08-25 上機嫌
「勧誘、そして誘拐、か」
ラインハルトからの話を聞いた後、仁は考え込んでいた。
「ごしゅじんさま? ラインハルトさんというのはこの前ご一緒された方ですよね?」
アンがそんなことを聞いてきた。
「ああ、そうだよ」
「ごしゅじんさまはあの方と仲がよいのですよね?」
「うん、まあ」
「でしたらあの方や、他にもお友だちがいらっしゃるのならその方達も護衛しないと危ないですよ?」
アンが言うには、そういういわゆる『搦め手』からの攻撃もあり得る、というのである。
「ここ蓬莱島は攻撃力に関したら間違いなく世界一です。防御力も。でもごしゅじんさまは別です」
「え?」
「ごしゅじんさまご自身の弱みを突かれたらどうします? そういう対応をお考えにならないと」
正論である。今回はエルザを助けることが出来たが、例えばカイナ村のハンナ。ポトロックのマルシア。ブルーランドのビーナ、クズマ伯爵。エゲレア王国王城のアーネスト王子。
それにラインハルト。
彼等が攫われ、人質になったら仁はどうするだろうか。簡単に切り捨てることなど出来ないのはわかっている。
「そう、だな。隠密機動部隊を増やして、そういう人たちを統一党から守らないとな」
こうして仁は隠密機動部隊を増やす事に決定。その日はもう遅いので翌日にすると決め、館へ戻り、眠りに就いたのである。
仁がこうして素直に寝るのは礼子が怖いからでもあった。
* * *
朝食を済ませ、仁は早速に隠密機動部隊を増やす事にした。
カイナ村、ポトロック、ブルーランド、エゲレア王国王城それぞれへ常駐することになる。2体はラインハルトを陰ながら護衛する。
汎用性を考え、成人女性タイプで統一。もう設計基はあるので10体はすぐに完成した。
「名前は、そうだな、『イリス』、『アザレア』、『カトレア』、『ロータス』、『チェリー』、『カメリア』、『エリカ』、『ロベリア』、『セージ』、『コスモス』だ」
花の名前で統一しようとしたため、仁は熱を出しそうであった。
転移門がある場所へは即時派遣したが、エゲレア王国王城へは垂直離着陸機であるファルコンのロールアウトを待って、第5列と共に派遣することとなった。
「さて、次は」
「そのことですが、ごしゅじんさま」
最近アンが参謀のようになってきている。礼子が嫉妬しないか心配だが、不思議と役割分担が出来ているようで、仁はほっとしていた。
「ごしゅじんさまは人間です。ですからごしゅじんさま用の安全を考えましょう」
それには仁も同意する。
「ゴーレムスーツ、暗視ゴーグル、ヘルメット、バトルスーツ」
思いつくままに上げていく。
「いえ、昨日下拵えした薬剤基がもう仕上がっているはずです」
仁の身体を癒せる薬品が最優先である。
「ああ、そうだな」
そこで仁は自由魔力素ボックスを開け、薬剤基を取り出した。
それは水晶でこしらえた容器の中で微光を放っていた。
「素晴らしいです。これほど魔力を含んだ薬剤基は見たことがありません」
「よし、あとはこれに魔法を込めればいいんだったな」
魔結晶に魔導式を書き込む要領である。
「お父さま、それはお任せ下さい」
ここで礼子が進み出た。
「先日、治癒師のサリィさんのところで治癒魔法を学習する機会がありました。上級の『療治』まであの人は使っていました」
「ん、療治? あれ、確か俺が見た時はショウロ皇国式の詠唱をしていた気がしたが」
仁が疑問を口にする。
「あの場所はショウロ皇国も近いと言えば近いので両方お出来になるのでは?」
礼子が推測を述べた。まあ議論しても結論が出るわけではないので、その話題はとりあえず終了。
「それじゃあ礼子、頼む」
「はい」
肯いた礼子は魔素変換器と魔力炉の出力を10パーセントまで引き上げ、魔力を練り上げた。
