07-07 ヤダ村
翌日、デリード町出発前にラインハルトは仁に相談があると言いだした。
そして、
「実は、ここデリード町の北には遺跡があるんだ、ケウワン遺跡といって、魔導大戦前後のものらしい。僕も見たことはないんだがね」
そう切り出した。仁も大戦頃の遺跡には興味がある。
「少々回り道にはなるが、僕ももう公務はないからね。むしろ興味があるんだ」
とのラインハルトに仁も同意した。
「さて、そうするとエルザ、お前はどうだい? 早く国へ帰りたいか?」
エルザにそう尋ねると、案の定というか、
「私も興味ある。そこへ行ってみたい」
との答え。ラインハルトは手を叩いて、
「よし、決まりだ。先導する御者にそう伝えなくては」
と言って席を立った。
* * *
馬車はデリード町を出、街道沿いにウレムリンという地方都市へ。
そのウレムリンにも互助会はあったが、掃除機の技術公開は保留とした。なんとなく荒んでいた感じがしたからだ。もっと信頼できる互助会と確認後、公開するつもり。
一泊したあと脇街道を北上する。半日ほどでコオルズ町だ。まだ時間があったので更に北上して、夕方、ヤダ村へと到着したのである。
「ここがヤダ村だ」
真っ先に仁の馬車から降り立ったのはラインハルト、仁も続いて降り、
「馬車の中で聞いたけど、鉱山があるんだな」
村の北西にある坑道を見上げてそう言った。
「ここは確かいろいろな宝石が採れると聞いた」
最後に降りてきたのはエルザ。やはり女の子、宝石に興味があるらしい。
仁は周囲を見回して村の様子を観察。そして感想を口にする。
「村と言うけど結構賑やかなんだな」
町と言っても差し支え無いほどの建物があり、人も多いのである。
その仁の疑問に答えたのはやはりラインハルト。
「ここは農業でなく観光と鉱山の村だからな。鉱山関係者はほとんどがウレムリンの人間だし、観光客は住民じゃあない。元々の住民は宿屋の経営と商店経営で暮らしているようだ」
つまり、元々の人口が少ないので村扱いされているということである。
「ここから20キロちょっと、北東へ山道を行くとケウネ村がある。そこにケウワン遺跡があるそうだ」
ラインハルトはそう説明し、
「ケウネ村は本当に小さい村らしいから、ここに泊まって往復するのがいいと言われたな」
ラインハルトはデリード町で聞き込んで来た情報だと言った。
「まあ、今日はもうのんびりしよう」
そう言って、先行させていた執事がやって来る方を見るラインハルト。
「クロード、御苦労」
執事のクロードは一礼をし、
「ラインハルト様、宿へご案内致します」
それで一行は馬車に再び乗り込み、クロードの案内で今夜の宿へと向かったのである。
宿は村はずれの静かな場所にあった。4階建ての石造りでがっしりしている。客室は全部山側を向いており、眺めはいい。
部屋は若干狭い感じではあるが、不便と言うほどではない。総じて及第点の宿である。
「お、窓から鉱山が見えるのか」
ここの窓にはガラスが嵌っていなかった。板戸であり、開けると外が見える。鉱山がある山の眺めがよい。
ちょうど夕陽が鉱山のある山の向こうに沈むところであった。
夕食はパンの入ったスープ、川魚を焼いたもの、鶏肉らしきものを焼いたもの、山菜のサラダなどだった。
エルザの食欲があまり無さそうなのが気になる仁。それで、
「エルザ、具合でも悪いのか?」
と聞いてみる。するとエルザは、
「コカリスクの肉苦手」
と言った。コカリスクとは鶏肉らしきもの、らしい。それで仁は、
「嫌いなら無理して食べる事無いぞ。言ってもらえば食べてやるから」
そう言ってエルザの分をさっと自分の皿に取ると、3口で食べてしまった。
「……ありがと」
ちょっと俯いてエルザはそう礼を言った。
「さて、明日だが」
ラインハルトが食後のお茶を飲みながら切り出した。
