06-40 誤解
夕食後、仁は再度瓦礫置き場へ。
管理人に素材を単体まで分離したことを伝えたらびっくり仰天し、大慌てで上司に伝えたらしく、そこには魔法相ケリヒドーレと、もう1人身分の高そうな貴族が既に来ていた。
「おお、そなたがジン殿か。担当の者から聞いたが、これを分離してくれたのだな?」
と名前を知らない方の貴族が仁に声をかけてきた。見れば、歳は40代くらい、やや薄くなった髪をオールバックにしている痩せて背の高い人物である。彼は仁に向かって、
「私はこの国の内務相を務めておるウィリアムというものだ」
と名乗った。
「え、ええ。そのことでケリヒドーレ大臣にお断りしておかなければならないことが」
「なんだね?」
そこで仁はポケットからエルラドライトを出し、
「これ、ドミニクから取り上げたエルラドライトです。実はこれの助けを借りてこの分離を行ったわけで」
すると2人ともちょっと顔を顰めたがすぐに元に戻り、
「なるほど、エルラドライトで工学魔法を増幅してこの離れ業を行ったのか」
上手い具合に仁の思った通りに誤解してくれたようだ。
「で、これをお返ししないと」
そう言ってそのエルラドライトをケリヒドーレに手渡した。
「うむ、確かに受け取った。少々遅れたことなど、この分離された素材の山を見たら何てこと無いさ、なあ、内務卿?」
「その通りだな。素材を無駄にすることなく、再利用出来る。この場にいないが財務卿も喜ぶだろう。ジン殿は何か素材が欲しかったそうだな?」
内務相ウィリアムは仁の目的を尋ねる。仁は正直にミスリルとその他少々の素材が欲しい、と告げた。
「ふむ、そう言うことなら、この場で必要なだけ確保してよいぞ。その後、私の方でこの素材を運び出すから」
内務相がそう言ってくれたので仁は喜び勇んで素材を確保する。
ミスリル。短剣とブローチを作れる分確保。
軽銀、銅、亜鉛、錫少々。
魔結晶の破片いろいろ。
魔結晶は砕けてしまうと価値が無くなる。たとえ工学魔法で融合し直しても魔力が取り出せなくなるからだ。
磁石を想像して貰いたい。磁石にはN極とS極があって、お互いに引き寄せたり反発している。
魔結晶も磁力線ならぬ魔力線を発しているが、それ自体にはほとんど力は発生しない。なので砕けた魔結晶を集めると、魔力線の方向がランダムとなり、お互いに干渉しあって打ち消し合い、結果として取り出せる魔力が弱くなってしまうわけである(磁石はこんな事は無い)。
「ふむ、それだけでいいのかね? 他に必要な物があったら言ってくれたまえ。アーネスト王子殿下からも便宜を図ってやって欲しい、と言われているからね」
「え。殿下から?」
ロッテの件で気に入られたようだ。
「ありがとうございます。でもこれだけいただければ十分です」
「そうかね。それでは残った資材は運び出させて貰うとしよう」
「ええ、ありがとうございました」
礼を言って仁はその場を離れる。素材が重いが、魔法相・内務相2人から見えない所まで来ると礼子が消身を解いて姿を現し、仁に代わって運んでくれた。
「さーて、と」
自室に素材を積み上げ、いよいよ作り始めようとしたその時、ドアがノックされた。
「はい、どちらさまでしょう?」
仁に代わって礼子が出ると、
「こんばんは、ジン君いますか?」
ステアリーナであった。
「あ、ステアリーナさん」
仁も立ち上がって出迎える。
「今、いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
「それじゃあ、少しお邪魔するわね」
ステアリーナは仁の許しを得て部屋に入った。
それを見ていた人物には誰も……いや、礼子を除いて誰も気付かなかった。そして礼子も特に報告すべきことではないと判断していた。
