06-34 統一党
ちょっとだけ痛そうな描写があります。
「うふふ、これでレーコはあたしの物。ああ、なんて素敵なのかしら!」
礼子に動きはない。
「ドミニク、あなた……」
ステアリーナがまさか、と言う顔で言葉を絞り出す。
「ええ、私は『統一党』の一員よ」
「統一党? あの狂信者の集団ね!」
ステアリーナのその物言いにドミニクは反論する。
「狂信者じゃあないわ。この世界を魔導大戦前の世界に戻す、改革者、救世主よ」
「それじゃあやっぱりドミニク、あなたがゴーレム騒動の犯人だったのね?」
するとにやりと笑ったドミニクは、
「ええ、そうよ。あたしの鳥ゴーレムの中にエルラドライトと魔結晶を仕込んであったの。ゴーレムの中身までは調べられなかったから簡単だったわ。赤、青、黄の他に白があってね、お城のゴーレム置き場で作動させたのだけど、大当たりだったわね」
勝ち誇り、ぺらぺらと喋り出すドミニク。その笑顔も今は優越感に溢れている。
「じゃあ、襲われそうになったのも演技だったのか!」
ラインハルトのその言葉に、
「ええ、そうですわ。でも助けていただいて感謝しておりますわよ、ラインハルト様」
しれっとそう言ってのけるドミニク。にやにやとした笑顔が憎たらしい。
「城のゴーレム全部を集めたより強いこのレーコを持ち帰ればあたしは幹部間違いなしですわ。さあ、レーコ、ジンとラインハルト以外、ここにいる者を殺しちゃいなさい」
ドミニクは残酷な命令を下した。
それを聞いたステアリーナ、エルザ、ラインハルトは真っ青になる。
礼子が反逆したら止められる者はいない。仁を除いて。
そしてその仁は平然としていた。その視線の先には静かに佇む礼子がいた。
「レーコ! なにやってるの! 皆殺しにしなさい!」
動かない礼子にじれてドミニクが大声を上げた。だが礼子は表情を消したまま冷たい声で、
「なぜ私があなたなんかの言うことを聞かなくてはならないのですか?」
「え?」
ドミニクは言われた意味がわからない、という顔をした。
「私に命令できるのはお父さまだけです」
礼子はそう言ってゆっくりと仁に歩み寄る。そして懐から魔結晶を差し出し、
「お父さま、これが『魔法記録石』です」
そう言って仁に手渡した。
「ごくろうさん、礼子」
それを受け取った仁はドミニクを睨みながら礼子に指示を出す。さすがに『娘』である礼子を乗っ取ろうとしたドミニクには腹が立ったようだ。
「礼子、ドミニクを捕まえておけ!」
語気も強い。
「はい」
返事を残し、礼子はドミニクの後ろに回るとあっというまに腕を捻りあげてしまう。その手にあったエルラドライトも取り上げる。
「きゃああ! なんで! なんで?」
ゼロ距離で、しかもエルラドライトを使ってまで行った『隷属書き換え魔法』が何の効果も上げなかった事が信じられないらしい。
「くうう! 何でよう!」
まだ喚き散らすドミニク。顔を顰める礼子。そして。
「うるさいですね」
「ぎゃひああああああ!」
鈍い音がしてドミニクの肩が外れた。
「すみません、ちょっと力が入りすぎました。エルザさん、治してやって下さい」
「痛い! 痛いーっ!」
喚くドミニク、だが礼子に押さえられた身体はぴくりとも動かない。
「リアンナ、メアリ、だれでもいい、あいつを縛り上げてしまえ」
「はっ、はい!」
ラインハルトの指示により、王宮隠密侍女隊のリアンナが駆け寄ってドミニクを縛り上げた。
「エルザ、一応治してやれ」
「ん。『痛み止め』」
治すでなく痛み止めというところでエルザの怒りようがわかる。仁も何も言わなかった。
「それでは連行します」
「ああ、頼む」
こうして『隷属書き換え魔法』事件は犯人も捕まり、一応の解決を見たのである。
* * *
「どうして彼女が怪しいと思ったんだね?」
「俺の手を握った時に感じた魔力波形が昼間感じたものと同じだったんですよ」
今、仁達はラインハルトの部屋で取り調べというか、事件のあらましを報告しているところである。
その相手というのは魔法相ケリヒドーレと防衛相ジュードル。
「何と!? すると君、ジン殿は魔力波形を読み取る事が出来るのかね?」
それを聞いて驚いたのは魔法相ケリヒドーレ。
「え? 普通出来るんじゃないんですか?」
互助会の自動人形にも出来たから普通に出来るのかと思っていた仁である。さすがに数値化とかは無理だが。これは、人の顔を覚えられても、それだけでは似顔絵を描けないようなものだ。絵を描くにはまた別の才能がいる。
「いやいや、普通は出来ない。なるほど、君は確かに陛下と殿下が一目置くような魔法工作士らしい」
そう言って納得するように何度も頷くケリヒドーレである。
「それで、かの『隷属書き換え魔法』をゼロ距離で防いだのはどういう方法だったのだね?」
あの時、ドミニクの意図に何か企みを感じ取った仁は、『消身』を使い傍にいた礼子を連れ、一旦外に出た。
そして何らかの対策をした後、呼んできたふりをして礼子と共に入室したというわけだ。
「それはこれですよ」
仁は礼子から受け取った魔結晶をポケットから出して見せた。
「まあ御覧下さい」
そう言ってケリヒドーレに手渡す。魔法相はそれを目で見たり魔法で調べたりしていたが、やがて、
「これには魔力吸収の魔導式が刻んであるのはすぐにわかる。だが、もう一つは何かね? 初めて見るものだ。それと、また別に何か細かすぎてここではちょっと読み取れないものもあるな」
