09-12 迷子のエルザ
時間は少しだけ遡る。
礼子が仁に呼び出された後の転移門室。
その礼子が戻るまで、とエルザはそこに立ち並んだ転移門を眺めて歩いていた。
「崑崙島」「ポトロック」「ブルーランド」「第8砦跡」などと表示がしてあるのだが、全部日本語で書いてあるのでエルザには読めない。
「……これが、ぜんぶ転移門……どこへ行けるの、かな?」
そんなことを思いながら見て回る。時には中をのぞいたりもする。中には読めないような文字で魔導式が書かれている。
内部の構造も面白い。天井にはやはりよくわからない紋様のようなものがあったりする。
「いつか、私もこういうものを作れるようになる、かな?」
そんなことを思い、上を見ていたら何かに足を引っかけてしまった。
「あ」
そして倒れこむ。倒れこんだ先は転移門の中。
仁が持っている転移門は、全て仁の魔力パターンが認証に必要である。
そしてエルザの胸には仁からもらったブローチが付けられていた。
そう、前にエルザが失踪した際、老君(当時は老子と呼んでいた)が魔力探知機で捜す時の目標にしたあれである。
つまり、エルザは承認され、単独で転移してしまったのである。
その10秒後、礼子が戻ってきた時にはエルザは転移した後であった。
* * *
礼子から、エルザがいなくなったと聞かされた仁は慌てて転移門室へやってきた。
「念のため、他の部屋を調べてくれ」
「はい、メイド達に命じます」
そして仁は転移門室を見て回る。1番ありそうなのが転移門で転移してしまった可能性だが、魔力パターンという認証をどうやってパスしたか。
とりあえずそれは置いておき、転移門を調べて回るが手がかりはない。
転移門は作動しても発熱しないし、魔力自給型なので魔力が減ったとかも無い。
「うーん、転移門に動作カウンターとかあったらどれで転移したかすぐにわかるのに」
仁がぼやくが後の祭り。
そのうち、メイドゴーレム達から研究所内および周囲50メートルにはエルザはいないとの報告が。
「ああ、こんな事ならラインハルトだけでなくエルザの魔力も登録しておけば良かった!」
「お父さま、落ちついて下さい」
「ごしゅじんさま、何が起きたかは聞きました」
宥める礼子、そしてアンがやってきた。
「これまでのことを総合して考えてみましょう。転移門で転移してしまった可能性が最も高いです。では、どこへ?」
アンは筋道立てて考えるよう、仁を諭した。
「ああ、そうだな。まず、崑崙島。そこにいるメイドゴーレムにそっと聞いてみたが、帰ってはいない。とすると、可能性の高いのはその隣にあった転移門」
それはポトロック行きの転移門。
「マルシアに付けた『カトレア』と『ロータス』に連絡を取ってみてくれるか、礼子?」
「はい」
こうしてエルザを捜す仁達であった。
* * *
エルザは倒れたままの格好で、別の転移門に出現した。
「どこ、ここ?」
転移門は一度外に出てからでなければ戻れない。そうでなければ、中から出るのにもたもたしていたら元来た場所に送り帰されてしまいかねないからである。
ゆっくりとエルザは起き上がり、転移門から出た。
そこは地下室のようで、割合広い。ぼんやりと明るいのは魔導ランプがどこかにあるのだろう。
その明かりで見る限り、転移門は今エルザが出てきたもの1台だけである。
それに入れば、元来た転移門に戻れるらしいことは知識としてあった。だからこの時点ではあまり心配はしていない。
地下室の端には階段がある。ちょっとだけ興味があった。仁が設置したものであるから、それほど危険な場所ではないだろうと考えるエルザ。
今戻ってもきっと叱られるだろう。どうせ叱られるなら、と、昔お転婆だった頃に戻ったように、エルザはその階段を目指して歩いた。
その階段を登ると簡単な扉があった。そっと開けてみると外はまだ昼間だった。蓬莱島はもう夕暮れだったのに。
「?」
それが不思議で、つい外へ出てしまう。そこは何も無い草地で、近くには大きな川が流れていた。
1歩、2歩、川の方へ足を踏み出すエルザ。なんとなく行ってみたかったのだが、すんでの所で思いとどまった。
「一旦帰らないと怒られる」
もう礼子も戻ってきて自分がいないので捜しているだろうと思うと申し訳ない気になり、急いで戻ろうと振り返り、愕然とした。
