09-05 開かれた戦端
本来19日更新する分を間違って18日に更新してしまいました orz
「御主人様、クライン王国首都に派遣したレグルス2から報告が入っています」
声が響く。
「老君か。直接話を聞きたいからこちらへ回してくれ」
少し前から、混乱を防ぐために、蓬莱島統括管理頭脳の方は老君、その人間型端末は老子、と呼ぶ事にしている。
地球では同じ人物というか仙人を指して言う名前だが、混乱を防ぐためには有効である。
『こちらレグルス2です』
「仁だ、何があった?」
『はい、フランツ王国が隣国のクライン王国の国境を侵しました。今年に入って3度目だそうです』
「クライン王国、か」
ハンナの住むカイナ村、そしてリシアが所属する国。
『噂ではフランツ王国は、セルロア王国の属国的な国だそうです』
「なるほどな」
セルロア王国は統一党との繋がりが最も疑われる国でもある。
仁は未完成ではあるが、この世界の地図を思い浮かべる。
セルロア王国の北側にはフランツ王国とクライン王国がある。
フランツ王国が属国だとすれば、クライン王国を従わせることが出来たなら残るはエゲレア王国とエリアス王国。
最東端のレナード王国が未知ではあるが、あと2国でセルロア王国の当初の目的、古のディナール王国の再現は達せられると言えよう。
「御主人様、クライン王国西部に派遣したカペラ1から報告が入っています」
カペラ1はクライン王国西部に派遣した第5列である。
『フランツ王国がクライン王国に対して宣戦布告しました』
「何だって!?」
先ほど国境を侵したという報が入ったかと思えばこれである。
「御主人様、エゲレア王国に派遣したミラ1から報告が入っています」
ミラ1はエゲレア王国首都へ、デネブ1と共に派遣した第5列である。
「今度は何だ? セルロア王国が宣戦布告したとでもいうのか?」
『はい、その通りです』
「何だってえ!?」
セルロア王国対エゲレア王国、フランツ王国対クライン王国。今や小群国は騒然としていた。
「ショウロ皇国とエリアス王国は平穏なのか?」
これに答えたのは老君。
「はい、今のところその2国は何事も無いようです」
「うーん……」
仁は考えた。今何をなすべきなのか。そしてとりあえずこういう時の情勢を見る事の出来る友人、ラインハルトを思い出す。
「確かラインハルトはまだダリかそのあたりにいた筈だ」
正確にはアスール川を挟んでダリに対する街、ジロンにいる。仁が捕らえた統一党党員の件でまだ留め置かれているのである。
「どうやって迎えに行くかな……」
やはり夜中、ステルス機で行くしかないだろう。
「よし老君、ファルコン1準備。転移門も調整しておくように。移動用にゴーレム馬もな」
「はい」
その時アンが助言をしてきた。
「ごしゅじんさま、完全に信頼の置ける転移門以外は、直接ここ蓬莱島へ来させるのはどうかと思います」
「ん? どういうことだ?」
「完璧なものなんてありません。万が一、敵が転移門からここへ来ることも考えられますし、転移門のセキュリティが破られることだってあり得ます」
アンの主張はもっともである、と仁は肯いた。
「わかった。こっちから送り出す時はいいとして、向こうから来る時には、例えば崑崙島を経由するなりしてワンクッション置いた方がいいと言うことだな」
「はい、その通りです」
「そうすると……どこがいいかな」
すぐには出来ないが、仁は中継基地として空母を使う事を考えていた。最悪何かあったら爆破してしまえばいい。
そう考えると、空母ではなく、単なる浮島のようなものでも良さそうだ。
ということで、魔素通信機を使って相手を確認した時以外は、蓬莱島への直通ではなく一旦中継基地を経由させることを今後の計画に盛り込んだのである。
* * *
その日の夜。蓬莱島時間午後8時。ラインハルトからの定時連絡があった。
『ジン、ようやく面倒な説明やら手続きやらから解放されたよ』
「ご苦労さん、ラインハルト。ところで戦争が始まったのは知っているかい?」
『ああ。さっき聞いた。セルロア王国がエゲレア王国に宣戦布告したんだって?』
「それだけじゃない。フランツ王国もクライン王国に宣戦布告した」
『ええっ?』
驚くラインハルト。無理もない。
「それで、ラインハルトに相談があるから、こっちに来て貰えないだろうか?」