と降参した。横で驚いている防衛相を尻目に仁は、
「もう一つのは記録の魔導式ですよ。細かいのは彼女が礼子に施そうとした命令です」
仁は一同に説明していく。『隷属書き換え魔法』は制御核たる魔結晶に命令を書き込む魔法であることは既知のことである。
その魔力を制御核でなく、魔法記録石に吸収させてしまい、目的を達成できなくするのがこれだ、と。
「礼子の制御核には厳重に魔力シールドを施してありますけどね、ゼロ距離でどうなるか危険を冒すのも嫌だったので、こんな急ごしらえのものを使ったんですよ」
そうしたら見事に引っかかってくれた、と締めくくる。
「ふうむ、なるほど。勉強になるな」
一国の魔法技術をまとめ上げている魔法相のケリヒドーレがそう言うのを聞いて防衛相ジュードルは内心驚愕を憶える。
まだ年若い、目の前のジンという魔法工作士が持つ底が知れないその技術に。
「明日、是非ともその方法を伝授して欲しいものだ」
ケリヒドーレの物言いを仁は快諾し、
「もちろんですよ。『隷属書き換え魔法』なんて、ゴーレム達、それに作り上げた魔法工作士をバカにしている。絶対に放っておけるもんですか」
心血注いで造った作品をいいように使われ、使い捨ての駒にされる、その無念さ。モノ作りに携わる者として絶対に許してはおけないと仁は腹を立てていた。
そんな仁を、セルロア王国の魔法工作士、ステアリーナは優しげな目で見つめていた。
「さて、次は儂の話を聞いてほしい」
そう切り出したのは防衛相であるジュードル。
「ドミニクが言っていた『統一党』じゃが、知らない方はおるかな?」
エルザと仁が手を上げる。
「ふむ、ラインハルト殿、それにステアリーナ殿はご存じか」
「ええ。実はわたくしも、『統一党』から誘われたことがあるんですの」
「ほう、それは聞き捨てなりませんな。それはどのような人物からなので?」
少しでも手がかりの欲しい防衛相は急き込んで尋ねる、が、
「それをお答えする前に、エルザさんやジン君に『統一党』が何か説明して差し上げたら?」
と言われ、ジュードルは座り直し、咳払いを1つすると、
「うほん、『統一党』というのは、セルロア王国、エゲレア王国、フランツ王国、クライン王国などに跨る地下組織でな、小群国を魔導大戦前の『ディナール王国』に戻そうとしている連中のことなのだ。中心となっているのはどうやらセルロア王国らしい。というのも、古のディナール王国首都があったのが現セルロア王国首都の付近らしいからなのだ」
以前ポトロックのレストランで、セルロア王国がきなくさい動きをしているとラインハルトが言っていたのがこれだ。
「今現在、魔導大戦によって激減した人口のため、領土問題は無く、小群国間に軋轢はほとんど無いと言っていい。それをわざわざ統一、しかも武力を用いる事を厭わないという奴らは破壊集団と言ってよいと思う」
国家間の紛争の原因となるのが資源などに端を発する領土問題、産業に起因する経済格差、それに宗教などがある。
今回の『統一党』の場合、宗教に近いと言えるかも知れない。それはすなわち、狂信的なメンバーを抱えるということでもある。
多少の権力争いや汚職はあるものの、おおむね上手く回っている世の中を混乱させるような事は避けたいというのが防衛相ジュードルの意見であった。
「同感ですね」
今まで黙っていたラインハルトが口を開いた。
「人口減による人手不足を、各国はゴーレムを開発することで補ってきた。それを一瞬にして支配できる、かの『隷属書き換え魔法』は恐ろしいし、許せない。対策は全ての国にすみやかに徹底して行き渡らせるべきです」
「そのとおりだ。ラインハルト殿、ジン殿、そしてステアリーナ殿、協力をお願いしたい」
そう頭を下げたジュードルとケリヒドーレに、仁とラインハルト、そしてステアリーナは肯き、
「喜んで」
「協力しますよ」
「もちろんですわ」
そう言い、握手を交わしたのである。
* * *
「しかし……あのジンと言ったか、あの者は何と言うか……驚きだな」
「同感ですな」
魔法相ケリヒドーレと防衛相ジュードルの会話。
「正体不明。だが、ラインハルト殿の信頼を得、ショウロ皇国へ行くことが決まっている。……それさえなければ首に縄を付けてでもこの国に従属させたのだが」
「それほどまでに?」
「ああ、ジュードル殿。この私でさえ及ばぬと存ずる」
エゲレア王国魔導士の頂点たる魔法相ケリヒドーレをしてそう言わせた仁という魔法工作士がいかほどの者か、防衛相ジュードルは想像すると空恐ろしくなった。
「あの側に付いているレーコとか言う自動人形、あれ1体でおそらくこの城を落とせる」
「それほど!」
「しかもジンに絶対の服従を誓っておる。もしもジンに何かあったら……考えるだに恐ろしい。国としての方針が決まるまで、余計な事はしてくれなさるな」
はい、礼子が操られるわけなかったですね。
魔法記録石はそちらに魔力を流してしまう効果もあります。
そしてやっぱり仁、警戒され始めました。
お読みいただきありがとうございます。
20200309 修正
(旧)それを一瞬にして支配できるかの『隷属書き換え魔法』は恐ろしいし、許せない。
(新)それを一瞬にして支配できる、かの『隷属書き換え魔法』は恐ろしいし、許せない。




