09-43 礼子参戦
統一党の熱飛球部隊に対峙した仁は、
「レーザーで気球部に小さな穴を開けてやれ」
と指示を出した。それに応じて、火器管制専用制御核が、細いレーザーを発射。それは狙い過たず、統一党の熱飛球に命中した。
「う、うわっ!」
乗っている統一党党員が慌てる。それはそうだろう、気球が破れたら待っているのは墜落だ。
だが、細いレーザーは気球を斬り裂かず、小さな穴を開けただけに留まった。だが、その穴だけで、気球の高度を落とすには十分だった。
「こ、高度が下がるぞ!」
「もっと火を出せ!」
「駄目だ、下がる一方だ!」
穴の開いた気球では高度を維持することすらできず、熱飛球10機はごくゆっくりと高度を落としていく。
それを見た仁は、
「よし、十分だ。今度はこれだ」
と、熱飛球乗員に向けて、麻痺銃を発射した。
「ぐう!」
「ぎあっ!」
短く呻いて気絶する乗員達。
乗員が気絶したあとも熱飛球は相変わらずゆっくりと降下していく。墜落ではなく降下であるため、死ぬことはないだろう。
* * *
「なんてこと……」
魔導投影窓でその様子を見ていたエレナは呆然としていた。
『魔法以外にも、この世界には理解し、利用すべき力があると言うことを』
ラインハルトが言った、その言葉が不意に思い起こされた。
「魔法以外の力……それがあれだというの?」
銀色に輝く飛行物体、ペガサス1を睨み付けながら苦々しげにエレナは呟いた。
「ええい、こうなったら、万能ゴーレム、出動よ!」
万能ゴーレムは自律性が高く、エルラドライトにより力と魔法、双方を強化されたゴーレムである。
それが200体、戦場に解き放たれた。
* * *
「おっ、また別のゴーレムが出てきたな。あれは……見覚えがあるぞ」
それは、ラインハルトとステアリーナを救出した際、油断した仁が殴り飛ばされたゴーレムと同型であった。
「そこそこ性能のいい奴だよな。……ランド隊、注意せよ! 新たな敵が加わった。力と魔法、その両方を使うと思われる」
仁のその指示は老君を介してゴーレム全員に連絡された。
新型戦闘用ゴーレムの残り約100体、万能ゴーレム200体。
万能ゴーレムはこれまでの戦闘を踏まえたのか、散開して戦場に向かってきた。その移動速度は速く、ラプターからのレーザー点射を逃れたものも多い。
「ふうん、少しは学習したかな。どうしてやろうか」
その時、礼子からの通信が入る。
『お父さま、直接介入のご許可を』
少し考えてから仁は許可を出す。
「よし、いいだろう。だが、けっして無理はするなよ。最大で出力50パーセントまではお前の判断で出していいからな」
『はい!』
そう答えた礼子は地を蹴った。まずは出力10パーセントからである。
アダマンタイト製の刀『桃花』を抜き放った礼子は、魔力砲を背負っているにもかかわらず、風よりも早く敵ゴーレムの間に斬り込んだ。
万能ゴーレムの外装は鋼鉄。骨格も鋼鉄である。アダマンタイトがいくら鋼鉄より遙かに強いと言っても、叩き斬るのにはそれなりの力が必要となるが、礼子の膂力はそれを易々と可能にした。
一振りで腕を断ち、二振りで首を断ち、三振りで胴を断つ。
そうして5体ほどを屠った礼子であるが、
「3回も斬りつけるのは効率が悪いですね」
そうひとりごちて、出力を30パーセントに上げた。
更に速度を上げた礼子は、今度は一太刀で敵ゴーレムを縦に両断していく。正に黒き疾風。
礼子が駆け抜けたあとに残るのは敵ゴーレムの残骸だけであった。
そうやっておよそ30体の敵ゴーレムを斬り捨ててきた礼子であるが、手の中の桃花に無理が掛かっているのを感じていた。
「お父さまにいただいた刀を折ってしまうのはよろしくありませんね」
そう呟いて桃花を鞘に収める。
代わって手にしたのは背負っていた魔力砲。
マギ・アダマンタイト製で、長さは1.5メートル。打撃武器にもなる凶暴な兵器。
それを一振りする礼子。
ぶつけられた敵ゴーレムはもんどりうって吹っ飛んでいく。ぶつかった時の衝撃で四肢は半ばもげてしまっていた。
「やっぱりこれはいいですね!」
敵万能ゴーレムの中には、振るわれる魔力砲を手で押さえようとしたものもあったが、結果は変わらなかった。
鋼鉄の強度では、いかに硬化を掛けられていようと、超高速で振るわれるマギ・アダマンタイトの塊を止めることはできなかったのである。
エルラドライトで底上げされた力も全くの無意味。
右に左に、魔力砲を振り回しながら、無人の野を行くように礼子は戦場を駆け巡っていた。
* * *
