09-40 緒戦
夜明け前のアスール湖西岸。
一帯は高原状になっており、ごくわずかに傾斜した広い荒野が広がっている。
その北西部は岩山となって屹立しており、その斜面には灌木が茂っている。
岩山を構成しているのは花崗岩であり、地下に豊富な資源を擁していた。
そんな場所に作られた砦。それは300年以上前に作られたものであるが、手入れをし、改造した者達がいた。
その組織の名は統一党という。
「ああ、やっと着きましたね」
空から降りてきた『熱飛球』、そこから3つの影が地上に降り立った。
「疲れたよ、エレナ」
そう言ったのは白髪、青い眼をした初老の男。
「ドナルドは人間ですものね。私は何も感じないわ」
そう言ったのは目も覚めるような美少女。だが纏う雰囲気は氷のよう。
そしてもう1体は明らかに人間ではないシルエット。ゴーレム457号である。
3つの影は、どこからか現れた多くの影に取り囲まれる。
「出迎えご苦労」
ドナルドは鷹揚にそう声を掛け、近づいて来た護衛ゴーレムに守られて歩き出す。エレナとゴーレム457号もそれに続いた。
岩壁の一部が扉になっており、ゴーレムだけに可能な怪力でそれを開くと、中には広い空間が広がっていた。
広間を横切り、ゴーレムが守る扉を顔パスで通過。階段を登り、長い廊下を歩いて行く。
そして突き当たりの扉に手を当てると、それは独りでに開いていった。
中は飾り付けられた部屋であった。左右の壁には色とりどりのタペストリーが掛けられ、その前には金色銀色のゴーレム達が槍を構えて直立している。
中央には緋色の絨毯が敷かれ、ドナルドとエレナはそこを歩み正面奥へと歩んでいった。
「お帰り、エレナ」
正面奥に座った人物からそんな声が掛けられた。
「ただいま帰りましたわ、我が君様」
エレナもそれに答える。
「いよいよ総攻撃の時が来たようだね?」
「ええ。熱飛球上から連絡したように、各国の混乱はまだ続いていますわ。今、攻勢に転じれば、我が君様の率いる統一党がこの大陸に覇を唱えられますわ」
その鈴を転がすような声とは裏腹に、言葉には狂気が滲んでいる。が、それを訝しむ者はここにはいない。
ここ統一党総本部の玉座の間にいる生きた人間は主席と第2席の2人だけだからだ。
実は総本部にいる人間は50人足らず。あとは全てゴーレムである。
「旧型戦闘用ゴーレム500体。新型戦闘用ゴーレム500体。万能ゴーレム200体。計1200体のゴーレムが起動済みだ」
「さすが我が君様、手回しがいいですわね。それでは出撃させ……」
エレナがそこまで言葉を紡いだ時。
「報告。空から近づく巨大な影があります」
警備ゴーレムからの緊急連絡が入った。
「空から、だと?」
統一党の主席らしい男は、椅子の脇に付属している魔導具を何やら操作した。すると目の前の空間に映像が現れる。魔導投影窓の発展型らしい。
本拠地外部に設置した魔導監視眼をいろいろ切り替えて、問題の影を捉えることに成功する。
明け行く空を背景に黒々と浮かぶシルエット。それは何とも不思議な物体であった。
4つの輪が正方形状に連結されており、その中心部には何かがぶら下がっている。その何かは巨大な人型をしているように見えた。
「何だ? あれは?」
誰もその問いには答えられない。だが、エレナはその人型を燃えるような目で睨み付ける。
「あれは……! 間違いなく、アドリアナの設計の延長にあるもの。なるほど、謎のゴーレム使役者、ジンとやらがお出ましというわけですか。これは歓迎しなくてはなりませんね」
そう呟いたエレナは、統一党主席に向き直ると、
「ジュール、全ゴーレムを出撃させなさい。そしてギガースも!」
と命令を下した。今まで『我が君様』と呼んでいた敬意の欠片もそこには感じられない。だが、誰もそれに異を唱えることはなかった。
* * *
「お父さま、まもなくカシムノーレ付近です」
ペガサス1のナビゲーター席に座っていた礼子がそう言った。因みに仁は主操縦席に座ってはいるが、実質何もしていない。空軍ゴーレムの制御核を利用した自動操縦に任せているからだ。
「わかった。上空で待機。タイタン1はどうした?」
『あと5分ほどでそちらに到着予定です』
魔素通信機から老君の声が響く。浮沈基地からここまでの距離は50キロほどではあり、同じ時刻に到着するよう調整したが、最も速度の遅いコンドルが一番あとになるのは仕方がない。数分の誤差は仕方ないだろう。
