09-03 職人
「デネブ21から報告が入っています」
翌朝、老子を通じて、第5列からの最初の成果が上がってきた。
デネブ21の派遣先はアスール湖の畔であった。
アスール湖はセルロア王国の北部に位置する巨大な湖である。フランツ王国との国境に位置し、観光及び水産資源の重要な拠点となっている。
セルロア王国首都エサイア、その真北にある観光都市ルラスス。その郊外に魔導大戦時の遺跡があったというのである。
「内部は半壊しており、特にめぼしい資料も魔導具も残っていなかったそうです」
というように、最初の成果は内容的には乏しいものではあったが。
「レグルス15から報告が入っております」
「カペラ4から報告が入っております」
その日は、計3件の報告があり、3つめすなわちカペラ4の見つけたものはギガースの核を封じた封印箱であった。その場所はエゲレア王国北部の山。
「やっぱりあったか。アンの言ってたとおりだな」
残っているはずの6機のうちの1機が見つかったわけである。残りは5機。
その封印箱は少々面倒だが、大事を取ってカペラ4がブルーランドの転移門を通して蓬莱島へ運び込むこととした。
「うーん、やっぱりまだ前進基地というか橋頭堡というか、ネットワークが不十分だな」
ぼやく仁。しかしまだ第5列完成から5日しか経っていないのである。無理もない。
「さて、それじゃあ俺は、と」
報告を受け、指示を出し終えた仁は、前日にラインハルトから言われた言葉、『自分を大事にしろ』と言うことを踏まえ、身代わり人形を作る事にした。
「構造は第5列に準ずる、と」
人間そっくりに作っていく。肝心なのは、『魔素映像通信機』を内蔵して、蓬莱島にいる仁に音と映像を届けることである。
動作は仁の指示で基本的に動く半自律。
外見は仁そっくりに作る。……と言いたいが、やはり自分で自分そっくりの人形を作るのは難しく、最終仕上げは礼子に頼んだ。
そして出来上がった仁の身代わり人形。
「……不気味だ」
自分そっくりな人形というのはやはりそういうものであろう。
「お気に召しませんか?」
心配そうに礼子が言う。
「いや、出来が悪いんじゃない。その逆で、あまりにもそっくりなんで、ちょっとな」
仁はそう言って礼子を安心させた。
「試しに動かしてみよう」
さっそく試運転である。コントロールは蓬莱島にある研究所の1室で行う。
大きなモニタスクリーンが5面あり、どれも身代わり人形の目で見た映像だが、正面は人間の視覚と同じくらいに調整してあり、上下左右はその外側である。
身代わり人形の視界は人間よりもずっと広いのだ。通常は正面モニタだけで事足りるはずである。
そこから仁は簡単な指示を身代わり人形に出す。遠隔操作は実現に時間がかかりそうだし、脳波コントロールも開発に時間がかかりそうなので、それまでの繋ぎとしてこの方法を採った。
大半は礼子や隠密機動部隊がそばにいてサポートする手筈になっている。
前進、停止、歩行、走行。基本動作はいいが、細かい動作はやはり違和感ありまくりである。
どう見ても人間には見えないぎこちなさがある。
「まあ、危ない場所に行く時の身代わりだからこれで良しとするか」
いろいろ不満はあるが、まだまだ開発したい物があるので、身代わり人形はこれで良しとする仁であった。
「さて老子、空母の方の進み具合はどうだ?」
仁が老子に尋ねると、
「はい、今のところ材料の加工が50パーセント進んだところです」
「はい、今のところ材料の加工が50パーセント進んだところです」
と同じ答えが2方向から返ってきた。
片方は老子の人間型端末、もう片方は頭脳の方からである。
「あー、どっちも老子、だとややこしいかもな」
と、仁は考え込む。昔読んだ本ではどうなっていたか。そして思い出す。
「……よし、これから人間型の方は老子のままで、頭脳の方は『老君』と呼ぼう。どちらも意味は同じだから良いだろう?」