『こっち、というのは蓬莱島、だな? 望むところさ!』
「よし、これから迎えに行く」
話がまとまり、既にジロン近郊に到着していたファルコン1の転移門を使い、仁は蓬莱島からジロン近郊へと跳んだ。同行するのは礼子と隠密機動部隊達。
「あれがジロンの街か」
ジロンから2キロほど離れた川原にファルコン1は着陸していた。搭載された転移門から出た仁は、夜空を背景にぼんやりと見える街灯りを見つめる。
「よし礼子、ラインハルトを迎えに行くぞ」
「はい、お父さま」
ファルコン1に積んでおいた仁のゴーレム馬、『コマ』と、もう1体のゴーレム馬。
仁はコマに、礼子はもう1体のゴーレム馬に乗ってジロンを目指した。もちろん仁は強化服着用である。隠密機動部隊は走って付いてくる。
そうやって移動すればわずか3分ほどでジロンの街である。ここは珍しく城塞都市ではなく、代わりに広い堀割が街の周囲に巡らされていた。
幅は20メートルくらいあり、普通の人間では跳び越せない。また、堀の壁面はほぼ垂直であり、加えて水面まで5メートルはあるため、船を浮かべようとしても乗り降りが難しい。
何箇所かある橋のほとんどは跳ね橋で夜は外されている。2箇所だけは架かっていたが、そこは衛兵が守っており、不審なものは通さないようになっていた。
「さーて、どうやってラインハルトを連れ出すか」
仁が考え込んでいると礼子が、
「お父さま、私が跳び越えてラインハルトさんをお連れします」
と言い出した。
「うーん、それが一番いいか」
短時間ではそれが一番良さそうなのでそれに決める。
「いいですか、バリアを張って、動かないでいてくださいね。そして隠密機動部隊のあなたたち、お父さまをしっかりお守りするのですよ」
「はい、シスター」
心配性な礼子はまだ何か言いたそうだったが、仁がせかしたのでようやく街中を目指す。
まずは人のいない場所を選んで堀割を跳び越える。礼子には朝飯前である。
「ラインハルトさんは『森の穴熊亭』という宿にいると言ってましたね」
だいたいの位置も聞いていたのですぐにわかった。そしてラインハルトも宿の玄関ホールに出て待っていたのである。
「ラインハルトさん」
「おお、レーコちゃん。ジンは?」
「お父さまは堀割の外でお待ちです」
「そうか。それじゃすぐ行こう」
簡単に言葉を交わした後、ラインハルトは礼子と共に外へ出た。何が入っているのか、少し大きめの荷物も抱えている。
堀割へはすぐに着いた。
「えーと、ここからどうやって渡るのかな?」
疑問顔のラインハルトに礼子が近づいた。そして手を伸ばす。
「え? えーと、もしかすると、もしかするのかな?」
少し青ざめるラインハルト。だが礼子はすました顔でそんなラインハルトを抱きかかえる。185センチのラインハルトが130センチの礼子に抱きかかえられている絵はかなりシュールである。
「行きます」
「え、ちょ、う、うわあああああ!」
ラインハルトを抱えたまま、苦もなく20メートルの堀割を跳び越えた礼子は、そのまま仁の所へ走っていく。ラインハルトを抱きかかえたまま。
「お父さま、ラインハルトさんをお連れしました」
そう言って抱きかかえたラインハルトと共に仁の前に出る礼子。
「……や、やあ、ジン」
「……やあ、ラインハルト」
なんとなく気まずいような再会であった。
その後、ラインハルトはゴーレム馬に、礼子は仁と共にコマに乗り、ファルコン1へ。余談だが礼子は仁との相乗りで嬉しげだ。
そこからは転移門で一瞬にして蓬莱島へ着いたのである。
第5列に限りませんが、遠くにいる相手の台詞は『』で囲むことにしました。
統一党、外交官であるラインハルト誘拐とかしていたのはまもなく戦争が起きるという裏があったからでしょうか?
お読みいただきありがとうございます。
20130918 19時57分 表現修正、誤記訂正
(旧)隣国のフランツ王国がクライン王国の国境を侵しました
(新)フランツ王国が隣国のクライン王国の国境を侵しました
「隣国の」がどこにかかるかわかりにくかったので。
(誤)済ました顔
(正)すました顔
20160502 修正
(誤)仁が捉えた統一党党員の件でまだ留め置かれているのである。
(正)仁が捕らえた統一党党員の件でまだ留め置かれているのである。




