08-15 事後
(主に冒頭に20行ほど)加筆修正した新版/旧版と両方を掲載していましたが、旧版は削除しました。
仁達はトーレス川縁までやってきた頃、ようやく夜が明け始めてきた。
「あー、疲れた」
仁はそう言って堤防の上にあった岩に腰を掛けた。エルザも腰を下ろす。
「疲れたろう?」
仁がそう言うとエルザはこくりと肯いた。
「ん。少し」
薄暗がりに見えるその表情は、疲れただけでなく、何かもっと複雑なものを秘めているように見えた。
「何か気になることがあるのか?」
仁がそう聞くと、エルザは哀しげな顔でぽつりと言った。
「ミーネが、ここにいてくれたら」
それを聞いた仁はエルザに尋ねる。
「エルザを家出させて危険に遭わせたのに、心配か?」
「家出は私が望んだから。危険に遭ったのは私も悪かったと思う。それよりミーネは私をかばって……死んだかもしれない」
そう言って俯くエルザ。その目に涙が溜まっていく。仁はそんなエルザを慰めようと、
「ミーネは無事だよ」
と言った。
「えっ」
「流れてきたミーネを見つけて、それで俺はエルザを捜し始めたわけなんだ。大怪我を負っていたけど、今はもう大丈夫だ。信頼できる治癒院に預けてある。もう少し良くなったら会わせてやるよ」
仁が簡単にミーネの様子を説明すると、今度は喜びでエルザの目から涙が溢れた。
「ミーネ、生きていてくれた……」
嬉しそうにぽつりと呟いたエルザを見て仁も助けて良かった、と思うのだった。
少し休んだ後、また歩き出す仁とエルザ。もう大分明るくなった。あたりには川霧が立ちこめている。
しばらく行くと、広くなった場所があった。
そこは幅6メートルほど、馬車が2台並走できるくらいに広い。
「ここなら着陸出来るかな」
見渡して仁はそう呟く。礼子がそれを聞きつけ、
「大丈夫です」
と言い、空を見上げた。
「よし」
そう仁が短く言うと、礼子は魔素通信機で指示を出す。
「ペリカン1、来なさい」
「え? ラプターだけでなくペリカンも呼んだのか?」
驚く仁に礼子は、
「はい、万が一必要になるかもしれないと老子が言いまして」
と言った。仁は肯き、
「なるほど、さすがだ。それじゃあエルザ、ちょっと端へ寄ってくれ。……そうそう」
「?」
エルザはわけがわからないまま、仁の言うとおりに堤防の端へ寄った。そこへ黒い影が空から舞い降りてくる。
「!」
はっと身構えるエルザに仁は、
「大丈夫。あれは俺の作った飛行機だよ」
と教える。エルザは驚いたように仁を見つめた。
「ひこうき?」
それに答えて仁が何か言う前に、霧を裂いてペリカン1が堤防の幅ギリギリに着陸した。着陸脚があと少しで堤防からはみ出しそうだ。
「これが……ひこうき」
「ああ、輸送機ペリカン1だ。さあ、乗ってくれ」
そう言って仁は先にタラップを上がり、振り向いてエルザに向かって手を差し出した。
初めて見る飛行機、おそるおそるエルザは仁の手に引かれてタラップを登った。
「あ……」
エルザから見て、中は仁の馬車とさほど変わらなかった。それでちょっとほっとしたのである。
「さあ、座って、ベルトをしてくれ」
エルザを窓際の席に座らせ、シートベルトを付けさせる仁。
「なに、これ?」
「機体が揺れた時に椅子から放り出されないようにするための安全ベルトだよ」
そう言いながら仁もエルザの前の席に着き、ベルトを締めた。
一緒に乗ってきた礼子はシートにさえ座っていない。
「いいぞ、出してくれ」
「了解」
操縦しているのはスカイ1、空軍ゴーレムのトップだ。
ヒュウウウン、という空気を吸い込む音と共にペリカン1は動き出す。
「あ、あ、あ」
突如動き出したペリカン1、そして発進時のGに戸惑うエルザ。
「大丈夫だよ」
仁は振り返り、短くエルザにそう言った。仁の言葉にエルザは落ち着き、窓から外を見てみる余裕が出来た。
「す、すごい」
短い滑走の後、ペリカン1はふわりと浮き上がる。その一瞬の浮揚感。