「『療治』」
一瞬薬剤基が光り、それが収まると薬剤基は薄青い回復薬となっていた。
「アン、どうだ?」
仁が尋ねるとアンは回復薬を調べ、
「素晴らしい出来です。最高級の回復薬です」
と太鼓判を押した。
「うん、さすが礼子だ」
褒められた礼子は嬉しそうに微笑んだ。
「よし、それじゃあ小瓶に取り分けよう」
仁が白雲母で小瓶を作り、礼子とアンが薬を詰めていく。1つの瓶がだいたい50ミリリットル入り。
10リットルあったからなかなかの作業である。更に今度はアンプル式だ。空気を抜き、長期保存にも適する。
白雲母であるから中は見えるし、割れにくい。軟らかいから開けるのも楽である。
およそ200本のアンプルを作り、50本は蓬莱島のストックとし、残りは前進基地や装甲車などの常備薬とする。
アンによればここまで純度を高めたものはほぼ劣化無しで保存できるそうである。
念のため、小型冷蔵庫を改良し、魔力庫を兼ねたものに入れておくこととした。これで安心である。
「さて、いよいよ俺の装備か」
「一つ一つ作り上げましょう」
アンも賛成した。
「素材の準備は整っております」
老子の人型端末もやってきてそう告げた。
「まずごしゅじんさま、いきなり鎧を作るのではなく、身体の各所をガードする装備を仕上げていくのがよろしいかと思います」
アンの助言に仁も納得する。
「なるほどな」
いきなり鎧を作ろうとして行き詰まっていた仁はその意見に従うことにした。
「まずは兜がよろしいのでは?」
「うん、ヘルメットだな」
そうなると仁にはイメージがある。バイザーもしくはゴーグル、通信機能、投光器などの付いたいわゆるSF特撮ヘルメットだ。
「本体は軽銀しかないな」
重すぎると仁の首が保たない。
「魔素通信機内蔵にして、礼子や老子と話せるようにして」
アイデアが次々に湧いてくる。
「小さくても強力な投光器を付けよう。可視光だけでなく赤外線や紫外線も出せるようにして」
絶好調。
「バイザー部分は遮光だけでなく暗視機能や赤外線を見られるようにする、と」
実に楽しそうである。
「外側にはミスリルとアダマンタイトの複合コーティング、内部の緩衝材は暴食海綿だな」
暴食海綿は要するにスポンジである。
「さすがです、もう構想がお出来になったのですね」
老子は仁が口にした素材を作業台の上に並べながらそう言った。
「よーし、作るぞ!」
生き生きとした仁の声。傍にいた礼子も嬉しくなる。
乗りに乗った仁は1時間ほどで試作ヘルメットを完成させたのである。
被ってみた仁は、
「うーん、まあまあかな」
と言いながら、当たる部分などを変形の魔法で修正していった。
「よし、こんなものだろう。……作ってから何だけど、簡単なガスマスクというか酸素供給もできるといいな」
瘴気すなわち火山性ガスなどのある場所や空気の薄い高空などで使えるようにしたいらしい。
「よし、試作2号を作るぞ!」
上機嫌の仁はその勢いで午前中に試作ヘルメットを4号まで作り、軽用途は1号、酸素供給機能付きなら4号を採用する事となったのである。
こういう時の仁は本当に楽しそうです。作者も書いていて楽しいです。
お読みいただきありがとうございます。
201309003 13時18分 脱字修正
(誤)肯いた礼子は魔素変換器と|魔力炉《マナドライバーの出力を10パーセントまで引き上げ
(正)肯いた礼子は魔素変換器と魔力炉の出力を10パーセントまで引き上げ
20130904 08時24分 追記
アーネスト王子がいるのは確かにエゲレア王国ですが、ブルーランドも同じエゲレア王国なので、「王城」という語を追加しました。
20220613 修正
(誤)そう言う対応をお考えにならないと」
(正)そういう対応をお考えにならないと」




