07-16 青毛のアン
古い自動人形が動きだし、言葉を発した。それは取りも直さず、歴史の証人となるはずだったのだが。
「あな・たさまがご・しゅ・じんさまで・すか・わ・たくしめのな・まえはアンとも・うします」
自動人形の名前がアン、ということだけはわかったが、それ以外のことについては、
「もう・しわけないこ・とですがじょう・ほうがで・てき・ません」
と言われてしまった。やはりこの自動人形も、重要な情報は消去されたのだろうか。敵の手に渡る可能性があったのならあたりまえの処置である。
「うーん、もうこれ以上の発見は無さそうだな」
ゴーレムのいた部屋を調べていたラインハルトがそう結論した。
「となると、このゴーレムとその自動人形をどうするかだ」
その時、入って来た通路から声が響いた。
「ふっ、ふははははは! すばらしい! すばらしいぞお! 御苦労だった、礼を言う!」
それは昼間会った自称考古学者、ルコールである。
「ルコール! どうしてここに!」
ラインハルトが問うとルコールはまた笑う。
「ははは、私はこの遺跡を調べていると言ったろう。『統一党』のためにな!」
「統一党!」
ルコールは統一党の手先だったのである。
「昼間、只者ではないと思い、鳩を飛ばして報告したのだ。そして夕方、返事が届いた。驚いたな、ラインハルトとジン、2人とも我が統一党が目を付けた人材ではないか!」
ルコールは興奮してぺらぺらと喋りまくる。
「この発見を手土産に、君達も統一党に忠誠を捧げようではないか! うははははは!」
と、狂ったように笑い出したルコール。
その時仁は、袖をつんつん、と引く感触に振り返る。そこには先ほどの自動人形、アン。
「ご・しゅ・じんさまあ・のひとのよ・うす・がお・かしいで・すあれ・は……」
聞き取りにくいし、声が小さいが、仁はアンの話すことに耳を傾けた。
「…………」
「なるほどなあ。良く聞かせてくれた。ありがとうな、アン」
仁がアンの話を聞き終えても、ルコールはまだ笑いながら叫んでいた。
「うははははは! さあ、2人とも、私と共に行こうではないか!」
そんなルコールに、仁は一言。
「やなこった」
「は?」
仁の冷たい声に、さすがのルコールも笑いを収め、不思議そうな顔をした。
「今、何と?」
「やなこった、と言ったんだよ、狂信者」
更に仁は追撃。
「統一党だ? そんなこと出来ると本気で思ってるのか? だったら狂信者ですらない。ただの馬鹿だ」
そこまで言われたルコールは顔を真っ赤にして怒り出した。
「な、な、な、なんだと? 貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
仁は冷ややかに、
「大陸を統一だと? そもそも、ディナール王国が支配していたのは大陸のごくごく一部にすぎない。それでさえ人口減少で維持できず、破綻して小群国になったというのに、その時とたいして変わらない国力で統一だ? 笑わせるぜ。ああ、統一党って言うのはお笑い集団なのか?」
いつもの仁には似合わない辛辣な言葉に、ラインハルトも目を見張っているが、言われたルコールはもっと愕然としていた。
「な、な、なんだとう?」
「何度も言わせるな、物覚えが悪いのか?」
「私を愚弄するか!」
「ああ、してるよ」
「こ、こ、こ、こやつ!」
「まるで茹で蛸……ああ、そう言ってもわからないかもな。そうだな、沸騰したヤカンだな」
「うがー!」
「お、おい、ジン?」
いつもと違う仁の様子にラインハルトが心配そうに声を掛けた。仁は小声でラインハルトに答える。
「しっ。もう少し待っていてくれ」
「あ、ああ」
「統一党ってのは魔法使いじゃなくて阿呆使いの集まりか」
「う、うおおおおーーー!」
「い・まで・す」
アンの声が響き、仁は魔法を放った。
「『麻痺』」
「ぎっ!?」
そしてルコールはその場にくずおれた。
「ふう、終わったか」
息を吐く仁にラインハルトが尋ねる。
「ジン、今の魔法は?」
「ああ、麻痺かい? 雷魔法の応用で、本当の一瞬だけ、相手に電撃を与えて麻痺させる魔法さ。人間相手には効果的だぞ」
そう仁が説明すると、ラインハルトは感心し、
「ふうん、それも『科学』の恩恵かな? ますます君から科学を学びたくなったよ、ジン」
