06-43 自重って何?
エルザの誕生会をした翌日、仁は正式に褒賞と目録を受け取った。
目録によれば、『名誉魔法工作士』である証明書と徽章、そしてハーフコートである。
徽章は前日受け取っていたので、今日手にしたのは証明書とハーフコート。
貴族の魔導士ならばローブ、騎士ならばコートが定番なのだが、エゲレア王国の魔法工作士はハーフコートであった。
左胸と背中に小さくエゲレア王国の紋章が入っている。
証明書はミスリル銀のプレートに仁の名前を初め、エゲレア王が保証するといった文面などが彫られているもの。
昨日貰ったエルラドライトの嵌った徽章は普段着の胸や襟等に付けられるものだ。
そして、副賞というわけではないが、仁専用の馬車と馬を賜るという。
この時、どうせなら魔法工作士らしく自分で製作したいと言うと、内務卿は笑ってそれを承知、必要な資材を下げ渡す書類を書いてくれた。
「さーて、もうこうなったら開き直ってやっちまうとするか」
昨日の表彰式後、仁はラインハルトからこれからいろいろ大変だろうと脅かされたので、少なくとも非友好的な接触に備えて防御力のある馬車を作ろうとしていた。
「基本的にフレームは軽銀、摺動部はアダマンタイトコーティング。牽くのはゴーレム馬」
最早それだけでとんでもない馬車になる事が想像できるというもの。
「車輪も軽銀、アダマンタイトのボールベアリングを使う」
しかし問題が1つ。それはこの城の倉庫にそんなに大量の軽銀が無いという事だ。
「さーて、どうするか」
ここで仁は1つのアイデアを思いつく。それは、馬車内に転移門を備え付けるというもの。
元々、蓬莱島への転移門をどこかに設置するつもりで、重要部品だけは持ってきているのである。
人1人なら通れるような小さい転移門をキャビンか荷物スペースの隅に設置しておけばいつでも帰れる。
そして、仁は蓬莱島から資材を持ってくるつもりなのである。
というわけで、まずは仮のキャビンを製作する。これは本来の馬車が完成したら用済みなので、適当に作っておく。
その中に転移門を設置する方が大変だ。
身体の小さい礼子が大半の作業を引き受けてくれたので、仁は資材を『融合』したり『接合』したりすれば良かった。
1時間ほどで仮キャビンと転移門が完成。
早速礼子が蓬莱島へ跳んで、必要な資材を送り出す事になった。
「それではお父さま、行ってまいります」
そう言い残して礼子は蓬莱島へ跳んだ。
この日、ラインハルトとエルザはラインハルトの知り合いに、それにクズマ伯爵とビーナは伯爵の友人に、とそれぞれ招かれており、ラインハルトも伯爵も仁を一緒に連れ出そうとしてはいたのだが、馬車を作りたいと言って仁は1人残ったのである。
素材が集まるまで仁は馬車の細部を検討することにする。
「うーん、少しは自重しとかないとまずいかな」
などと殊勝な事を思っているが、結果として自重にならないのは今からでも予想できている、が、それを指摘する者は今ここにいない。
「4輪独立懸架……したらまずいか。じゃあトレーリングアームでいくとして……」
ストロークを大きく取れるので前後共にトレーリングアーム、車軸がいわゆるトーションバーの役割を果たす。
車軸は固定で車輪が回るので旋回も軽快。
「ダンパーはどうしようか。オイルダンパーなんて作ったら拙そうだし、そう、か。サスペンションのバネに粘弾性のある材質を使えばいいか」
等とぶつぶつ独り言を言いながら構想をまとめていると礼子が戻ってきた。
「お父さま、ただ今帰りました」
「お、礼子か、ちょうどいい、こっちも構想が決まったところだ」
「それでは早速資材を運び込みます」
礼子はそう言うと、手にした『魔素通信機』に話しかける。
「こちら礼子、トパズ2、資材を送り出しなさい」
「(トパズ2、了解)」
転移門の向こうで待機しているのだろう、トパズ2の返事が返ってきて、数秒すると、
「来ました」
転移門から軽銀のインゴットが飛び出してきた。礼子はそれを受け取り、仁の横に置く。
「はい、次」
『魔素通信機』で礼子が指示を出し、トパズ2がそれに従って資材を送り出す。瞬く間に山と資材が積まれていった。
それを見ていた仁は、
