09-33 2号作戦
「な、何だ、あれは……」
それは、攻撃側、防衛側、双方が抱いた畏怖にも似た感情。
「敵か、味方か」
それもまた双方が持つ疑問。だが、それはすぐに判明する。
巨大ゴーレムから声が響いたのである。
「双方、武器を捨てなさい!」
風魔法の応用で声を拡大し、響かせているため、元の声質はわからなくなっていたが、どうやら女性の声のように聞こえた。
「戦争は不毛です。国は疲弊し、民は傷付きます。今、この世界に必要なのは平和です」
礼子は仁に教えられた台詞をゴーレム内から語っていた。
「人口は少なく、土地は広い。戦争に使う余力があったなら、国を開発しなさい。民を富ませなさい」
仁が昨夜必死に考えた説得の言葉である。
「魔導大戦で取り合っていた手に、どうして今、武器を握るのですか」
戦場は時が止まったようである。皆、巨大ゴーレムの話す言葉に耳を傾けていた。
「過去は過去です。けして手が届くものではありません。手を伸ばすべきは未来です」
兵士と騎士の一部はそれを受け止めていた。
「過去を振り返るのではなく、未来を築くために力を振るいなさい。破壊のためでなく、創造のために生きなさい」
だれかが、ふん、と鼻を鳴らした。その者には綺麗事にしか聞こえなかったからだ。
「この忠告を聞く聞かないは自由です。しかし、忠告を聞かない場合には力ずくで止めてみせます」
そう言い終わるか終わらないうちに、フランツ王国軍から巨大ゴーレムに向けて炎玉の魔法が放たれた。
巨大ゴーレムは、同じく巨大な掌で炎玉を受け止め、握りつぶす。
少し遅れて第1、第2中隊は我に返ったように動き出した。目指すは開け放たれた城門。
そしてその城門からは迎撃の魔法が放たれた。
* * *
タイタンに仕込まれた魔素映像通信機でその様子を見聞きしていた仁は溜め息をつく。
「やっぱり駄目か」
戦場という特殊な場では仁の言葉は説得力を持たなかったようだ。
「礼子、予定通り、2号作戦を実行だ。ラプター隊、ファルコン隊も展開しろ」
「はい、お父さま」
「はい、ご主人様」
* * *
再び喧噪に覆われた戦場に、
「残念です」
そんな声が響いた。
そして巨大ゴーレムは動き出した。
その動きは人間のそれと遜色がない。ということはおよそ10倍の速さで動いているように見えるということ。
あっという間に巨大ゴーレムはテトラダの城壁に迫った。
「う、うわああ!」
城壁の高さは8メートル、ゴーレムの身長は15メートル。城壁は腰くらいまでの高さでしかない。
そんな巨大ゴーレムが迫ってくれば、恐怖するのは仕方ないと言えよう。そして。
巨大ゴーレムが右腕を振り上げた。
ドカンという破砕音が響く。巨大ゴーレム正面の城壁が半分以上崩壊していた。その瓦礫の下には、空飛ぶ球から降下してきたゴーレムの残骸も埋もれている。
そう、巨大ゴーレムは、城壁と一緒に、まだ暴れ回っていたゴーレムをも一撃で粉砕してしまったのであった。
「な、なんと……」
ニクラス・ファールハイトは驚愕と畏怖を込めたうめきを漏らした。
城壁を粉砕した巨大ゴーレムは、今度はフランツ王国軍に向き直り、魔法を使うかのように右手を差し出した。
それだけで兵士達の身がすくんだ。
だが何も起こらない。虚仮威しか、と兵士達が思い始めたとき、それは起こった。
「なんだ? 身体が熱い」
「んん? 剣が熱くなった?」
「熱い! あちちちち!」
「うわわわっ、何で?」
兵士達の持っていた剣、着用していた鎧兜が熱を帯び始めたのだ。
「熱い! 着ていられねえ!」
戦場に響く金属音。剣が放り出され、兜は投げ出され、鎧が脱ぎ捨てられる。
今、ありとあらゆる金属が熱を持っていた。
(流石です、お父さま)
仁が大急ぎで仕上げた魔導具、『電磁誘導放射器』である。
最大出力で放射すれば、短時間で鋼鉄をも融かす事が出来るが、兵士達のことを考え、弱めに放射していたのである。
そして放射しているのは礼子の乗るタイタン2号ではなく、遙か上空にいるファルコン1から5までの垂直離着陸機。
