06-45 旅立ちの日
エゲレア王国王城の混乱も収まった早春3月の18日。
「ジン、また来てよね! こんどはゆっくりゴーレムの作り方教えてよ!」
と、アーネスト第3王子。
「ジン、また会いたいものだな。その時にはビーナがかわいい赤ん坊抱いているところを見せたいものだ」
と、クズマ伯爵。
「ジン……月並みな事しか言えないけど……いろいろとありがとう。あたし、この数日間の事、忘れないわ。コンロントーに行った事も」
と、ビーナ。
他にも、礼子を拝むように見ている衛士とか、名残惜しそうな侍女とかが大勢いた。
そんな彼、彼女等に見送られて午前9時、仁達一行は首都アスントを出立したのである。
* * *
「王、行かせてよかったのですか?」
玉座の間でそう尋ねたのは宰相。
「あの者は危険です。その技術、知識、能力、そして付き従う自動人形。どれをとっても脅威になり得ます」
「わかっておる。だがな、あのジンという者には野心はないと見た。アーネストも懐いておる」
「しかし……!」
「下手に敵対して完全に敵に回られたら何とする? あのレーコという自動人形1体で我が兵達全部を相手取れるぞ?」
王はそう言って天井を見上げ、
「ならば、出来るだけ友好的に振る舞った方が益が多いではないか」
「…………」
玉座の間を退出してから、
「甘い」
と宰相は呟いた。
「敵に回らないという保証は無いではないか。ましてや敵に拉致され、従わされるという可能性だってある。今からでも遅くない、誰かを派遣して……」
そんな時声を掛けてきた男が1人。
「宰相、何かありましたかな?」
それは魔法相のケリヒドーレ。そこで宰相は懸念事項を話すと、
「ふむ、大局的には宰相に賛成ですな。先ほど上がってきた報告に寄りますと、あのジンという者はとんでもない魔力を保有しているそうです。何しろ破壊されて廃棄されていたゴーレムを一度に素材へと変えてしまったと言うのですから」
先頃仁が行った、スクラップを『融合』させて素材化した魔法。エルラドライトを使ったといっていたが、それにしても魔力が供給されなければ効果が無い。
例えるならトランジスタは電流を増幅するが、それは適切な電源があってのこと。決して無から有を生じているのではない。
エルラドライトも同じ。魔力の供給元となる魔結晶が無ければ増幅した魔法を放つことなど出来ないのである。
エルラドライトとその運用方法は国家機密であるためそういう知識が無かった仁はその事に気づかなかったのである。もちろんその場にいたステアリーナも。
単にエルラドライトが魔力を増幅するとだけしか知らせないのはそう言う理由もあったのだ。
「だが個人的には仲良くしておきたい相手ではありますがね」
魔法相まで仁をそう評すので、宰相ボイド・ノルス・ガルエリ侯爵は、
「ふむ、しかし何もせずにいるわけにはいかない。とりあえず監視だけは付けておかなくては」
と、部下に指示を出すのであった。
* * *
「おおお、本当に快適だな、この馬車は」
「ん。これからはずっとこれに乗っていたい」
ラインハルトはこの日初めて仁の馬車に乗り、その乗り心地に驚嘆している。そしてエルザはすっかり気に入ったようで、さも当然のように仁の隣の席に座っていた。
「これは確かに王子が欲しがるのも無理はないな」
そう、昨日、つまり3月17日は、1日がかりでアーネスト王子専用馬車を造り、更にこのゴーレムアーム利用の懸架装置付き馬車の構造を互助会に教えたりしていたのである。
もちろん王子専用といっても、エアコン装備は無し。ゴーレム馬の出力だって10パーセントに抑えた仁の馬車の劣化版であるが。
にもかかわらず資材管理官が真っ青になっていたのは気の毒ではあった。
互助会に教えた構造も同様である。
それでも馬車としては革新的で、今後の主流になるかも知れない。
「しかも自律型ゴーレム馬、か。こいつはいいな」
首都を出、人影がまばらになった今、礼子もキャビン内に戻っており、ゴーレム馬は単独で馬車を牽いていた。
首都アスントを出てしばらくは農村らしい風景が続いていたが、だんだんと民家は疎らになっていく。
そして、赤い杭が立ち並んでいるのが見え、それを過ぎると民家の影さえ見えなくなった。掘っ立て小屋1つ無い。
しかし、草原有り林有り、別に環境が悪いとも見えない。
「アスント北方のこのあたりは王族の所有地なんだ」
ラインハルトが説明する。
「赤い杭があったろう? あそこから先は貴重な薬草が生えていたり、珍しい花があったりするんで、いろいろ制限しているんだそうだ」
つまり保護区というわけである。
「人の立ち入りは?」
仁が尋ねると、
「個人なら問題ない。薬草目的の採集も、個人なら許されてる」
大量に採集しなければいいらしい。
「ただし開墾したり、放牧したりは駄目だ」
保護区なら当たり前のこと。
「じゃあ、住むのも駄目なんだな」
人がいないわけである。
自然のままに保たれた風景を眺めながら馬車は往く。
そして昼近く、赤い杭がまた見えた。
「やあ、やっと保護区を抜けたぞ」
ラインハルトがそう言った。
「そろそろお昼だ、どこか適当なところで昼食にしよう」
本来なら村なり町なりがあるのだが、保護区ということで周りは自然だけ。