「よし、一旦止めろ。また足りなくなったら頼む」
「はい」
礼子が指示を出し、資材の送り出しは一旦停止した。
(礼子達に通信機能内蔵してやったら便利だなあ)
等と考えながら仁は資材の山に向かう。
「まずはキャビンからか」
居室ともなる空間から作り始める事にする。イメージは6人乗りのワンボックスカー。
広さは、内寸で幅が1.8メートル、長さ4メートル、高さ1.9メートルとした。一応ラインハルトでも頭をぶつけないだろう。
フレームは全て軽銀で作り、壁、床は共にハニカム構造とした上で木材を貼り、木製に見せかける。
ここまでは人に見られていない。迎賓館裏の寂しい場所で作業している甲斐があったというもの。
「ふう、これで『転移門』を移せるな」
仮のキャビンから転移門を移動し、設置。礼子ならそのまま通れるが、仁では少し屈まないと通れない大きさ。だが機能には問題ない。
それを上手く擬装し、ちょっと、いやよく見てもわからないように隠した。
窓にはガラスではなく白雲母を貼り、開け閉めできるよう窓枠を設置。屋根にも換気及び外を見る事が出来るように天窓を設けた。
いよいよ車体である。
「まずは車輪だな」
悪路の走破性を考えると車輪の直径は大きい方がいいが、大きすぎると全長に影響する(長くなる)ので60センチとする。
軽銀で作製し、黒くした。
「ストロークは多めの方がいいかな」
スイングアームの長さを考える。と、ひらめいた。
「そうだそうだ」
別にこの世界にある馬車の真似をする必要もないし、現代地球のサスペンションを再現する必要もない。
「ゴーレムの腕……」
それが答だ。仁の作るゴーレムの腕は骨格を持ち、筋肉がある。筋肉はバネでありダンパーである。
つまり外力が加わった時に曲がって力を逃がし、外力が無くなれば伸びて速やかに元のポジションに戻る。
「これはいいぞ」
ということで、強化された軽銀の骨格に、魔法繊維の筋肉を使い、結局4輪独立懸架とした。
外側には軽銀のカバーを付け、見た目では中がそんな構造しているとはわからない。
更に仁は、御者席を初めとした座席にリクライニング機能を付ける。
ラインハルトと馬車を改造した時には忘れていたブレーキも装備。まあゴーレムの手を応用し、ブレーキパッドを付けた掌状の部品が車輪を握って止めるという簡単な構造だ。
そして『明かり』の魔法を使った前照灯、『風』の魔法を使った換気装置。
更には『加熱』と『冷却』を使ったエアコンまで装備してしまった。
仕上げに、これを牽く馬を造る。つまりゴーレム馬だ。
「さすがにゴーレムエンジン搭載するわけにはいかないよな」
などと思っているようだが、五十歩百歩ということわざを知らないのかとどこかから聞こえてきそうだ。
ゴーレム馬は何度も造っているので短時間で完成。その時、
「……よかった。間に合った」
そんな声が聞こえた。
見ると息を弾ませたエルザがそこに立っていた。
「ジン、君、の、つくる、馬車、いち、ばん、に、見て、みた、かっ、た」
走ってきたのだろう、はあはあと息を切らせ、額に汗をにじませたエルザは目を輝かせて馬車を見つめた。
「これ、が、ジン君、の、馬車?」
「エルザ、走ってきたのか?」
「ん」
仁は珍しいエルザの姿に少々驚きつつ、
「そうだよ。まあ、これでも飲むといい」
作り始めると夢中になる仁のため礼子が用意してくれた軽食セットから、シトランジュースを取り上げてエルザに差し出すと、
「あり、がとう」
お礼を言ってエルザはそのジュースを美味しそうに一気飲みしたのである。
「ふう」
空になったコップを仁に返し、あらためてエルザは、
「ジン君の造った馬車。乗ってみたい。だめ?」
そうまで言われては仁も断れない。まだ動かしていないが、特に問題もなさそうなので、
「いいよ、これから試運転なんだけど、よかったらどうぞ」
そう言って最後の調整を終わらせるべく、仁は作業を急いだのである。
自重どこ行った。
ところで五十歩百歩は正確には故事成語になるんでしょうね。
お読みいただきありがとうございます。
20151012 修正
(誤)『名誉魔法工作士』である証明書と
(正)『名誉魔法工作士』である証明書と




