08-20 第5列
本格的に軍備を整えるに当たって、仁は老子と相談していた。
まずは統一党の情報整理。これは支部長パーセルの知識をコピーした魔結晶を老子が解析することになる。
肝心なのは蓬莱島の強化。
「やることはたくさんあるが、どれから手を付けていけばいいかな?」
「そうですね、情報、輸送もしくは移動、それに戦力。この3つが必要だと思います。それぞれの増強手段を列挙し、優先度を付けたらいいのではないでしょうか」
と言う老子の助言にしたがって、仁は考え込んだ。そして出した案というのは、
1。情報を強化するため、各地に密偵を放つ。
2。新しい移動手段の開発。
3。新しい兵器の開発。
の3つである。
「密偵は、今の忍者部隊を増強する方向でいいと思うんだが」
「そうですね。私の意見を申し上げますと、御主人様の警護はしない前提で、ゴーレムではなく自動人形とし、人の間に紛れても大丈夫なように擬装するべきかと」
「うーん、それはいいな。よし、それでいこう。およそ100体作って、『第5列』としよう」
「第5列とはスパイのことでしたね。いい命名です」
老子も賛成し、情報部隊『第5列』を作る事がまず決まった。
一番活動しやすい成人男性型が40体、成人女性型が30体。擬装用に少年型10体、少女型10体、更に小さい礼子型10体の計100体。基本は蓬莱島隠密機動部隊と同じだが、魔法外皮で被覆され、髪の毛を持ち、人間に近くなっている。仁が基本部分を作り、後は老子が受け持つこととなる。
次に着手したのは移動手段だ。
「移動手段の一つとして、垂直離着陸機かヘリコプターを作りたい」
「どこにでも離着陸できる移動手段ということですね。よろしいかと思います」
最後の兵器については情報や移動手段と連動するので急がないこととした。
そして第5列開発に取りかかろうとした際、礼子が戻ってきたのである。
「お父さま、砦跡への拠点設置が終了しました」
「ああ、ご苦労さん、礼子」
そして礼子は報告を始めた。
「まず、砦の残骸はそのままとしました」
理由は、その方がうち捨てられた印象を周りに与えられそうだから。
「拠点は砦の中心部に空いた穴を更に掘り、50メートルの深さに設置。魔素通信機、転移門も設置済です」
更に礼子は報告を続ける。
「居住設備として寝室、台所、トイレ。お風呂も小さいながら設置しました」
仁が風呂好きなのを知って気を利かせたようである。
「食料庫はまだですが水の備蓄は済んでいます。10人が1週間暮らせる程度としました」
「よくやってくれた。礼子の作った拠点を標準として、これから各地に設けていくことにしよう」
先ほどの3項目に加え、拠点の設置という項目が増えた。やはり軍事参謀が早急に必要そうである。老子といえどベースは仁の知識なのだから。
「何をおやりになってらっしゃるのですか? ごしゅじんさま」
そこへアンがやってきた。今のところ、アンは特に決まった役割が無く、蓬莱島に来てからは暇なのだ。先ほどまではソレイユとルーナにいろいろ聞いていたらしい。
「ああ、アンか」
仁は簡単に経緯を説明した。すると、
「少しくらいでしたら助言できるかと思います」
と言うではないか。
「そうか、アンはあの砦で秘書みたいなこともしていたんだっけな」
「はい。残念ながら直していただいても一部の記憶が飛んでしまっていますが、できる限りお役に立ちますので廃棄しないで下さい」
「廃棄? 何でそんな話になる?」
訝しむ仁に、アンはかつての話をする。
「あの砦で、私は旧型になりましたし、戦闘能力も低く、兵士の皆様も私の身体に飽きてしまわれました。それで故障の修理もしていただけず、朽ちるに任せて放置されたのです」
「何だって……」
ひどい話だ、と仁は憤った。
「俺の所にいる限り、そんなことは絶対にしない。だからそんな悲しいことは忘れろ。……で、俺をサポートしてくれ」
「はい、ありがとうございます、ごしゅじんさま。精一杯尽くします」
「アン、一緒にがんばりましょう」
