09-27 閑話11 ある人形の狂気
魔導大戦の少し前のこと。
ディナール王国に、とある魔法工作士がいた。
自らは古の天才魔法工作士、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの再来だと吹聴していたし、周りもそれが大げさではないと思っていた。
しかしそれは、彼がアドリアナ・バルボラ・ツェツィの残した設計基を偶然幾つか手に入れたからに過ぎない。
そしてその設計基も、アドリアナ本人から見たらまだまだ不満の残るレベルであった。
だがこの時代の人々はそれを知らない。
それだけアドリアナ・バルボラ・ツェツィは時代を先取りした超天才だったということである。
この時代に至ってようやく彼女の事を理解するものが現れてきたのだから。
その設計基を使い、彼は自動人形を作り上げた。
自動人形と呼ぶに相応しいそれは、動き、話し、考えるのみならず、擬似的な感情さえ感じられた。
見せかけではあるが呼吸もし、体温もある。人間と変わらない、そう言ってもいいほどの出来映えであった。
「いやあ、これは素晴らしい」
「さすが彼の作は違いますな」
貴族達は褒め称え、こぞって彼の自動人形を所持したがったものである。
「髪は銀色、瞳は青がいいですな。身長は高めですらりとして、胸は大きくして欲しい」
「髪はやはり金髪、瞳は緑にしてくれたまえ。容姿は細めで、胸も控えめで」
貴族によって好みの容姿がある。その魔法工作士は要望に応じて自動人形の外見を変えた。
「ううむ、こうなってくると夜の方も楽しめるといいのだが」
そんな要望にさえ応える。
とにかく、他人から認められ、褒め称えられる事、それこそが彼の生きる意味であったからだ。
* * *
同じ時代に、もう1人、別の魔法工作士がいた。
彼、いや彼女もまた天才であった。いや、彼女こそ天才と呼ばれるに相応しかったのかもしれない。
が、天才故かその精神は歪んでおり、その狂気は自動人形製作にのみ向けられていた。
彼女は最高の自動人形を作り出す事に一生を捧げていた。
幸い家は裕福で、彼女が一生かかっても使い切れないほどの財産があった。彼女はそれを全て自動人形製作に注ぎ込んだのである。
とはいえ、初めのうちはまだまだ拙いものであった。動きは鈍いし、会話もたどたどしい。
「ます、たー、おちゃ、がはいろ、ました」
「はいりました、でしょう! 何度教えたらわかるの!」
彼女のいらつきは日常茶飯事であった。
だが、10体、20体と作っていくうちに次第に洗練されていく。
「マスター、お食事の仕度が調いましてございます」
動きも話し方も人間と遜色なくなっていった。
それと共に、彼女もまた話題の人となる。
彼女の元へも自動人形製作依頼が引きも切らずに舞い込むこととなった。
だがまだ彼女は満足しなかった。彼女よりも、今話題の魔法工作士が作る自動人形の方が人気があったからだ。
つまりアドリアナ・バルボラ・ツェツィの方が彼女より上であるということ。
彼女は、今話題の自動人形が、すべてアドリアナの残した設計基を基にしていることを知っていたのである。
製作依頼を全て断り、彼女が目指したものは、『自動人形でありながらも、ゴーレムをしのぐ力』。
それが次の目標になった。
なぜならば、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの残した設計基を元に作られた自動人形は、皆人間の3倍以上の力を誇り、護衛としても役に立っていたからである。
「アドリアナが何よ。私の方が優れていると言うことを証明してやるんだから!」
その目標通り、彼女の作り出す自動人形は次第に力強くなっていった。見かけは華奢な女性型なのに、一般的なゴーレムの倍以上の力を誇る。
だが彼女はまだ満足しなかった。
自動人形を超える自動人形、自動人形の女王。それが彼女の次の目標であった。
容姿はあくまで美しく。仕草は優雅に。そしてひとたび威を示せば全ての自動人形がひれ伏す。そんな自動人形を作るのが夢となった。