「宿の者に聞いたら、あまり天気がよくはないだろうと言っている。で、明後日は晴れるらしい。だから明日は休養を兼ねてこの村でのんびりしようと思う」
馬車での移動が続くといくら乗り心地が良くても疲れるものだ。
「観光客用の坑道もあるらしい。運がよければ宝石も見つけられるそうだ。そういう所に行ってもいいし、石の加工所を見るのもいいだろう。普通より安く買えるらしいし」
「ん。それでいい」
エルザも賛成したので明日はこの村を見物することに。
「で、明後日は天気が良さそうだというのだから遺跡を見に行くことにしたいが、馬車で行くか馬で行くかだな。道はかなり険しいらしい。普通の馬車ではちょっと時間がかかるそうだ」
あくまでも『普通の』馬車は、であるから、
「それじゃあ俺の馬車で行くか」
と仁が提案。ラインハルトもエルザも異論はない。
行くのは仁、ラインハルト、エルザ、礼子、そして執事のクロードということになった。
場合によってはケウネ村で一泊することも考えて、である。
幸い最近ミーネはあまりうるさいことを言わなくなっているので、そちらも問題ないだろう。
「よし、それじゃあ明日は村見物だな」
そういうことになった。
* * *
ヤダ村は観光と鉱山で成り立っている村である。坑道のある山は巨大な花崗岩。花崗岩は地中深くでマグマが固まって出来る岩。固まる過程でいろいろな鉱物が分離、結晶する。
それをペグマタイト(巨晶花崗岩)と呼び、含まれる気体のため晶洞と呼ぶいわゆる『巣』を生じることがある。
その晶洞にはいろいろな鉱物の結晶が含まれるため、ペグマタイトの鉱床が地表近くにある場所は良い鉱山となる。
閑話休題、その鉱山へ仁達は見物に出掛けたのである。
一般観光客に開放されているのは採掘し尽くし採算が合わなくなった古い坑道である。
が、運がよければ宝石の原石を見つけることはまだ出来るし、何より地中に長く伸びた坑道を歩くということは滅多に出来る体験ではない。
よって金持ちや貴族のいい娯楽になっていた。
観光用坑道の入り口で。
この日、仁達一行の他にはもう一組、やはり貴族らしい一家が見物に来ていた。
母親らしい中年の婦人、エルザより少し下に見える男の子、その妹らしい女の子、それに執事らしい初老の男の4人である。
「これはこれは、本日ご一緒させていただきますお方たちですな。よろしくお願いいたします。こちらはディジール領主補佐、セカット子爵夫人の一行です」
「丁寧な御挨拶ありがとうございます。こちらはショウロ皇国外交官ラインハルト様の一行です」
同行した執事のクロードが挨拶を返した。
4人と4人、2組の客を案内するのは2人。一人は屈強な若い大男で、荷物持ちを兼ねている。もう一人は中年の小男で、こちらが実際の案内人である。
「お客さん、それではご案内致しやす。足元には気をつけて下せえ」
少々訛った、というかぶっきらぼうな言葉で中年の男は一行の先頭に立ち、坑道へと入っていった。
中は少しひんやりし、湿っぽい。足元は岩が出っ張りゴツゴツしており、歩きにくかった。
そんな道を案内の男はひょいひょいと歩いて行く。時々振り向き、8人とも付いてくるか確かめながら。
大男は最後尾。遅れるものやはぐれる者がいないか確認する役。
入り口から少し入ると壁の所々に光の魔導具が置かれていた。それでなんとか足元は見える。
「万が一道に迷ってもこの明かりを辿れば外に出られますでね」
見れば明かりの傍に出口方向を示した矢印が書いてある。これが全部に書いてあるなら、はぐれたとしても少なくとも出口へ向かう事は出来るだろう。
そんなことを考えながら、仁は8人の列、その真ん中あたりを歩いて行った。
さて、洞窟(?)探検です。
お読みいただきありがとうございます。
20130727 13時22分 誤字修正
(誤)明けると外が見える
(正)開けると外が見える
窓は「開ける」ですね。




