぶ。
「お、お、お、お前は! 戦場にいた化け物かあああああ!」
礼子は破壊姫の両手を掴むとそれをあっさり振り解く。
「化け物ではありません。私は自動人形。名前は『礼子』。以後お見知りおきを」
「お前は、お前はあ! アドリアナの娘だなあああああ!!」
さらにヒートアップする黄金の破壊姫。対する礼子は冷静そのもの。
「そうです。私を作って下さったのはアドリアナ・バルボラ・ツェツィお母さま。そして二堂仁お父さまです」
「両親がいるだってええ? ふざけるなあ! 礼子と言ったね! お前なんか、お前なんか!」
そう叫びながら拳を振りかざし、礼子に跳びかかって来た。礼子はその拳を受け止める。
「無駄なことは止めなさい」
しかし黄金の破壊姫は最早止まらない。憶えた剣技、格闘技はどこへやら、両腕をただ振り回し、礼子に立ち向かっていく。
その姿はまるで駄々っ子。
「止めなさい、と言っているのです」
「きゃあっ!」
礼子が振り抜いた拳は、黄金の破壊姫を部屋の反対側まで吹き飛ばした。壁に激突した彼女は、起き上がると目に危険な光をたたえ、再び礼子に向かってきた。
その速度は疾風、だが礼子はもっと速い。
破壊姫の左拳と礼子の右拳がぶつかった。
ごがん、と言うような鈍い音と共に吹き飛ぶ破壊姫。その左腕は肘から先がちぎれそうになっている。
「ううう……! やっぱりあんな奴じゃ私を完全には直せないのか!」
尚もまた、破壊姫は礼子に殴りかかってきた。拳で迎え撃つ礼子。
今度は、右腕が肩の付け根から吹き飛んだ。
「もうお止めなさい。あなたでは私に勝てません」
礼子がそう言うが、黄金の破壊姫の狂気は衰えない。
「なんで、なんで、なんで! アドリアナはなんでいつも私を邪魔するの! なんでいつも私をいじめるのよ! お母さま! おかあさまああ! どこおおお!」
『礼子、あいつ、おかしいぞ』
見守っていたマキナ=仁がそう囁いた。
「はい、そのようですね」
礼子もそれを感じたらしい。
「決着を付けます」
そう言って礼子は、超高速振動剣を手にした。
そして、
「安らかに……眠りなさい」
そう言いながら、黄金の破壊姫を横一文字に斬り裂いたのである。
上半身と下半身に分かれ、床に転がる破壊姫。だがその口はまだ言葉を紡ぎ、唯一残った肘から先のない左腕を使って動こうとしていた。
「私が……一番。私は……女……王……。おかあ……さ……ま……」
しかしその動きは次第に鈍り、ついにその深紅の目から光は消えた。
『終わった……のかな?』
マキナ=仁は溜息を漏らす。
仁にとって、非常に神経に堪える一幕だった。最期まで狂気をまき散らしていた姿は哀れでさえある。
礼子も一つ間違えばあのような狂気に支配されるのだろうか? そんなことも考えさせられた仁であった。
『礼子、ご苦労だった。黄金の破壊姫を回収して帰ろう』
「はい、おと……マキナさま」
そして一行はその部屋を後にしたのである。
ついに決着が付きました。
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