06-42 ハッピーバースディ
その日の夕方、迎賓館の広間を借りてエルザの誕生パーティーが行われた。
集まった顔ぶれはと見れば、主賓のエルザはもちろん、従兄のラインハルト、クズマ伯爵、ビーナ、そして仁。
乳母のミーネ、執事のアドバーグ、護衛のヘルマンもいる。
「みなさん、きょうは、ありがとう」
若草色のドレスを着たエルザが簡単に挨拶する。
そしてクズマ伯爵が代表して、
「エルザ嬢、お誕生日おめでとう。乾杯!」
乾杯の音頭を取った。掲げられ、合わされるグラス。
そしてプレゼントを贈る一同。
「17歳おめでとう、エルザ」
ラインハルトからは大きな水石をあしらったペンダント。もちろんエリアス王国の首都ボルジアで購入したものだ。
あの時は丸く磨いただけのカボッションだったが、今はラインハルトがカットし、煌めく光を放っている。
「ありがとう、ライ兄」
エルザは目を細めて嬉しそうだ。早速鎖に通し、首から提げる。ドレスの色と相まって良く映えている。
「エルザ嬢、おめでとう」
クズマ伯爵からは香水。エルザが大好きなシトラン系の香り。きつい香りではなく、ほのかに爽やかな香りが漂うものだそうだ。
「伯爵、ありがとう」
少し出して耳の後ろに付けてみるエルザ。ほのかな香りが心地よい。
「誕生日おめでとう、エルザ」
仁はブローチを贈った。ミスリル銀で作られ、色とりどりの石が散りばめられている。
エルザは少し俯きながらそれを受け取ったが、造形と色の美しさに、噤んでいた口を開く。
「きれい。これ、魔結晶?」
「ああ。小さすぎて実用的じゃないけどな、全部の属性が散りばめてあるんだ」
その造形も見事である。全体はミスリル銀で作ってあるが、花と蕾は金をコーティングし、それを取り巻く葉は軽銀をコーティングして緑色に発色させている。
花に降りた露の滴を色とりどりの魔結晶をあしらう事で表現してあった。
「すてき。大事にする」
そう言ってブローチを胸にかき抱いたエルザに向かって仁は、
「実のところ、作ったのは俺だけど、デザインは、あの、……ステアリーナに指導して貰ったんだ」
と正直に言った。それを仁の口から聞いたエルザは、ああ、昨夜のあれはそういう事だったか、と納得した。そして、
「ううん、これはジン君の気持ちがこもってる。ありがとう」
と言って微笑んだのである。
ビーナからは花束。侍女に頼んで買ってきてもらったらしい。
「ありがとう、ビーナ。伯爵とおしあわせに」
エルザがそう声をかけるとビーナは顔を赤らめて俯き、クズマ伯爵も少し照れたような顔をした。
ミーネからはハンカチ、アドバーグからもハンカチ。そしてヘルマンもハンカチだったので3人とも慌てたが、
「みんな、ありがとう。ハンカチはいくつあってもいい。うれしい」
そう言って会釈するエルザだった。
それを見たラインハルトは嬉しそうに1人頷いていた。
それからは会食。エルザの好みを知っているミーネが、迎賓館のコック達と共同で作った献立である。
好きなものばかりなのでいかにも嬉しそうに、そして美味しそうに食べるエルザ。
その表情を見てほっこりしなかったものはいないだろう。
そして食事も終わり、食後のお茶を飲みながら和気藹々とした歓談中に、
「さてエルザ、今日の特別プレゼントがある」
ラインハルトがそう言って、1つの細長い包みを手渡した。長さは40センチくらい、少し重い。
「ありがとう。なに、これ?」
「まあ開けてごらん」
そう言われて包みを開けていくエルザ。その手が止まり、目が見開かれる。
包みから現れたのは金の鞘、金の柄を持つ短剣だった。鞘には緻密な装飾が施され色とりどりの魔石が散りばめられている。そして柄頭には、小さいがエルザの瞳と同じ色をした水色の魔結晶が嵌っていた。
「これ……?」
「お前、以前興味持っていたろう?」
「ん。母さまが大事にしている短剣みたいなのが欲しかった」
そう答えたエルザにラインハルトは、
