06-39 短剣とブローチ
ラインハルトが帰った後、仁は物思いを中断して瓦礫置き場へと足を運んだ。気分転換にもなるし、エルザへの誕生日祝いを作らなくてはと考えて。
壊れたゴーレムの破片から使えそうな素材をいただこうという心算。
壊れたゴーレムからの資材も本来なら全て回収して、今で言うリサイクルするのがいいのだろうが、例えばミスリルメッキに使われているミスリルを回収するとなると手間が掛かる割に回収できる量が少ないため現実的ではない。故に瓦礫置き場は山となっている。
だが、個人であればそんな効率は無視できるというもの。それで仁は瓦礫漁りに来たというわけである。もちろん瓦礫の管理人には断ってある。
「うーん、ほとんど鉄か青銅だなあ」
それはそうであろう、貴重な素材は動員された魔導騎士や魔導士達が回収してしまったのだから。
それでも探せば見つかるもので、
「お、この青銅はミスリルでコーティングされているな」
「やった! ミスリルの欠片だ」
と、少しずつではあるが、ミスリルが溜まっていった。
だが、なかなか剣を作るだけの量にはならない。
「あら、ジン君、なにやってるの?」
との声に顔を上げると、セルロア王国の魔法工作士、ステアリーナが立っていた。
「あ、ステアリーナさん」
「材料探し?」
「ええ、そうなんですよ」
「また何でこんな時間に?」
ステアリーナの疑問ももっともである。時刻は大体5時過ぎ、もうあたりは薄暗い。
「ああ、ちょっと急ぎで作りたいものがあって」
と仁が答えると、
「ふうん、大変ね」
と言った後、
「あなたも魔法工作士でしょ? 全部を一塊にして、成分を分離していけばいいんじゃなくて?」
と言ったのである。
「な、なるほど……その手があったか」
感心する仁。そのやり方は確かに確実である。
ステアリーナはそんな仁を見て、
「……なーんてね。そんなことできるわけ……」
と言いかけたが、
「『融合』!」
全開の仁は目の前にあった瓦礫を一瞬で一塊にしてしまった。
「え?」
「『抽出』銅。『抽出』鉄。『抽出』錫。『抽出』亜鉛。『抽出』ミスリル。『抽出』軽銀…………」
「ええ? えええ?」
何が起きたのかわからないうちにステアリーナの目の前に、銅、鉄、亜鉛、錫、そしてミスリルなどの塊が出来ていったのである。
「……ふう」
さすがに少し疲れたような顔の仁。目の前にあった瓦礫の総量は十数トンはあっただろう。それを一度に『融合』し、成分毎に『抽出』。それを短時間に行ってしまったのだから無理はない。
「あ、あ、あ、あなた、なにやったのかわかってるの?」
「はい?」
自分が言ったことなのに何驚いてるんだろう、と訝しげに仁はステアリーナを見た。
「普通の魔法工作士が数日かけてやるような事をあんな短時間でやってしまうなんて……」
「え?」
冗談で言ったステアリーナの言を真に受けてしまった仁はやってしまったか、と後悔するがもう遅い。しかしそこで名案がひらめいた。
「あの、ステアリーナさん?」
おずおずと声をかけた仁に、
「……なに、ジン君?」
後じさりしながらステアリーナが返事する。口封じされるとでも思ったのだろうか。
「タネはこれですよ」
と、仁は手に持ったものを見せた。
それは石。夕暮れの光に暗い水色に光っている。
「……もしかして、エルラドライト?」
「ええ。ほら、ドミニクを捕まえた時、取り上げたまま忘れていたんですよ。この後ケリヒドーレさんに渡すつもりですが、一度くらい使ってもいいでしょ?」
そう言って笑って見せた。実はエルラドライトを持ってはいたが使ってはいない。だがそんなこととは知らないステアリーナは安心する。
「なあんだ、そうだったのね。びっくりしちゃったわよ。あんなことできるジン君、化け物かと思ったわ」
