06-24 おひろめ
翌日、朝食後すぐに仁はゴーレム『ロッテ』の改良にとりかかった。もちろんクズマ伯爵立ち会いである。
他の参加ゴーレム達も最終調整や動作確認を始めている。
昨日、王宮隠密侍女隊第2班班長であるリアンナの運動パターンをコピーした魔結晶から、その情報をロッテの制御核に転写する。
イメージとしてはパソコンで言うOSのアップデート、いやパッチに近いだろうか。
「これで終わりなのかな?」
一緒に来ていた伯爵が聞くと、
「ええ。伯爵、起動して下さい」
そこでクズマ伯爵は魔鍵語、『起動』を口にする。そして起き上がったロッテに、
「ロッテ、身体の調子はどうだ?」
仁が尋ねると、
「はい、お父さま。問題ありません」
その言葉を聞いた仁は、ロッテを伴って広い場所に移動。そして付いて来ている王宮隠密侍女隊を振り返り、
「よし、それじゃあ……リアンナさん、軽くでいいですから、ロッテに攻撃してみて下さい」
「えっ?」
不思議がるリアンナに、ロッテはリアンナと同じ格闘技が使えるはずだから、と説明する仁。
「はあ、では、行きます」
リアンナはスカートの下から短剣を取り出した。ライラと違ってスカートを切り裂いたりはしない。
そして彼女はいきなりロッテに切り掛かった。
それを左手で弾いたロッテは一歩踏み出し、リアンナの鳩尾を右拳で狙う。だがリアンナは後方へ宙返りすることでそれを躱した。
「はい、それで結構です。ロッテも止めろ」
別に戦闘訓練ではないので、動きの確認で十分と、仁は2人(1人と1体)を止めた。
「ううむ、これはすごい! ロッテもだが、リアンナ、君も見事だ」
一瞬の攻防を見たクズマ伯爵はそう言って賞賛する。
「お恥ずかしゅうございます」
リアンナはそう言って一礼、後ろへ引っ込んだ。
「班長、さすがよね」
「あたしだったらあの拳、多分当てられてたわ」
「うう、なんでスカートを切らないんだろう……」
等と、見ていた他の王宮隠密侍女隊達もリアンナの動きを賞賛した。若干一名、少しずれた感想を抱いていたが。
「ジン、すごいな、君は! あのやり方は珍しい! 僕もやってみたいものだ」
興奮気味にそう言うラインハルト。多分ラインハルトなら少し練習すれば出来るようになるだろう、と仁は思った。
「だがな、」
声のトーンを落として、囁くようにラインハルトが続ける。
「あれを人前でやるのは良くない。いいかい、例えば大臣とか将軍とかの知識をああやって読み取れることがわかったらどうなると思う?」
そう言われて仁も気が付いた。
実際には、抵抗されると読み取りは出来ないのだが、そんなことを忖度してくれる人ばかりの筈がない。
「権力者に利用されたり、無実の罪を着せられたりしたくなければ気をつけるんだ」
仁はラインハルトの忠告に感謝した。
* * *
そして昼前、いよいよゴーレム園遊会が開始される。
「いってらっしゃいませ」
王宮隠密侍女隊達に見送られて仁達は迎賓館を出た。迎えの騎士の先導で王城内宮へと向かう。
クズマ伯爵の説明通り、閣僚から順に入室。そして城勤めの貴族の後、招待客であるラインハルトとエルザが入場していった。
更に近郊の貴族、遠方の貴族が入場し、最後に魔法工作士である仁やビーナという順序だった。
一緒に入場する顔ぶれを見ていると、ガラナ伯爵のゴーレム、『オウル』を作った魔法工作士、ボーテスを除けば初めて見る顔ばかりだ。
そんな時ビーナが、
「あっ、先生!」
そんな声を発した。
「先生?」
「ええ、そうよ。ジン、ほら、今入場した人。あの人が、2年間あたしが学んだグラディア・ハンプトン先生」
「ふうん」
今し方入場していった人物は、背はそこそこあるものの、横幅の方が目立つような体格の中年であった。
「ご挨拶したかったなあ」
そう呟くビーナに、
「ほら、もうすぐ俺たちの番だぞ」
そう告げる仁。
そして係員から仁とビーナに入場を促す声が掛かった。周りを見るともう誰もいない。仁達が文字通り最後であった。
「……おお」
体育館よりも大きそうな広間に全ての参加者が揃っていた。いや、全てではない。
「エゲレア王国国王、ハロルド・ルアン・オートクレース=エゲレア様、御成りー! 第3王子、アーネスト・リルム・アンドリュー様、御成りー!」
最後は国王陛下と第3王子殿下の入室であった。
遙か正面に座る王と王子らしき人影。
その両側には、ある者は金銀の飾り糸、またある者は輝く宝石で、それぞれに贅をこらした服装の貴族達が整列していた。布をかぶって横に立っているのはそれぞれのゴーレムだろう。