「ああ、機会を見つけてな」
仁も少しずつこちらに関わる気になってきてはいる。
「まずはこいつだ」
気絶したルコールを、そのローブを使って縛り上げる。縛っているとラインハルトが不思議そうに質問してきた。
「なあジン、さっきこいつに向かって随分と挑発していたが、何か理由があったのかい?」
仁は肯く。そして逆にラインハルトに質問を返した。
「なんとなく反応がおかしく感じなかったか?」
「ん? ああ、確かにな。だが、狂信者なんてあんなものだろう?」
とラインハルトは答えるが、仁は違う、と言った。
「思い出してみろ。ドミニクも、正体現してからあんな感じだったろう?」
ラインハルトはその時のことを思い起こしてみる。そして確かに、異常とも思える興奮状態、というのは共通しているかもしれない、と思った。
「まあ、ちょっとおかしいくらいに興奮していたな」
そう答えると仁は我が意を得たり、と肯いた。
「あれはもしかしたら『催眠』の影響だったんじゃないかと言うんだ」
「『催眠』? それって……前にフィレンツィアーノ侯爵から聞いた、あれかい?」
それは催眠術の魔法版、と言えばいいかもしれない。だがそんな情報をどこから? とラインハルトは思ったのだろう。そして、仁の傍に自動人形がいる事に気がつき、
「もしかして、その自動人形が?」
と尋ねた。仁は笑って肯き、
「ああ。このアンが教えてくれた」
と答える。アンが補足説明を始めるのかと思いきや、話し出したのはいつの間にかアンの隣にいた礼子だった。
「催眠の魔法は、対象者を思いのままに操れると思われていますが、そうではありません」
「え?」
仁もラインハルトも初めて聞く内容だった。
「催眠の場合、対象者の全てを操る事は無理です。では何が出来るかというと、その行動を方向付ける事です。つまりルコールの場合なら遺跡の調査を続けさせる事ですね」
2人ともそれで合点がいった。
「ああ、だから成果が上がらないのにもかかわらず、10年もこんな所にいられるのか」
普通、何も見つからない様な遺跡に10年はいられない。その理由がわかってすっきりした2人。
「そして、そのバックアップをしている統一党に逐一報告をさせる、これくらいですね」
「なるほどな。で、どうして催眠にかかっているとわかったんだ?」
とラインハルトが1番の疑問を口にすると、
「催眠に掛かっていると、その『目的』『指示』を与えた相手に関した事になると、軽い興奮状態になるんです」
と説明された。確かに、と仁は一つ頷く。
「そうか。確かにあの時のドミニクもそんな感じだった」
「ルコールは軽い興奮状態なんかじゃなかったけどな」
そのラインハルトの疑問にも答えが返ってくる。
「無理矢理刷り込まれた命令ほど興奮状態になるようです」
「なるほど。そうするとルコールは元々統一党ではなかったといったところか。だが、何であんなに煽ったんだ?」
ラインハルトのその疑問ももっともである。仁もあの時はアンにあいつを挑発してくれと言われただけだった。その疑問への答えは、
「興奮が頂点に達した時にショックを与えると催眠から醒めることがあるのです」
という礼子を通じてのアンによる解説であった。
「すると今、ルコールは催眠から醒めた可能性があるってことか。よし、気が付くまで待ってみるか」
意外とアンは役に立つ? 礼子の立場は? 乞う御期待。
お読みいただきありがとうございます。
20130805 7時47分 言葉足らずな箇所を補足
(旧)「興奮が頂点に達した時にショックを与えると催眠から醒めることがあるのです」
であった。
(新)「興奮が頂点に達した時にショックを与えると催眠から醒めることがあるのです」
という礼子を通じてのアンによる解説であった。
誰の台詞かわかりにくかったので。
20140508 誤記修正
(誤)ドミニクも、正体表してから
(正)ドミニクも、正体現してから
20200312 修正
(誤)と、狂ったように笑出したルコール。
(正)と、狂ったように笑い出したルコール。
20240723 修正
(旧)「『催眠』? って何だい?」
(新)「『催眠』? それって……前にフィレンツィアーノ侯爵から聞いた、あれかい?」