それを聞いて仁は冷や汗を流す。と同時に、是非ともエルラドライトを1個、欲しいと思うのであった。もちろん自分の力を誤魔化すためである。
「そうね、瓦礫をこうやって使えるようにしたんだから、渡すの遅くなったくらい何も言わないでしょう。むしろ喜ぶと思うわ」
完全にステアリーナは今の離れ業をエルラドライトの力を借りて行ったと信じたようだ。
「で、作りたいものって、何?」
と最初の質問に戻る。仁は、
「短剣ですよ。女性が持つような」
と正直に答える。目の前にいる女性は腕利きの魔法工作士、助言をもらえるかも知れない。
「ふうん、誰かに頼まれたの? あ、あのプラチナブロンドのお嬢さんかしら?」
プラチナブロンドのお嬢さん、というのがエルザの事である事を察した仁は、
「いえ、頼まれたんじゃないんですけどね、前に彼女が短剣に興味持っていたので」
そう言うとステアリーナはなぜかその形のいい眉を少ししかめて、
「……もしかして贈り物にしようとか思ってる?」
と尋ねてきた。その通りだったので仁は正直に、
「はい。実は明日、彼女の誕生日だってさっき聞いたので」
そう答えるとステアリーナは仁をじっと見つめてから盛大に溜め息をついて、
「おばかさんね」
と仁を評した。
「魔法工作ばかりやっていて女の子の扱い方知らないんでしょう?」
「…………」
何と答えたらいいかわからない仁はとりあえず沈黙を守る。
「あのね、刃物を贈るというのは『あなたと縁を切りたい』って意志の表れ。指輪やネックレスは『あなたを縛りたい』ってこと。あ、縛る、ってほんとに縛るんじゃないからね?」
「は、はあ」
「服を贈るのは『脱がせたい』って意味だし、食事に誘うのは『君を食べたい』って言う意味」
なんだかどんどん危ない話になりつつあるので仁は、
「わ、わかりました。短剣は誕生日の贈り物に相応しくない、ってことですね?」
「ええ。但し切っても切れない縁、つまり肉親から護身用に贈るとかは有りよ」
そう言われた仁は更に悩むこととなった。
「そうすると短剣はラインハルト経由で渡して貰えばいいとして、本命はアクセサリーか……」
そこまで考えて、
「じゃあ、ブローチとかだったらどうなります?」
とステアリーナに尋ねてみる。すると、
「『君の心に住んでみたい』ね」
まあまともかもしれない、と仁は考え、ブローチも作製することに決めた。
「ジン君、そろそろ夕食」
そこへエルザがやってきた。夕食時間だというのに部屋にいない仁を気遣って捜していたらしい。
「ああ、もうそんな時間か。……ステアリーナさん、いろいろとありがとうございました」
「あらいいのよ、ジン君なら」
そう言って仁とエルザを見送った。仁は後で取りに来ようと手ぶらである。
「……若いっていいわねえ」
そんな呟きは2人には聞こえなかったようだ。だが消身で姿を消したまま仁に付き従っている礼子にははっきり聞こえていた。
「ジン君、なにしてたの?」
エルザとしては当然の疑問であるが、こればかりは正直に答えるわけにも行かず、
「えーと、何か使えるものとか無いか、探してたんだ」
「物をむだにしない、ミーネがいつも言ってる。ジン君、えらい」
変な感心の仕方をされる仁であった。
別に刃物を贈ることはタブーではないようです。結婚式でもケーキ入刀とかありますし、道路開通でテープカットだってやります。
ステアリーナが言ってるのはあくまでも彼女内での常識なのでそこのところお間違えなきよう。
適当なこと言って仁をからかっている節もあります。
お読みいただきありがとうございます。
20130713 12時53分
後書きと前書きを間違えていたので入れ替えました
20160510 修正
(誤)目の前にあった瓦礫の総量は10数トンはあっただろう。
(正)目の前にあった瓦礫の総量は十数トンはあっただろう。