「よし。消身を切って、敵に姿を見せながら接近させろ。敵が気付けば何かしかけてくるだろう」
仁は、徹底的に叩き潰す気である。
「敵基地があると思われる地点から少し離れた場所に陸軍ゴーレム部隊を降ろせ」
仁の指示により、当該地域から2キロほど離れた地点にファルコン部隊10機は着陸。ペリカン部隊3機も平地を選んで着陸した。
これにより陸軍ゴーレム100体が勢揃い。10体ずつの班に分かれ、整列する。
ラプター部隊は空を旋回、地上を監視する。
地平線の彼方から日が昇ってきた。あたりは代赭色に染まる。
その光に照らされながら、コンドル1とそれに運ばれるタイタン1が見えてきた。消身を切ってあるので良く見える。
「おっ、来たな。よし、タイタン1はもう少し敵基地近くに降ろせ」
その指示通り、タイタン1は敵基地から1キロほどの地点に降下した。
少しずつ日が昇るにつれ、光は代赭色から金色に、そして白くなっていく。その光の中、敵基地の扉が開いた。
* * *
現れたのはエレナが旧型と呼んだ戦闘用ゴーレムが100体。それぞれが盾と槍を持っている。
「まずは小手調べ。行きなさい!」
エレナが命令を下すと、戦闘用ゴーレムは整然と行進を始めた。
「お父さま、敵ゴーレムです」
仁と礼子は上空からそれを見ていた。
「よし、こちらも陸軍ゴーレムで迎え撃とう。ランド隊、行け!」
100対100のゴーレム戦が開始される、が、この戦いは、あまりにも一方的であった。
統一党のゴーレム100体は横1列になり、壁を構成して進んできた。
正にそれは無機物にのみ可能な、一糸乱れぬ突撃と言って良い。
だが相手取る陸軍ゴーレムは並のゴーレムではない。いや、並どころか、この世界でも最高峰に分類されるゴーレムである。
統一党のゴーレムは盾を構え、その隙間から槍を突き出す。いわゆる槍衾、という状態である。
方やランド隊は盾や槍は持たない。持っているのは超高速振動剣。
マギ・アダマンタイト製で、魔力を流せば微小な超高速振動が起き、触れるものを斬り裂く剣だ。
統一党ゴーレムが突き出す鋼鉄の槍はあっという間に斬り飛ばされる。
そして返す刃で構えた盾を斬り裂き、無防備になった胸部に刺突。
その突きは寸分違わずゴーレムの心臓部である制御核を破壊した。
* * *
接触して10秒経たず、統一党ゴーレム100体は戦闘不能となった。
それを魔導投影窓で見ていた統一党主席、ジュールは愕然とする。
「な、何だと!? 旧型とは言え戦闘用ゴーレムが瞬殺だと!」
だがエレナは悔しさを頬に浮かべつつも、ランド隊の実力を測っていた。
「次! 200体行きなさい! 隊列は組まないように。盾は不要。剣を使うように」
第2陣、倍の200体が姿を現す。今度の200体は隊列を組まず、ばらばらに突撃を仕掛けた。
* * *
「今度は200体か。ランド隊は今倒した100体から2メートル後退。班を作り、班単位で迎え撃て」
上空から戦場を見ていると、戦況が良く見える。素人の仁でもそれなりの指示が出せた。加えてアンが助手に付いている。
倒したゴーレムを避けるために突進速度が鈍る。また、体勢も乱れる。
そこを狙い、ランド達は攻撃を加えた。
脚を狙えば脚が斬り飛ばされる。袈裟懸けに斬りつければ胸部の制御核まで破壊され、動きを止める。
首を落とせば、視認性が一気に悪くなり、そんなゴーレムはあっさりと無力化される。
当初の100体の残骸に、更に残骸が積み重なっていった。
* * *
それを眺めていたエレナは、
「今ね。奴らの背後から新型戦闘用ゴーレム500体を出撃させなさい!」
まずは蓬莱島優勢。
お読みいただきありがとうございます。
20131023 19時42分 表記修正
(旧)途中から連絡したように
(新)熱飛球上から連絡したように
『途中』が曖昧なので、もう少し具体的にしました。
20131025 11時58分 表記修正
(旧)実は総本部にいる人間を合計しても50に満たない
(新)実は総本部にいる人間は50人足らず
テンポがあまり良くなかったので変えてみました。
20150702 修正
(誤)微少な超高速振動が起き
(正)微小な超高速振動が起き