「それでは、これよりエゲレア王国国王、ハロルド・ルアン・オートクレース=エゲレア様第3王子、アーネスト・リルム・アンドリュー様のお誕生日を祝しまして、ゴーレム園遊会を執り行い奉ります!」
良く通る声で進行役らしき女性が開会宣言を行うと、居並ぶ貴族達が一斉に拍手を行った。仁達も合わせるように拍手する。
拍手が鳴り止むと、国王が左手を挙げた。今度は水を打ったように静まりかえる一同。
「皆の者、大儀である。今日は我が子のために集まってくれたこと、感謝する」
頭を下げることなく国王が感謝の言葉を述べていく。
上に立つ者の話が長いのはどこも同じらしい。仁はなんとなく始業式とか終業式に行われる校長先生の話を思い出していた。
「……我からは以上である」
これで終わりか、と思いきや。続いて口を開いたのは本日の主人公である第3王子。
「皆さん、今日はありがとう。僕がゴーレム好きなのを思って、たくさんのゴーレムを持ち寄ってもらえたこと、本当に感謝します」
第3王子は仁よりも小柄。中学生くらいに見える。たしか13歳という事だっけ、と仁は頭の中で考えながら話を聞いている。
「……中でも気に入ったゴーレムを持ってきてくれた者には、父王から褒美が出るそうです。楽しみにしていて下さい。それでは、皆さんのゴーレムを見せてもらいます!」
ようやく長かった挨拶も終わり、ゴーレムのお披露目が開始されるようだ。
「それでは、ご列席の方々のご紹介及びそのゴーレムのお披露目を始めたいと思います」
再び進行役の声が響き、
「宰相、ガルエリ様」
頭の白くなった初老の男が進み出て、左胸に手を当て、深くお辞儀をした。そして、
「ゴーレム、『セレス』。魔法工作士はセルロア王国の魔法工作士、ステアリーナ殿」
そうして、ガルエリ宰相は隣に立っていたゴーレムの布を取り去った。
「おおっ!」
「美しい!」
「すばらしい!」
会場がざわめく。
そこに現れたのは全身水晶で出来ている透き通ったゴーレムであった。
10代後半から20代前半と見える流れるようなボディラインを持つ女性形。何も着ていない。いや、着ていたならその美しさが損なわれてしまうだろう。
心臓部には紫色の魔導装置。瞳は燃えるような真紅。何とも美しい。
「初めまして、アーネスト様。セレスと申します」
鈴を転がすような声。流れるような仕草。
そしてデモンストレーションは演舞であった。
柔らかな動きは人間に近く、見る者は皆魅了され、居並ぶ貴族達の目はセレスに釘付けである。いや、王と王子も同様であった。
「うーん、継ぎ目が見えないと言うことは、動くために『変形』を使っているんだろうな」
只一人、仁だけはその美しさよりも構造に興味を見出していたが。
「魔力効率は悪いだろうな。でも、美しいゴーレムだ。最早芸術品と言っていい」
それでもやはりその形状には賛美を惜しまない。デザインが苦手な仁としてはそのセンスが羨ましくもあった。
そしてそのセレスを作り上げた魔法工作士はと見ると、30代前半、いやもしかすると20代後半と思える女性である。
銅色の髪を背中まで伸ばし、赤茶色の瞳をした知的な美女。その目は自分の作品、セレスを見つめていた。
デモンストレーションが終わると割れるような満場の拍手。
「これは、この後のゴーレムが霞んでしまいますな」
「いや、まったく」
「陛下からの褒美は宰相で決まりでしょう」
等と小声で囁き合う貴族達であった。
水晶製のゴーレム、綺麗でしょうね。関節が無いので変形だけで動作しています。
お読みいただきありがとうございます。
20180814 修正
(旧)実際には、抵抗されると読み取りは出来ないのだが、そんなことを忖度してくれる人ばかりの筈がない。
(新)実際には、抵抗されると読み取りは出来ないのだが、そんなことを忖度してくれる人ばかりの筈がない。
20190622 修正
(旧)デザイン苦手な仁としてはそのセンスが羨ましくもあった。
(新)デザインが苦手な仁としてはそのセンスが羨ましくもあった。
20190907 修正
(旧)一緒に入場した顔ぶれを見ていると
(新)一緒に入場する顔ぶれを見ていると
(旧)拍手が鳴り止むと、王様が左手を挙げた。
(新)拍手が鳴り止むと、国王が左手を挙げた。
(旧)頭を下げることなく王様が感謝の言葉を述べていく。
(新)頭を下げることなく国王が感謝の言葉を述べていく。
(旧)「王からの褒美は宰相で決まりでしょう」
(新)「陛下からの褒美は宰相で決まりでしょう」
(旧)最後に魔法工作士である仁やビーナだった。
(新)最後に魔法工作士である仁やビーナという順序だった。