消身で姿を消したまま、地上へ向けて放射していたのである。タイタン2号はポーズを取っているだけ。搭載している時間が無かったのである。
「う、うわあああ! な、何だ? 何が起こっているんだ!?」
それは兵士達の叫び。投げ出された剣が、兜が、鎧が、そして木製の柄だったためにまだ手にしていた槍の穂先が、赤熱しだしたのである。
赤はやがて黄色に、そして白熱し……全ての金属製武器、防具が融解してしまったのである。いや、後方陣地内の鍋や金属製食器までもが融解してしまっていた。
「こんなことが……」
武器・防具が無くてはまともに戦えるはずもなく、フランツ王国軍はすっかり戦意を喪失していた。
この光景は、テトラダ城門前だけでなく、反対側に布陣していた第5、第6中隊初め、全てのフランツ王国軍で見られたのである。
そして、空を飛んでいた謎の球も無事ではなかった。
巨大ゴーレムの正体を測りかね、手を拱いているうちに、次第に高度が落ちていることに気が付いたのである。
「うん? もっと火を出せ、温度を上げろ!」
そう、謎の空飛ぶ球とは『熱気球』であった。搭乗した魔導士の1人が使う魔法の火を熱源として空に浮かび、風魔法で移動する。ガスボンベなどの重量物がないため、積載能力も高い。
が、今、魔力妨害機を搭載したラプター隊がその魔法を使えなくしていたのである。
「高度が下がる! なんとかならないのか!」
「下はテトラダ城内だぞ!」
テトラダ城内では、城門を破壊したゴーレムを降ろした空飛ぶ球が降下してくるのを待ち構えていた。
「くそっ! 魔法で攻撃だ!」
「だめです! なぜか魔法が使えません!」
5つの熱気球のうち4つはそのままテトラダへ不時着したのである。残る1つは城外に不時着。2名の乗員はそのままテトラダから逃げ出した。
だが、既に展開していた陸軍ゴーレムに捕らえられてしまい、情報を得るべく、ファルコン5に収容された。仁の指示待ちである。
残る4つの気球に乗っていた乗員達は全員拘束された。ニクラス・ファールハイトは理性的に振る舞ったのである。
この後大本営であるバーグへと護送を命じる予定である。
そして、最後に、それは起こった。
「ぎっ!?」
「がっ!」
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を上げ、フランツ王国軍、クライン王国軍が、いや、テトラダ住民までもが、短い悲鳴を残し、気絶したのである。
もちろん上空にいるラプター隊、ファルコン隊が放った麻痺銃によるものである。
同時に衝撃も浴びせ、催眠や暗示で操られていたとしてもこれで醒めたはずである。
動く者のいなくなったテトラダ周辺、姿を現したのは陸軍ゴーレム。
彼等はテトラダ城壁内の武器防具を悉く回収していった。同時に、大怪我をした者達には回復薬を与えていく。塗るだけで飲まさずとも効果がある事が実証された。
気絶していた者達が目覚め、武器も防具も無くなっていることに気付いたが、如何ともし難く、フランツ王国軍は撤退。クライン王国軍は崩れた城壁・城門の修理をするより仕方なかったのである。
金属製の入れ歯が無くて幸いでした。
お読みいただきありがとうございます。
20131016 13時19分 誤字修正
(誤)登場した魔導士
(正)搭乗した魔導士
20131016 15時05分 誤記修正
一箇所、フランツ王国軍がセルロア王国軍になっていたので直しました。
(誤)この光景は、テトラダ城門前だけでなく、反対側に布陣していた第5、第6中隊初め、全てのセルロア王国軍で見られたのである。
(正)この光景は、テトラダ城門前だけでなく、反対側に布陣していた第5、第6中隊初め、全てのフランツ王国軍で見られたのである。
20131016 15時15分 表記修正
(旧)巨大ゴーレムは同じく巨大なその掌で
(新)巨大ゴーレムは、同じく巨大な掌で
『巨大な』を2つ続けて、巨大さを強調しているのですが、あとの方に「その」まで付けたため、『同じく』が何をさすのか曖昧になってしまったため、「その」を取りました。