「実はな、このコースは本街道じゃないんだ。本街道ならちゃんと宿駅だってあるさ」
そんなことを言うラインハルト。
「じゃあ、何故?」
当然の仁の疑問に答えたのはエルザ。
「ジン君。それはもう少し行けばわかる」
「?」
とりあえずエルザがそう言うので、答えを聞くのは後にして、もう少し馬車を走らせる。
10分ほどすると視界が開け、鮮やかな赤紫色が目に飛び込んできた。
「おお?」
思わず声を出した仁に、
「ふふ、おどろいた? 私もはじめて見たときはびっくりした」
目の前に広がっているのは赤紫色の絨毯。それはよく見るとお花畑であったのだ。
「ここでお昼を食べたくて、こっちを通ってもらった」
何年か前に旅したとき、偶然ここを通って、そのとき見た景色が目に焼き付いたそうだ。
「そして、ジン君にこの景色、見せてあげたかった。だから、ライ兄に無理言って、こっちを通ってもらった」
「ああ、そうだったのか。うん、綺麗な景色だ。エルザ、ありがとう」
「うん。気に入ってもらえてよかった」
少し行ったところに広場があり、馬車を停められた。
「さあ、お昼にしましょう」
珍しく機嫌のいいミーネが先導して昼食の準備を進めていく。
お花畑のすぐ脇に敷物を広げ、
「さあどうぞ、皆様」
フランスパンに似た硬いパンをスライスしたものを温めたスープで食べる。
同じパンを少し焼いて、薄切りにした肉を乗せて更に焼く。
朝用意したサラダ。
お茶。
移動初日ということもあって、下準備の必要な物も用意できたようだ。
「うん、うまい」
ラインハルトも褒めている。
「ミーネ、これ、おいしい」
「それはようございました」
エルザ好みの味付けになっているスープ、もちろんエルザは美味しそうに食べていた。
今回はミーネも問題を起こさなかったので、和気藹々と昼食は終わった。
「あと1時間もかからないで次の町だ、少しゆっくりしていこう」
お花畑を眺めながらラインハルトがそう言うと、
「うん、さんせい」
エルザは喜びいさんでお花畑の中へ駆け込んでいった。
仁もお花畑に近づいてみる。そこに腰を下ろし、1輪花を摘んで目の前に持っていく。
赤紫色の小さな花が集まって一塊に。一つ一つの小さな花は豆の花に良く似ている。
「レンゲソウみたいだな」
孤児院裏にあった小さな田んぼ、そこには春、肥料にするためレンゲソウの種を播いていた。
仁は久しぶりに元居た世界を思い出したのである。
年少の子供達のはしゃぐ声、駆け回る姿が見えたような気がした。
「お父さま?」
いつもと違う仁の様子に気が付いたのか、いつの間にか礼子が傍に座り、顔を覗き込んでいた。
「どうかなさったのですか?」
「……いや、なんでもない。ちょっと昔のことを思い出していたんだ」
「昔、ですか。お父さまの元いらっしゃった世界ですか?」
「うん」
仁が頷くと礼子は心配そうな顔になって、
「あの、お父さまは、私がこちらへお呼びしたこと、迷惑に思ってらっしゃいますか?」
おずおずとそう尋ねたのである。仁はかぶりを振って、
「いや、ちっとも。俺は『呼んで』貰わなかったら死んでいたろうしな、感謝こそすれ、迷惑なんてこと無いよ」
そう答えると礼子はその愁眉を開き、
「それならいいんです。ただ、お父さまのお顔が寂しそうでしたから」
そう言って仁の左手をそっと握るのだった。
* * *
仁は礼子としばらくそうしていたが、ふと思いついて足元のレンゲソウ(?)を幾本か摘み取り、何やら作り始めた。
「お父さま?」
礼子が訝しそうにそれを見ていると、仁は次々にレンゲソウ(?)を摘んでは捩り、編み込んで、
「さあ、出来た」
花の冠を作り上げていた。それを、
「ほら、礼子」
礼子の頭に被せてやる。
「お、お父さま?」
いきなり仁の作った花冠を頭に乗せられて面食らう礼子に、
「ああ、かわいいよ、礼子」
ほんの少しだけ寂しそうな、でも優しい笑顔で仁はそう言った。
「お父さま……」
礼子は少しだけ俯いて、
「ありがとうございます」
と笑ってお礼を言った。
「あ、なに、それ?」
との声に振り向くといつの間に戻ってきたのか、エルザが立っていた。スカートの裾を少し持ち上げ、そこに摘んだ花をいっぱいに入れて。
「やあ、エルザ。お、いろんな花を集めて来たなあ」
エルザの集めて来た花にはレンゲソウ(?)以外の、白や黄色の花も混じっていた。
それを見た仁は、
「花の冠、エルザもいるか?」
と尋ねてみると、こっくり頷くエルザ。それで仁はさっそくもう一つ作り始める。
ほとんどをレンゲソウ(?)で、そして一箇所だけ、エルザが摘んできた黄色い花をあしらう事でアクセントとした花冠の出来上がり。
「出来た。ほら、エルザ」
そしてエルザの頭に被せてやる仁。少しだけ頬を染めたエルザは、
「あり……がとう」
と恥ずかしげにお礼を言う。
春の日射しが暖かな、昼下がりの日であった。
六章はこれで終わります。
いろいろ気になりますが七章へ続きますので。
普通花で冠とか首飾り作るのは女の子の方ですよね。
20130719 15時27分 誤字修正
(誤)さも当然のように仁の隣に席に座って
(正)さも当然のように仁の隣の席に座って
お読みいただきありがとうございます。
20151108 修正
(旧)テエエ。
(新)お茶。