そして機首を上げたペリカン1はぐんぐんと高度を上げていく。川霧を切り裂き、たちまち晴れた空間に飛び出した。
「飛んでる……」
エルザの身体が小刻みに震え出す。生まれて初めて空を飛んだのだ、しかも考えもしなかった乗り物に乗って。
「だから安心しろって。俺が付いてるよ」
シートベルトを緩めた仁がエルザの頭を撫でる。エルザはくすぐったそうな顔をしたが、その震えは収まったようだ。
ペリカン1は3000メートルくらいまで高度を上げ、東を目指す。眼下には白い雲。山や川、森や湖、都市や村が小さく見えている。
空を飛ぶ事に慣れてくると、エルザはその光景に釘付けになった。
「すごい。これが空から見た世界」
窓に額を押し当てるようにして下界を見ている。時速300キロ強で飛ぶペリカン1は2時間ほどで海の上に出た。
「あ、あれ、もしかしてエリアス半島? そうするとあれがイオ島?」
いつになくはしゃぐエルザを見て、仁も心がほっこりする。攫われたショックを一時的にせよ忘れてくれたら。そう思ってのことだ。
そして見渡す限り広い海、その先に大きな島が見えてきた。
「あれが蓬莱島だよ」
仁が説明する。
「俺の本当の家のある所で、俺の拠点だ」
「ほうらい島……ジン君の、家」
エルザは食い入るように見つめている。
ペリカン1は徐々に高度を下げて行く。
「エルザ、着陸の時は少し揺れるから、ちゃんと座っていてくれ」
「はい」
エルザは素直に仁の言うことを聞いた。
そしてペリカン1は研究所前の滑走路に着陸したのである。
「ようこそ、蓬莱島へ」
先に降り立った仁は、タラップを降りてくるエルザに向けて手を差し出しながらそう言った。
「お世話に、なります」
そう答えたエルザの頬は少し赤かった。
「お帰りなさいませ、御主人様。いらっしゃいませ、エルザ様」
老子の端末が出迎えた。完全に執事だ。
「誰?」
エルザの問いに仁が答える前に老子が自己紹介した。
「これは申し遅れました。この蓬莱島の運営を任されております老子と申します、以後お見知りおきを」
そう言って綺麗な礼を行う。知識の元となった仁よりも見事だ。
「お疲れでしょう、まずはご入浴、そしてお食事を」
老子の勧めに従って風呂に入る。こういう事もあろうかと、浴室は既に男女別に設置済だった。さすがの老子である。
仁には礼子、エルザにはソレイユとルーナが付き添った。
* * *
「ふう」
昨日から徹夜で動き回っていた仁は温かい温泉に浸かって手足を伸ばした。
「礼子、ご苦労さん」
一緒に湯に浸かっている礼子にも労いの言葉を掛ける。
「いえ、今回私はほとんど何もしていません」
「そんなことはないさ。まとめ役としての礼子、そして俺を支えてくれる礼子。お前がいなかったらもっとずっと手間取ったろうさ」
「はい、ありがとうございます」
「エルザもいろいろ辛い目にあったようだ、優しく接してやってくれ」
「……はい、努力します」
* * *
「……」
「エルザ様、お湯加減はいかがですか?」
「あ、だいじょうぶ。ちょうどいい」
「エルザ様、お背中お流しします」
「ん。ありがとう」
ソレイユとルーナはエルザを歓待中である。
統一党の野望とも貴族の出世欲とも無縁の、蓬莱島の空は青く澄んでいた。
ついにエルザが蓬莱島に。いろいろ御意見はあるでしょうけれど、この先の話の中でおいおい語っていきます。
お読みいただきありがとうございます。
20130825 21時32分
エルザがミーネのことを心配しないで蓬莱島でのほほんとしているのはおかしいとの御指摘を頂き、加筆しました。
同日 22時01分
挿入場所がおかしかったので再度修正。面目ないです。
20130929 20時22分
旧バージョンを削除、最新版のみに。
20190824 修正
(旧)「飛行機?」
(新)「ひこうき?」
(旧)「これが……飛行機」
(新)「これが……ひこうき」
(旧)エルザが仁に尋ねる。仁が答える前に老子が自己紹介した。
(新)エルザの問いに仁が答える前に老子が自己紹介した。