そのためには、今まで作ってきた自動人形は素材に戻され、その優秀な部材だけを回収して次に生かす。
100体以上あった彼女の自動人形は全てスクラップとなった。
だがその制御核に蓄えられた情報、知識は累積されていた。
嫁ぐこともなく、ひたすら彼女は自動人形作りに打ち込んだ。
ある時、出入りの商人が、中古の魔結晶を持ち込んだ。それはかなり古いもので、何か基礎制御魔導式が刻まれていた。
彼女はそれを解析。
「これはすごいわ! 600年以上前のものらしいけど、その頃にはもうこんな動作式があったなんて!」
それは『特殊』なゴーレム向けに書かれた魔導式だった。それを得て彼女の研究は一気に進んだ。
そしてその魔結晶は、彼女の時代では手に入りにくいほどに純度が高かったため、『消去』を用いて再度使用することにした。
彼女が60歳を越えた頃、1体の自動人形が完成する。それは彼女の最高傑作だった。
容姿は10代後半、少女から大人になり掛かった、そんな年頃の女性型。背は高からず低からず。髪は黄金色、瞳は深紅。
「あなたは私自慢の娘。アドリアナ・バルボラ・ツェツィのゴーレムにも負けはしないわ」
事ある毎に彼女はそう言って自動人形を賛美した。
そんな彼女の期待通り、いや期待以上に自動人形は振る舞った。
「お母さま、今日はいいお天気ですからお散歩に行きましょう」
そんな心遣いも人間そっくり、いや人間そのもの。ある時など、一目惚れした貴族の御曹司に求愛された事さえあった。
それは、『魅了』の効果を持つ魔結晶、『血の結晶』の瞳を持つ自動人形ならでは。
自動人形はその気になれば、その瞳を用いて、『催眠』や『暗示』、それに『潜在意識誘導』といった、禁じられている魔法を使う事も出来た。
それは偏に彼女の狂気ゆえ。彼女は自分の作り出した自動人形が、彼女以外の人間に仕えることを良しとしなかったのである。
それに加えて、その裡に秘めた力は計り知れない。戦闘用ゴーレム10体掛かりでもその自動人形を倒すことは出来ないだろう。
力だけでなく、素早さ、柔軟さ、そして憶えた格闘技。それらに加え、護身用に持つアダマンタイト製のショートソード。
魔法が付与されていて、鋼でさえ楽々切り裂いてしまう名剣。それを扱う自動人形の剣技と相まって無敵に近い。
一方で彼女は、若い頃からの無理がたたったのか次第に元気が無くなっていった。
「お母さま、今日は大麦のお粥にしてみました」
かいがいしく世話を焼く自動人形だが、彼女の身体は日一日と弱っていった。
「私はもう長くはないわ。でもお前を作る事が出来て満足よ」
もうベッドから起き上がることも出来なくなった彼女は優しい声でそう言った。
「お母さま、そんな悲しいことを仰らないでください」
自動人形はそう言ったが、彼女はゆっくりを首を振る。
「人間はいつか終わりがくるもの。あなたたちと同じ時を生きることは出来ないの」
その瞳にはもう狂気は宿ってはいなかった。
「私がいなくなったら、あなたは好きに生きなさい。あなたは私の最高傑作。あなたは自動人形の女王」
「お母さま……」
「私の……娘。あなたが一番……」
そこまで言葉を紡いだ時、容態が急変した。肺から血が上ってきて彼女の喉を塞ぐ。
ごぼごぼという音がするのみで、彼女が最後に何と続けようとしたのかは永遠の謎となった。
その夜、彼女は息を引き取ったのである。
* * *
「『あなたが一番』……それがお母さまの願い」
自動人形はその言葉を脳裏、いや制御核に焼き付けた。『一番』というのがどんな範囲を指す言葉なのか、確かめる術はもう無い。
その時、運命の悪戯か、それとも消去が不十分だったのか、消したはずの魔導式が一部蘇る。
その内容は彼女が刻んだ魔導式と重複すること無く、自然と一体化した。
自動人形がなすべき事。
アドリアナ・バルボラ・ツェツィに勝つ、つまり彼女が作ったゴーレムを圧倒すること。
一番になるにはこの世界の、『あらゆる存在の上に立てばいい』。
自動人形には膨大な知識があった。そして彼女が残した館があった。
自動人形は万物の頂点に立つべく計画を練った…………。
* * *
