07-01 掃除!
春3月、18日。
エゲレア王国首都アスントで行われたゴーレム園遊会に参加した仁一行は、『隷属書き換え魔法』によるゴーレム暴走事件を乗り越え、ラインハルトとエルザの故国、ショウロ皇国への旅路についていた。
ラインハルトも外交官としての仕事は終わっているため、その途上、レンゲソウに良く似たお花畑が広がる草原で昼食を摂ったりと、のんびりした旅である。
地方都市ラシュールで1泊した後ペアン町、カルトル町を経て本街道へと戻り、地方都市バザード、フレグラン町、地方都市ドグラン、地方都市ディジールと辿り、ジアラル町に宿泊したのは24日。
明けて25日朝、一行は、ジアラル町を出て次の宿泊予定地であるデリード町目指して進んでいく。
「ん、何かあったのかな?」
昼前、街道の先で兵士らしき者が止まるように言ってきた。格好からして、地方都市勤務の兵士である。
「何かあったのか?」
相変わらず仁の馬車に乗っているラインハルトが代表で尋ねた。
「あ、申し訳ないのですが、この先で道が崩れてしまいまして、通行できません。復旧には10日近く掛かりそうです。なので迂回をお願い致します」
春なので雨も多い。今日は曇りだが、昨日一昨日は雨であった。それで崩れやすい箇所が崩壊したのであろう。
「仕方ないな」
ラインハルトの一行はあまり脇道に詳しくはない。が、多少はましだろうと、今回はラインハルトの御者に先導させることとする。
兵士に道を聞かせ、その御者の乗る馬車を先頭に、一行は脇道へと向かったのである。
脇道は凹凸が多く、道幅も狭い。おまけに雨で轍が掘れており、走りにくい。
仁の馬車は快適だが、自分の馬車に戻ったラインハルトは、ダンパーが装着されているとはいえ、そのあまりの違いに早々と仁の馬車へと戻ってきたのである。
「はあ、やっぱりジンの馬車は最高だな!」
人間、一度贅沢に慣れてしまうとなかなか元の生活に戻れないというのは本当のようだ。
そうしているとまた雨が落ちてきた。
「まずいな、雨か」
山あいのこのあたりでは、雨は短時間にまとめて降るようだ。あっという間に本降りとなった。
たちまち道はぬかるみ、轍も消える。先頭をいく馬車を操る御者は苦労して道を選び、進んでいく。
だが、廃道や獣道も交錯していたようで、雨の中一行はとんでもない方向へと向かっていたのである。
* * *
雨が上がったのは昼過ぎ。ようやく晴れた視界に、慌てたのは先頭の馬車に乗る御者であった。
「こ、こりゃ大変だ!」
慌てて馬車を下り、ラインハルトの所、すなわち仁の馬車へと駆け寄ってきた。
「ラインハルト様、申し訳ございません! 道を間違えたようです」
ぬかるんだ地面に土下座しそうな勢いで頭を下げ、詫びる御者にラインハルトは、
「おいおい、いったいどうしたんだ? ちゃんと説明しろ」
「は、はい。この先に小さな村か集落が見えるのですが、聞いた話では夕方頃に町が見えてくると言うことで、そんな小さな村の事は説明に無かったのです」
だがラインハルトは別に怒ることもなく、
「うん、まあ仕方ないな。村があるんなら無理せずそこに泊まる事も考慮するか。考えようでは、同じ迷ったにしてもましな方じゃないか」
あの雨、そしてわかりにくい道。このくらいのことで叱責するほどラインハルトは狭量ではなかった。御者はほっと胸を撫で下ろして、
「それではあの村へ向かうことに致します」
そして一行はその小さな村を目指した。
「素朴な村だな」
村と集落の間くらいとも言えそうな、本当に小さな村。細々と小麦などを作って暮らしているような村であった。
「うーん、街道からそう遠くないんだからもっと賑やかでもいいんだがな」
ラインハルトも首をかしげている。
「まあ、深く考えてもしょうがないか」
一行は村に入った。周りに杭を打ち、簡単に境界を決めてあるだけ、戸数は20戸ほど。カイナ村よりも小さな村である。
「おや、お客様ですかの」
適当な広場に馬車を停め、様子を見ていたら、1人の老婆が通りかかった。
「この村の方ですか?」
ラインハルトの執事が尋ねると老婆は頷く。
「今夜この村に泊まりたいのですが、村長の家はどこでしょう?」
丁寧な物腰で執事がそう聞くと、老婆は一軒の家を指差した。
村長は年老いた白髪頭の老人であった。
「貴族様ご一行ですか、この村は年寄りばかりでして、何もおもてなしできませんが」
「それでかまいません、寝る場所と水、多少の食べ物を分けていただければ」
保存食は何食分もあるので執事は必要最低限の要求に留めた。
「泊まるところですか……空いた家がありますので、そこでよろしければ」