「い、いったい、何なの、あいつはああああ!」
最早エレナの声は絶叫に近い。
食い入るように見つめる魔導投影窓には、戦場を所狭しと駆け回る礼子の姿が辛うじて映っていた。
黒いワンピースに白いエプロンドレス。黒髪を靡かせながら破壊を振りまくその姿は正に『漆黒の破壊姫』。
その漆黒の破壊姫1体に、万能ゴーレムの半数が倒されていた。
「アドリアナはあんな自動人形を作り出していたというの? あたしは信じない! あれは自動人形なんかじゃない! 化け物、そう、化け物よぉ!」
そんなエレナに、新たに統一党主席となったドナルドは、
「エレナ、落ちついてくれ。まだ旧型とはいえ戦闘用ゴーレムが200体残っている。あれを出そう」
更に続けて、
「奴らがエルラドライトで力を増幅しているなら、そろそろ魔力切れを起こすはずだ」
「それもそうね、いいわ。出しなさい!」
* * *
「おっ、最初に出てきた奴と同じゴーレムが出てきたぞ。そろそろ奴らも手駒が無くなってきたかな?」
仁のその推測は当たっていた。
「よし、ランド隊は主に今出てきたゴーレムに当たれ。礼子の邪魔はするな」
そして更に考えを巡らす。
「うーん、ランドの筋肉に使っている魔法繊維は地底蜘蛛の糸をベースにしていたっけ」
そして結論を出す。
「よし、ラプター隊、ファルコン隊、全機に告ぐ。戦場へ向けて、電磁誘導放射器を作動させろ。礼子のいる方角には照射しないように」
そして地上部隊へは、
「ランド隊、注意せよ。電磁誘導放射器の照射が来る。身体が過熱しそうになったら離脱するように。礼子のいる方角が安全地帯だ」
仁の指示によって、電磁誘導放射器が作動。
それは雷魔法の応用で、あらゆる金属に誘導電流を生じさせ、その電流によって金属を発熱、融解させる。さすがに敵だけを狙って発熱させることはできない。ランド隊もその効果を受けてしまうことになる。
仁が警告を出したのはそういう理由による。
因みに、現代地球で良く話題になる、電磁波による人体への影響はない。電磁波ではなく雷魔法であるがゆえに。
仁の警告を受け、ランド隊は身体が熱を帯び始めたことを感知すると即座に戦場を離脱。これにより被害は皆無。
だが、統一党の旧型戦闘用ゴーレムは自律性が低く、自己による判断はできないと言って良い。
このため、身体が赤熱してきたにもかかわらず、戦場に留まり続けていた。
* * *
「ゴーレムが熱を持ち始めている!? 何で? なんでなのおおおお!」
その現象は、既にフランツ王国軍とクライン王国軍の戦場で見られたものと同じであるが、それを語ることのできるジュールは最早口がきける状態ではなかった。
ランドの筋肉や礼子の服に使われている地底蜘蛛の糸は1000度の熱にも耐える。が、統一党の旧型戦闘用ゴーレムの筋肉組織は300度にすら耐え得なかった。
明るい赤に発光する鋼の温度は700度前後。そうなった旧型戦闘用ゴーレムは筋肉組織が焼け落ち、最早動くことはできなかった。
そのままその場に倒れこみ、更に熱せられ、金属の塊となりはてたのである。
制御核は融点の高い魔結晶であるから溶けずに残ったが、本体が溶けてしまっては何の意味もない。
既に破壊されていたゴーレムも同じ運命を辿り、戦場のそこかしこに溶けて固まった鉄塊が転がるという事になったのである。
礼子が力任せに戦うのが好きなのは、戦闘技を憶えていないことにも原因があります。
お読みいただきありがとうございます。
20131026 19時51分 表記修正
(旧)礼子の服にも使われている地底蜘蛛の糸は
(新)ランドの筋肉や礼子の服に使われている地底蜘蛛の糸は
地底蜘蛛の糸の使用先についてをはっきりさせました。
20131027 09時22分 表記修正
(旧)よって金属の電気抵抗が大きいほど、発熱も大きくなる。
残念ながら、仁が多用している軽銀やアダマンタイトの電気抵抗は、統一党ゴーレムに使用されている鋼鉄よりも電気抵抗が高い。
故に早く過熱してしまうことになるのだ。仁が警告を出したのはそういう理由による。
(新)さすがに敵だけを狙って発熱させることはできない。ランド隊もその効果を受けてしまうことになる。
仁が警告を出したのはそういう理由による。
発熱量と電気抵抗値の関係について、納得のいく裏付けがないので修正しました。
20190826 修正
(旧)戦場のそこかしこに鉄のインゴットが転がるという事になったのである。
(新)戦場のそこかしこに溶けて固まった鉄塊が転がるという事になったのである。