礼子もアンを励ます。どういうわけか仁はアンにやきもちを妬いた礼子を見たことがない。やはり設計基盤が先代という、同じ「血族」だからであろうか。
「よし、それじゃあ仕切り直しだ。やることはたくさんあるが、それを洗い出して順序づけしなくちゃならない」
仁はそう言って礼子、アン、そして老子の固定端末を順に見回した。
「主に統一党に対するための軍備ですよね?」
確認の質問はアン。
「そうだ。だができれば殺人は控えたいとも思っている」
仁がそう答えると、アンはそれを受けて発言する。
「それでしたら、最優先事項は統一党の情報集めです。相手の情報を得る事こそが一番の武器になります」
仁はそれに肯く。
「うん、やはりそうか。それには第5列を作り、各地に派遣することになっている」
「そうですか。それなら次は遺跡の調査です」
アンはそう意見を出した。
「遺跡?」
「はい。私がいた遺跡のように、まだ各地に当時の設備が残っているはずです。一部たりとも統一党に過去の超知識を与えないというのも大切です」
「なるほど、ギガースのような兵器もある可能性があるってわけか」
「はい。ギガースは量産試作ですので、10機生産されたと記憶しています。そのうち3機は当時の戦争で破壊されました。残った7機のうち1機は先日破壊されたので6機が残っている可能性が高いです」
意外とアンを交えての会議は実り多いものとなった。
知識としては老子も同じものをもっているのだが、アンは思考回路が仁の設計ではないので、仁が見落としているようなことを指摘してくれる。
まずは第5列を作り、各地に派遣して統一党及び遺跡の情報収集が最優先。その後は『垂直離着陸機』という運び。
垂直離着陸機開発中にもたらされると思われる情報により、その後の方針を決めていく、ということになった。
具体的には垂直離着陸機の試作を終えたらその量産展開は老子が受け持つ。仁は第5列を完成させる。
ほぼ同時に垂直離着陸機と第5列は完成できると思われる。そして完成した垂直離着陸機を使い、第5列を各地へ派遣する。
最初に言ったことと順序が逆になるかもしれないが、これが最も効率的とアンが請け合ったのである。
仁は垂直離着陸機の構想に入った。
「垂直離着陸機の大きな欠点として、燃費の悪さがある。詳しくいうと、静止状態ではジェットエンジンは空気を吸い込めないので、垂直離着陸や空中停止時の燃費が悪いということだ」
仁は昔読んだ雑誌の記事を思い出す。だが魔法型噴流推進機関には当てはまらない。
「確かヘリコプターってのはローターの速度が音速を超えるとまずいとかなんとかあったんだよな」
これもまた雑誌の記事からなのであやふやではある。
「やっぱり垂直離着陸機系で行くか」
そう決めると後は早い。速度、安定性、許容荷重などを考慮し、魔法型噴流推進機関の個数や取り付け方法を考えていく。
こちらは老子との協議がメインになる。老子の持つシミュレーション能力が役立つのだ。
結果、大型魔法型噴流推進機関2基を主翼両端に備え、離着陸には下へ向けて使用。それとは別に推進用に2基、やや小型の魔法型噴流推進機関を使う。更に方向調整用に小型の魔法型噴流推進機関を4基、別々の方向に向けて設置。
これにより、ホバークラフトのようなイメージで浮き上がったまま静止もでき、微速での全方向移動が可能になり、飛行時には翼端の魔法型噴流推進機関を進行方向に回転させることで速度を出せる。低速時や重量物運搬時には下方へ噴射することで揚力も稼げる。
重心位置に浮遊用のエンジンを設置することで、姿勢の変化を最小限に抑えるつもりだ。
「よし、試作は小型の物を作ろう」
製作に入ると仁はさらに生き生きしてくる。
老子が素材を手配し、礼子がそれを運び、仁が加工する。ここまでは今までと同じだが、今回からアンが細部をチェックすることで、より信頼性が増すこととなる。
多少の試行錯誤を交えながら、垂直離着陸機の試作1号機が出来上がったのはその日のお昼過ぎであった。
「よし、それではテスト飛行を行う」