「扉が……ない」
今自分が出てきたはずの出入り口、その扉が見あたらなくなっていた。少し盛り上がった土の山があるあたりから扉を開けて出てきたはずなのに、どこを見てもその扉がない。
あわてて手を突いてぺたぺたとそのあたりを探ってみるが、扉らしきものには触れなかった。
「……うそ」
更に探り回るエルザ。手や膝が泥だらけになるが、今はそんなことを気にしている余裕は無かった。
30分もそうやっているうちに、元の場所の見当も付かなくなってしまった。見えるのは自分の足跡ばかり。どこから最初に出てきたのかもうわからない。
「どうしよう……」
以前攫われた時には仁が捜し出してくれた。また捜してくれるだろうか。もし、勝手に転移門を使ったことを怒って、捜してくれなかったら。
「ごめん、なさい……」
悲観的な事を考えてしまい、心細くなったエルザが泣きたくなった、その時。
「おねーちゃん、だあれ?」
後ろから声が掛けられた。
見れば、8歳か9歳くらいの女の子。やや暗めの金髪をお下げに結い、手には野草を入れた籠を持っている。
「どこからきたの?」
重ねて尋ねられたエルザは気を取り直して答える。
「私、エルザ。どこから来たのか、わからない」
するとその女の子は、
「ふうん? じゃあ迷子?」
と言った。それでエルザもうん、と答えた。
「そうなの? じゃああたしに付いて来て。そんちょうさんのとこへ行ってみよ」
女の子はそう言ってゆっくり歩きだした。他にどうしようもなく、エルザはその子の後に付いていった。
後に付いて歩いていくとすぐに小さな村に着いた。境界には杭が打たれて簡単な柵となっている。
「エルザおねーちゃん、こっちこっち」
籠を抱えたまま、女の子は村の中央部へ続く小径を歩いて行った。足を止めて辺りを見回していたエルザは慌てて後を追う。
所々にエルザが見たことのない不思議なものが立っている。青銅で出来ているらしいそれには簡単な屋根が掛けられ、周りが濡れている事から、水に関連した施設であることが伺われた。
それが何なのか気にはなったが、まずは自分の事が最優先である。エルザは女の子の歩みに合わせながらその後に付いていった。
「ここがそんちょうさんの家だよ」
そう言ってその子が立ち止まったのは、他の家に比べたら少しだけ立派な建物だった。
「そんちょうさーん!」
女の子はドア越しに大きな声をあげた。
少しするとドアが開き、少女が顔を出す。エルザと同い年くらいであろうか。但し一部分は圧倒的に育っていたが。
「あら、どうしたの? 叔父はまだ帰ってないわ。多分麦畑の見回りだと思うけど」
少女がそう言うと女の子は、エルザを指差して言った。
「そうなの? あのね、このおねーちゃん、迷子なの」
「迷子?」
少女は少し怪訝そうな顔をすると、エルザに向き直って尋ねていた。
「そうなんですか? あ、あたしはバーバラ。村長ギーベックの姪です」
「私は、エルザ」
「エルザさん、ですか。どちらから来られたのですか? 見れば荷物もないようですし……」
尋ねられたエルザは思わず崑崙島、と言いそうになり、慌ててその言葉を飲み込む。
「わからない。気が付いたらここにいた。そしてその子に出会った」
それを聞いたバーバラは首をかしげて、
「不思議な話ですね。まあ、そう言うこともあるでしょうね」
と、あまり疑問に思わない様子。そして空を見上げて、
「もうじき日が暮れますね、もしよろしかったらうちへおいでください」
そう言ってエルザを手招いた。薄暗くなってきた空を見てエルザもその言葉に甘えることにした。
「ありがとう。お世話になります」
バーバラはそう言うと女の子に声を掛ける。
「ご苦労様、ハンナちゃん。エルザさんはうちでお世話するから、心配しなくていいわよ」
エルザが転移したのはカイナ村でした。
お読みいただきありがとうございます。
2013/09/25 19時51分 表現追加、誤記修正
(旧)礼子が仁に呼び出された転移門室
(新)礼子が仁に呼び出された後、転移門室
旧では礼子が呼び出された先が転移門室みたいですから。
(旧)老子が
(新)老君(当時は老子と呼んでいた)が
今は老君ですので、現在老子と呼ばれている端末との区別のため。
(誤)魔力探知装置
(正)魔力探知機