「はい、御主人様」
「わかりました、私は老君ということですね」
仙界での老子の別名、『太上老君』からの命名であった。
そしてあらためて空母について報告を受け取る仁。
「うーん、やっぱり時間がかかるな」
「はい。海辺に建造用のドックを作るところから始めましたので」
「あー、やっぱりな」
仁は魔法工学師である。あくまでも魔法工学の第一人者であって、巨大なものを作る事に特化しているわけではない。
「うーん、工員ゴーレムを作るか」
そう言うと、アンは賛成した。
「それがいいと思います。ごしゅじんさまにしか出来ないところはともかく、それ以外の箇所はゴーレムにやらせればごしゅじんさまの負担が軽くなり、生産効率も増します」
「だよな」
ということで、仁は工員ゴーレムの量産にとりかかる事にした。
材質は鋼。貴重な軽銀やアダマンタイトを使う必要はそうそう無い。
ただし、ニッケルとクロムを添加して錆びにくくした合金鋼。つまりはステンレスである。それも18ー12。
クロム18パーセント、ニッケル12パーセント。ニッケルが多いと黒っぽくなるので、重厚感が出るという理由でだ。
「力はそこそこでいいが、工学魔法を上手く使えないと困るしな」
ということで仁の知識をかなり転写し、精密な書き込み以外なら出来る仕様になった。体格は仁と同じくらいである。細かい作業も、と言う理由からだ。
それを500体。
最初に5体作り、それを動かし、サポートさせて50体を作った。さらにその50体にサポートさせて500体。
午前中で出来てしまった。
「やっぱり効率が違うなあ」
「御主人様、命名を」
作業が楽になったことに感動していたら老子と老君にせっつかれた。
「うーん、それじゃあ職人」
ここに、職人ゴーレム、職人1〜500が誕生した。
* * *
昼は例によって崑崙島でエルザたちと、である。
「いらっしゃい、ジン兄」
「おじゃまするよ」
今日も天気が良く、暖かいので外でランチである。
今日の昼食は焼いたパンに薄く切った肉を挟んだもの、野菜サラダ、シトランジュース。
仁は献立がいつもより少ない気がしたが、何も言わずにパンを手に取った。
「……」
「?」
そんな仁をエルザがじっと見つめている。いつもと違うその様子を若干怪訝に思ったが、手は止まらず、仁はパンを口に入れた。
「?」
今日2度目の疑問符。いつもと味が少し違う。肉が厚めに切ってあったこともそうだが、味付けが若干薄い。
仁は好き嫌いは基本的に無いが、味音痴というわけではない。むしろ自分でも簡単な料理をするだけあって、人並みにはうるさい方だと思っている。ただ口に出さないだけで。
「……」
そして野菜サラダを食べようとした時のエルザの視線、それを感じて、仁は一つの結論に思い当たった。
「もしかして、今日の昼食、エルザが作ったのか?」
そう口にすると、エルザは目に見えて緊張した。
「……おいしくなかった?」
そしておずおずとそう言ったのである。
「いや、ミーネと味付けは少し違うけど十分美味しい。そっか、エルザが作ってくれたのか」
「ん。いろんなことが出来ないと、ジン兄の妹として恥ずかしい、から」
そんなことを言ったエルザは少し頬を染めていた。
「うん、嬉しいよ」
そう言って仁は残ったパンとサラダを全て食べてしまう。
「よかったわね、エルザ」
エルザとミーネも同様に食べ終え、食後のデザートにはペルシカをミーネが剥いてくれた。
少なくとも仁が見ている前でペルシカを剥くのはエルザにはまだ無理なのであろう。
仁は、エルザの知識転写の適性がラインハルトよりも高かったことを思い出し、暇が出来たら少し工学魔法を教えてみようか、などと1人呟いた。
エルザも庶民として、少しずついろいろなことを憶えようとし始めました。
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