研究所前の飛行場にて。今回もテストパイロットは礼子である。
「礼子、頼むぞ」
「はい、お父さま」
短いやり取りの後、礼子は試作垂直離着陸機に乗り込み、機関を始動させた。
ひゅううん、という魔法型噴流推進機関の作動音。それが甲高くなり、試作機は地上を離れた。
「浮いた!」
仁は固唾を呑んでその挙動を見守る。
若干安定が悪そうだが、礼子は人間の数十倍の反射速度を以てそれを補正し、予定通り地上2メートルで静止して見せた。
「やった! 礼子、次は微速前進と方向転換だ!」
魔素通信機を通じて仁は礼子に指示を出す。それを受けて礼子は試作機を更に操作していく。
人が歩く速度よりもゆっくりと前進。10メートルほど進んだ後、礼子は試作機をバックさせた。
「うんうん、いいぞいいぞ」
そして元の場所に戻ってきた試作機はその場所で180度ターンをした。
更に横へ動かしたり、ゆっくりと円を描くように動かしたり、微速での操作性と挙動をじっくり確認した。
「良し礼子、今度は飛行能力だ。まず普通に飛んでみろ」
その出来映えにとりあえず満足した仁は、次の段階、飛行機としてのテストを指示した。
右手を軽く振って了解の合図をした礼子は、今度は垂直に上昇を始めた。5メートル、10メートル、20メートル。
高度50メートルほどに達したところで、推進用魔法型噴流推進機関が始動した。試作機は前方へと弾かれたように飛び出す。
なかなかの速度である。そのまま礼子は高度を上げ、500メートルほどで主翼両端の機関を徐々に進行方向へと回転させる。
これが難しかった。上昇力が減り、推進力が増す。微妙に操縦性が変わる。礼子の反射速度がなければ無理だったかもしれない。
だが礼子は危なげなく試作機を操り、補助用の魔結晶にデータを蓄積させていった。
サポートコンピュータにも匹敵するこの魔結晶が、この後垂直離着陸機の操縦を格段に楽にしてくれるのである。
「成功だ!」
細かい修正は必要だろうが、新しい翼がこの日蓬莱島に誕生した。
* * *
夜、ラインハルトからの連絡があった。何事も無くトーレス川を渡ったそうで、特に異常はないということであった。
アンは秘書役もやっていましたので、ある程度ですが計画立案ができます。
そして密偵自動人形部隊と垂直離着陸機が誕生しました。
お読みいただきありがとうございます。
20130829 15時19分
右手を軽く振って了解の合図をした礼子は、今度は垂直に上昇を始めた。
の前に余計な 「 があったので消しました。
20130830 20時25分
第5列とVTOLの開発順序が一見矛盾しているので、
「最初に言ったことと順序が逆になるかもしれないが」という部分を「これが最も効率的とアンが請け合ったのである」の前に追加しました。
ラスト、ラインハルトからの報告で、
「他に特にはないということであった。」を
「特に異常はないということであった。」に変更。
20140508 誤記修正
(誤)仁が風呂好きなのを知って気を効かせた
(正)仁が風呂好きなのを知って気を利かせた
20141013 16時41分 表記修正
(旧)少女型10体、幼女(礼子)型10体の
(新)少女型10体、更に小さい礼子型10体の
20160924 修正
(誤)1部たりとも統一党に過去の超知識を与えないというのも大切です」
(正)一部たりとも統一党に過去の超知識を与えないというのも大切です」
20170205 修正
(誤)仁は昔呼んだ雑誌の記事を思い出す。
(正)仁は昔読んだ雑誌の記事を思い出す。
20171119 修正
(旧)どういうわけか仁はアンに焼き餅を焼いた礼子を見たことがない。
(新)どういうわけか仁はアンにやきもちを妬いた礼子を見たことがない。
20200407 修正
(旧)これが難しかった。揚力が減り、推進力が増す。
(新)これが難しかった。上昇力が減り、推進力が増す。
20220613 修正
(誤)その後は『垂直離着陸機』と言う運び。
(正)その後は『垂直離着陸機』という運び。