村長はそう言って立ち上がると、一行を案内して村の奥にある石造りの2軒の家を貸してくれた。
「多少埃っぽいかも知れません」
そう言っていたが、多少ではなかった。
「すごい埃です。お嬢様、掃除が済むまでお入りになってはいけませんよ」
ミーネを筆頭に、ラインハルト付きの侍女2人の3人が手分けして掃除を開始した。
だが家全体の掃除はなかなか大変である。しかもまだもう1軒あるのだ。
見かねた仁が、
「礼子、少し手伝ってやってくれないか?」
と言えば、礼子は頷いて跳びだした。
「こちらは私1人で十分です」
そう言うが早いか、借りたもう1軒の掃除に取りかかる。
呼吸をする必要がないため、舞い上がる埃をものともせずに、
「『風』」
風魔法で埃を巻き上げ、窓から外へと排出させていた。
それを見た仁はラインハルトの肩を叩く。
「ん? 何だい、ジン?」
「ラインハルト、『掃除機』を作ろう」
* * *
「で、こう、風魔法で吸い込むようにして」
「ふむふむ」
「吸い込んだゴミを濾し取るわけだ」
「なあるほど、ジンの発想にはいつもながら驚かされるよ」
素直に感心するラインハルトの言葉に、仁は少しだけ申し訳なさを感じた。なにせ、自分のアイデアではなく、自分の元居た世界が何百年も積み重ねてきた技術なのだから。
「ん、どうした?」
考え込んだような仁を見てラインハルトが声をかけた。
「あ、いや、材料は何を使おうかと思ってさ」
「うーん、そうだな。旅先だから大した素材は使えないからな」
そう誤魔化す。それにしても材料が一番のネックであった。
「これはどうだ?」
古い革袋をラインハルトが出してきた。
「ああ、よさそうだな。こっちはこれを見つけた」
何気なく目に付いた岩に『分析』をかけて見たらかなりの量の鉄を含んでいた。
「あとはこれなんか使えそうだ」
これも古くなった上着をラインハルトが出してきたので、とりあえず2人はやってみることにした。
「『抽出』『精錬』」
仁が岩から鉄を分離し、
「『変形』『成形』『接合』」
ラインハルトは革袋からホースを作っていった。
「ジン、このくらいでいいかな?」
「ああ、もう少し細い方がいいかな?」
「そうか、わかった『変形』」
革は多少なら塑性変形するので、『変形』が使えるのである。
そして仁は分離した鉄で本体を作る。イメージはサイクロンタイプ、ではなく普通の掃除機だ。
何故かというと、サイクロンタイプの掃除機を仁は使ったことが無かったためである。
ラインハルトの古い上着を使ってフィルターを作れば、後は簡単。
動力は魔石。元々仁が何かのために、と持っていた物だ。
そもそも掃除機の原理は簡単なので、ラインハルトも喜々として手伝い、1時間ほどで試作掃除機は完成した。
「さて、試してみるか」
ということで借りた家へ行ってみると、
「お父さま、終わりました」
礼子が担当した方は既に拭き掃除まで終わっていた。
なので、ミーネ達3人が担当している方へ行く。
そちらはまだ半分くらいしか終わっていなかったので、
「ミーネ、これ使ってみてくれ」
ラインハルトが試作掃除機を差し出した。
「ラインハルト様、これ何ですか?」
ラインハルトの侍女も首をかしげている。
「『掃除機』と言ってな」
ラインハルトは魔力を起動させ、
「こうやってゴミや埃を吸い込む」
実際に掃除をして見せた。
「まあ!」
「すごいです!」
「たすかります!」
3人はそれぞれに驚き、礼を言って早速掃除機を使い、残った部屋の掃除に取りかった。
* * *
掃除が完了したのは夕方5時頃。春の日も暮れようとする頃であった。
それでも苦労した甲斐があって、借りた家には小さいながらも風呂があり、一同、特に侍女達は掃除で汚れた身体を洗うことが出来てほっとしていたのである。
風呂付きの家があったと言うことはかつては裕福な家だったのでしょう。
横暴な貴族だったら村長とか追い出してでも泊まりそうですね。
ラインハルトが黙って掃除までして泊まったわけは次回で。
お読みいただきありがとうございます。
20130720 21時02分 表記修正
(旧)聞いた話では夕方頃に町が見えてくると言うことは聞いていたのですがそんな村の事聞いて無いのです
(新)聞いた話では夕方頃に町が見えてくると言うことで、そんな小さな村の事は説明に無かったのです
「聞いた話」と言う語が3度も出て来て語感、リズムが悪かったので修正しました。
20130922 20時30分 脱字修正
(旧)サイクロンタイプの掃除機を仁は使ったこと無かったためである。
(新)サイクロンタイプの掃除機を仁は使ったことが無かったためである。