いちいち日常のちょっとした事まで仁に報告するのは仁の邪魔をする事にも繋がる。よって友人であるエルザが廊下の向こうにいた事は報告すべき事柄ではなかったのだ。
エルザにしても、仁に用事があるなら部屋へやって来るだろうし。そう礼子は判断していた。
* * *
「あれは……ステアリーナ、さん?」
エルザは仁に聞きたい事があったので仁の部屋を訪れようとして廊下に出たところ、ちょうどステアリーナが仁の部屋に入るところを見てしまったのである。
「ジン、君、ステアリーナさん、と?」
先を越されたエルザは一旦は部屋に戻ったものの、なんとなくもやもやするものを胸に感じて再度廊下に出るエルザ。
そして足音を立てないようにして仁の部屋まで行くと、
(こんなの、しちゃ、いけないこと、なんだ、けど)
内心の葛藤の末、ドアに耳を付けてみるのだった。
「……そうそう、初めてとは思えないわ」
「おだてないで下さいよ」
「おだててなんかいないわ。ジン君、ホントに上手。負けるわあ」
「……!」
思わず身を引いてしまったエルザ。
(なに、いまの会話)
そしてもう一度、おっかなびっくり、ドアに耳を近づけた。
「すごいわね、こんなに硬くなるのねえ、あたしも初めてよ、こんなの」
「普通は違うんですか?」
「ジン君、やっぱり見込んだ通りね。これならどんな女の子でもきっとよろこぶわよ」
「はは、だといいんですけどね」
「わたくしが保証するわ」
なぜかもう聞いていられなかった。
エルザはその場から逃げるように立ち去ると、部屋に戻り、ベッドの上に身体を投げ出す。
「お嬢様? どうなさいました?」
侍女のミーネが心配そうに声をかけるがエルザは返事をせず、突っ伏したままだった。
* * *
「普通、ミスリル銀はこんなに硬くはならないわよ?」
驚いたように言うステアリーナに仁は、
「あ、これ、ほんの少しだけ銅を混ぜてありますから」
と答えた。
「え? ほんと?」
「ええ。銀は銅を少し混ぜると硬くなるんです」
925銀と呼ばれるそれは、500度くらいに熱し、250度でしばらく保つと硬化し、そのまま常温に放置すると更に硬くなる。また、純銀よりも黒ずみにくい。
仁は新人研修で一通りの金属の性質を学んだので知っているが、この世界ではまだ知られていなかったらしい。というか、合金を作るにしても、配合比を厳密に管理するということをしていないようだ。
「それを更に『硬化』、そして『表面処理』するのね。なんというか、凄まじいわね」
仕上がった短剣は輝くような銀色をした、長さ40センチほど。細身で、軽い。しかも仁渾身の仕上げをしてあるので、そこらの鋼の剣よりも強いという代物だ。
「でもこの形、大きさ、軽さ。女の子でも扱いやすそう。喜ぶわよ」
「だといいんですけど。あとは鞘と柄です」
そう言って仁は軽銀を手に取り、『変形』させていく。
ちょうど剣にフィットする大きさ、形とし、仕上げとして鞘に魔結晶の欠片を散りばめた。
柄には微細な彫刻をし滑り止めを兼ね、握りの先にはこれもまた魔結晶をはめ込む。
「これで完成です」
見事な短剣が出来上がった。鞘は軽銀、色はやわらかな金色にし、小さな魔結晶が散りばめられている。そして抜けば清冽な白銀の剣が姿を現す。
「100万トール出しても惜しくないわね」
とはステアリーナの評であった。
925銀はスターリングシルバー、900銀はコインシルバーとも呼ばれてます。他にパラジウムを混ぜた歯科用の合金もあります。
黒ずむのは硫化です。銀製品を硫黄のお風呂などに付けてはいるとあっというまに黒くなります。
この世界では魔法があるので純度を高める方に行ってしまったんですね。
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