最初の犠牲者はアドリアナ・バルボラ・ツェツィの再来だと言われた魔法工作士だった。
いつまで経っても起きてこない主人を訝しんだ侍女が様子を見に行くと、彼はベッドの中で事切れていた。
そして、彼が手がけた自動人形が次々と破壊されるという事件が起こった。
所有者のほとんどは貴族だったので、邸宅には門番もいたし、室内には護衛や警備の者もいた。
それでも朝気が付くと、四肢、そして首を引きちぎられた自動人形が転がっているという有様であった。
ある貴族などは魔導士を雇い、結界で自分の家を覆わせたが無駄であった。犯人はそんな対策をあざ笑うかのように易々と侵入し、誰にも気付かれることなく自動人形を破壊し、再び風のように立ち去っていった。
不思議なのは、自動人形と一緒の部屋に護衛がいたにもかかわらず、護衛が気が付くと自動人形が破壊されているという状況が何件かあった事だ。
その護衛は悉くが犯人の姿は見ていない、と証言した。いや、持ち主の貴族と同じベッドにいた自動人形が破壊され、当の貴族は全く気が付かない、と言うことさえあった。
禁呪である『催眠』を使ったのではないかという推測がなされたが、確証は得られなかった。使われた筈の被害者からは催眠の痕跡が発見できなかったのである。
この事件は解決されることはなく、亡くなった魔法工作士、彼の作った自動人形が全て破壊されるまで続いたのである。
もっと後に、この時使われたのが『暗示』と呼ばれる、特定の行動をするように意識を向けさせる魔法であることが判明する。
* * *
そして5年後、魔導大戦が勃発した。
多くの自動人形、ゴーレムが作られた。
それらは皆戦場へと送り出されていく。
アドリアナ・バルボラ・ツェツィの残した設計基が再発見され、それを元に作られた自動人形、ゴーレムが大活躍したのもこの時期である。
自動人形は量産され、前線での雑用をこなしていった。もちろんゴーレムは最前線で戦っていた。
そんな最中、不可思議な事件が起きる。
最初それを見た兵士は夢だと思った。
黄金色の髪をなびかせた少女が、自軍の戦闘用ゴーレムを次々に屠っていくのだから。
その背後からは魔族がひたひたと押し寄せる。夢は夢でも悪夢であった。
魔導大戦は熾烈を極めた。
激戦地から程遠い場所で、1体の自動人形が動けなくなっていたが気に留める者は誰もいない。
左腕が無いそんな自動人形は最早スクラップ同然だからだ。
だがその自動人形はまだ『生きて』いた。
個体の力だけでは抗しえない力が存在する事を、身を以て知った。
次の機会を待つため、自動人形は休止状態となる。
次に目覚めるのは、誰か人間が自分に触れた時、と決め、出入り口も塞ぐ。
「次は、もっとうまくやりましょう。そう、暗示や催眠、それに潜在意識誘導。人間を人間にけしかけるのもいい手でしょうね」
そう心に決めて……
お読みいただきありがとうございます。
20131010 15時22分 誤字修正
(誤)魔導式を重複すること無く
(正)魔導式と重複すること無く
(誤)無くなった魔法工作士
(正)亡くなった魔法工作士
20131010 19時15分 誤記修正
(誤)剣技と相まれば無敵に近い。
(正)剣技と相まって無敵に近い。
「相まって」は副詞なので変化しないんですよね。
20131011 08時37分 表記修正
意識下誘導を潜在意識誘導に変更。
当初の『意識下』は意識のもと、ではなく『意識できる閾値の下』、のつもりでしたがわかりづらいので。
20131216 10時31分 表記修正
(旧)人間と言ってもわからないほどの出来映え
(新)人間と変わらない、そう言ってもいいほどの出来映え
(旧)今では手に入りにくいほどに純度が
(新)彼女の時代では手に入りにくいほどに純度が
20161108 修正
(誤)禁呪である『催眠』を使ったのではないという推測がなされたが、確証は得られなかった。
(正)禁呪である『催眠』を使ったのではないかという推測がなされたが、確証は得られなかった。
20220613 修正
(誤)周りもそれが大げさでは無いと思っていた。
(正)周りもそれが大げさではないと思っていた。




