09-15 ふるさと
ハンナがお泊まりした翌朝。目を覚ますと、目の前にエルザの寝顔があった。
髪は淡い金色、長いまつげ、色は抜けるように白い。
「……きれい」
そんなことを思うハンナ。そうやってエルザの寝顔を見ていると、横のベッドでバーバラが起き上がった。村長の姪とはいえ村娘、朝は早い。
「あー、よく寝たわ。……ハンナちゃん、おはよう」
「おはよう」
そんな挨拶を交わす2人。その声にエルザも目を覚ました。
「ん……朝?」
「おはよう、エルザお姉ちゃん」
寝ぼけまなこのエルザにおはようの挨拶をするハンナ。エルザも昨夜のことを思い出したらしく、にっこりと笑って挨拶を返す。
「おはよう、ハンナちゃん。おはよう、バーバラさん」
そして3人は服を着、顔を洗いに行く。
もちろん外の井戸へ、である。崑崙島の便利さに慣れてしまっていたエルザであるが、旅で泊まった宿屋の多くは中庭の井戸で顔を洗った事を思い出す。
「エルザお姉ちゃん、先に洗っていいよ」
そう言ってハンナはポンプを漕いだ。水が勢いよく出てくる。エルザは目を見張った。
昨夜の話で仁が作ったポンプのことは聞いたのだが、実際に目にするとやっぱり驚きだ。
魔法を使わずに深い井戸の底から水を汲み上げるポンプ。仁は何と素晴らしいものを作れるのだろうか。
いつか自分もこんな風に、人々の役に立つ物を作りたい。エルザの中にそんな気持ちが小さいながらも芽生えた。
朝食はふるった小麦粉で作った白いパン、山菜を使ったサラダ、川魚の塩焼き、そしてお茶。
「このお茶、ちょっと変わっているけど、おいしい」
「あー、そのお茶ってね、森にあるはっぱをとってきてつくるの」
今朝はハンナも一緒に食べている。
「そうなの?」
クライン王国北部では一般的な飲み物と言えるのだが、ショウロ皇国出身のエルザはまだ飲んだことがなかったのである。
「こんどいっしょにとりにいってみる? 山にはクェリーの花もまださいているからきれいだよ」
ハンナの誘いにエルザも行ってみようか、という気になる。それで知らず知らずのうちに、
「うん」
と肯いていた。
* * *
ふと気が付くと外が騒がしい。村人達が総出で騒いでいるかのようだ。
「何かあったのかしら?」
バーバラが外を見ようと立ち上がると同時にドアが開いた。
入って来たのはギーベック。
ギーベックは少し息を切らせながらハンナに向かい、
「ジン君が帰ってきた」
と告げた。
「え!」
そこにいた3人の口から同じ声が漏れた。そして、次の言葉を一番早く発したのはハンナだった。
「おにーちゃんが!」
そして急いで玄関へと走っていった。
玄関のドアを開け、外に出ると、ロック、ジョナス、ライナス、ビル、ジェフ、デイブ、ハワード、リック、トム、ヤン、スレイ、クルト、ジム、パティ、マリオ、ジェシー、そしてマーサ。
大勢の村人で溢れていた。
そして全員の視線が向かう先にいたのは、まごうことなく、仁だったのである。礼子も一緒だ。
居並ぶ村人達は皆、仁に思い思いの言葉を掛けていた。
「ジン! 今まで何やってたんだい! 連絡1つ寄越さないでさ!」
と言ったのはマーサ。
仁はゆっくりとハンナの所へ歩いてくる。
村人達はそんな仁の邪魔をしないよう、道を空けた。ハンナの目に涙が浮かんでくる。泣き顔を仁に見られたくなくてハンナは俯いた。
そしてハンナがもう1度目を上げた時、もう仁は目の前にいた。
仁が帰って来たらなんて声を掛けようか、と考えていた言葉はどこかに行ってしまい、ハンナの口から出て来たのは、ただ、
「おかえりなさい、おにーちゃん」
であった。
そんなハンナに向かい、仁は柔らかく微笑んで、
「ただいま」
と一言答えたのである。
「おにーちゃん!」
辛抱できずに駆け出したハンナは仁の胸に思いっきり飛び込んだ。仁はそんなハンナを優しく受け止める。
「おにーちゃん、おにーちゃん……」
もうハンナの顔は涙でぐちゃぐちゃである。そんなハンナを仁は優しく抱きしめ、背中を撫で続けるのであった。
「……もういなくならないでね」
まだ涙をいっぱいに溜めた目をしたハンナがそう懇願すると、仁は少しだけ困った顔をするが、次の瞬間には微笑んで肯いた。
「おにーちゃん」
ハンナはもう一度仁に抱きつく。
その間、礼子は優しい笑顔で2人を見つめていた。
「……ジン兄」
その声に仁が顔を上げれば、エルザが立っていた。
「エルザ、無事で良かった。昨夜のうちにここにいることはわかったんだけど、夜中に来るわけにも行かなくて、朝になったんだ」
仁がそう言うと、エルザも涙ぐんだ目で、
「怒って、ないの?」
と尋ねてきた。仁は不思議そうな顔をする。
「何で怒らなきゃいけない? エルザがいなくなって、捜して、見つけた。それだけだ。もうエルザは自分で反省してるんだろう? ならもう俺が言うことは無いよ」
そう答えるとついにエルザの目からも涙が溢れ出した。
「ごめん、なさい」
そう言うとエルザは仁の肩に縋って静かに涙を流した。
* * *
ハンナとエルザ、2人が落ちつくのを待って、仁は村のみんなの前に立った。
そして、
「ご心配おかけしました」
と深く頭を下げたのである。
そんな仁に真っ先に駆け寄ったのはロック。仁の頭を抱えると、そのままヘッドロックを決める。
「あいたたたた、ロ、ロックさん!?」
「この野郎、黙っていなくなりやがって。水くせえったらありゃしねえ」
そう言いながらロックの目は優しげに笑っている。
ジョナスもライナスも、ビル、ジェフも、皆笑ってその光景を眺めていた。
そして次に仁がされたのは胴上げであった。
「ジン! お帰り!」
「ジン! お帰り!」
口々にそう言いながら仁を胴上げした。
もみくちゃにされながら仁も静かに涙を流した。ここが自分の第2の故郷だったんだ、と気付いて。
仁がどこからどうやって帰ってきたか、と聞く者は一人もいなかった。
皆、仁が普通じゃない魔導士だと言うことは気が付いていたし、だからといって仁を敬遠する者はいなかった。
仁が帰ってきた、それだけで皆嬉しかったのである。
仁は幸せ者です。
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