「うん。それはな、ジンがこしらえてくれた物だ」
「え」
そう聞いてエルザの目が驚きで少し見開かれる。
「ジンは、刃物を女の子の誕生日に贈っていいものかどうか、僕に尋ねてきたんだ。大人の気遣いっていうのはこういう事を言うんだよ」
「ジン、君……が」
そう言われた当の仁は照れて下を向いていた。エルザはそんな仁に歩み寄り、
「ジン君、ありがとう」
そう言ってぺこりと頭を下げ、また席へと戻っていった。が、椅子には座らず、剣を手に持ち、
「抜いてみる」
そう言って短剣を抜き放った。
「おおっ」
「なんと見事な!」
そう声を発したのはクズマ伯爵と護衛のヘルマン。この2人には短剣の価値がわかったらしい。いや、もう1人、執事のアドバーグも価値を理解していたのだが辛うじて声を出さずにいたのである。
短剣は根本での幅3センチほど。刃渡りは30センチくらい、先端に行くに連れ徐々に細くなり、切っ先は鋭い。
鍔と柄、鞘は金色だが、これは軽銀の発色によるもの。柄頭の魔結晶は小さいが、澄んだ美しさを放っている。
「ミスリル?」
エルザにはその材質の見当が付いたらしい。魔力を持つ者なら、その剣には魔力が良く通り、杖と同じ役割を果たす事がわかるだろう。
魔導士にとっての杖は、魔力に指向性を持たせ、収束させる上で非常に役立つアイテムである。
だが剣に杖の性質を持たせる事は難しい。硬いミスリル銀は魔力を通しにくく、魔力を通しやすいミスリル銀は軟らかいのである。
しかし仁が作り上げたこの剣は、魔力を通しやすい上に硬く、剣として十分な強度を持っているように見えた。
だが、
「エルザ、貴族の女性にとって剣は敵を倒す武器ではない。それを憶えておきなさい」
ラインハルトがいつになく穏やかな口調で諭すように話しかけた。
「……ライ兄?」
「貴族の女性にとってその剣は、最後の尊厳を守るための防具なのだよ。どうしてもどうしても己の意志を曲げたくない、そんな時にだけ抜いていいのだ」
「……?」
「まだお前にはよくわからないだろう。けれどそれでいい。いつかきっと、自然にわかる時が来る。そうしたら、僕の言葉を思いだしてほしい」
「うん、ライ兄。わかった。ありがとう」
エルザは素直に礼を言った。正直、言っている事はわかったが、理解には程遠かったのである。だが、自分の従兄が大事な話をしてくれたのだという事だけは理解し、その言葉だけは忘れないようにしよう、と心に誓っていた。
「…………」
そしてその言葉はエルザだけでなく乳母のミーネの心にも染み込んだ。
自分の意志を曲げたくない時。これまで2度、あった。1度目は暴力に、2度目は権力に屈してしまった。
自分は貴族ではない。だから仕方ない、そう思おうとしたが、ラインハルトのその言葉は妙にミーネの心に引っかかってしまったのである。
* * *
「詳細な情報が届いたようだな」
「はい、今朝、鳩が着きまして、さっそく分析致しましてございます」
「で、どうであった」
「はい、とんでもない力を持ったゴーレムが一体おるようです」
「黒騎士ではないのか?」
「はい、黒騎士の力につきましては調査済です。今回、暴走したゴーレムのほとんどを屠ったそのモノは、黒騎士の5倍以上の力を持っております」
「何? 間違いではないのだな?」
「はい。ただし、そんな力を出せるゴーレムが長時間動けるとは思えません。おそらくエルラドライトを利用した短期決戦用ではないかと推測します」
「ふ、ふふふ。さすがだ、もう解析できておるのだな。そしてそれ以上のゴーレムを作る見通しも」
「御意」
「さすが吾の見込んだ天才よの」
少しだけエルザも成長したようです。
そしてちょっとだけ謎の連中も登場。
お読みいただきありがとうございます。
20220613 修正
(誤)昨夜のあれはそう言う事だったか、と納得した。
(正)昨夜のあれはそういう事だったか、と納得した。




