06-14 忘れてばかりの
なんとかビーナを宥め落ちつかせたあと、クズマ伯爵は侍女頭を呼んでくれた。
「お呼びですか、旦那様」
現れたのは30代後半の落ちついた雰囲気の侍女。濃紺のワンピースに白い胸当て付きエプロン、頭にはホワイトブリム。
ブルネットの髪、同色の瞳。ややぽっちゃり型で、落ちついた雰囲気のある女性だった。
「うむ、実は、今制作中のゴーレムなんだがな、マルーム、お前の知識を分けてやってもらいたいのだ」
「はい?」
やはりというか、理解できていないようなので、仁が進み出て、
「マルームさん、いつもやっている仕事のことを考えていて下さい」
と説明するが、やはりよくわかっていないようで、
「は、はあ」
と答えている。だが仁はかまわずに、
「知識転写レベル3」
「きゃっ!?」
いきなり魔力が頭を貫いたので驚くマルーム。痛みや後遺症などの実害はありません、と仁が説明する。
それでもマルームは少し青ざめている。
「隷属、1位空白、2位、クズマ伯爵。3位、ビーナ。4位、マルーム」
1位は第3王子になる予定。
命令系統を定めて、全ての作業は終了した。ところで製作者である仁は別格である。
「ふうん、そういうやり方か! やっぱりジンと一緒にいると飽きないなあ!」
ラインハルトは仁のやり方が『見えた』らしい、さすがだ。
「さて、それじゃあ、依頼主もいることだし、『起動』」
「はい、お父さま」
「きゃあっ」
いきなり起き上がったゴーレムを見て、マルームが小さく悲鳴を上げた。
「どうだ、身体の具合は?」
仁が尋ねると、少し身体を動かしてみた後、ゴーレムは、問題ありませんと答えた。
「こちらがお前の御主人様達だ、挨拶しなさい」
「はじめまして、御主人様。よろしくお願いいたします」
そう言ってクズマ伯爵にお辞儀をするゴーレム。その仕草は優美で、自然そのものだった。
「ううむ、確かにマルームを見ているようだ」
マルームの知識を転写しているから、動作もマルームのそれに酷似していた。
伯爵、名前を付けてやって下さい、と仁が言えば、クズマ伯爵はしばし考え、
「うむ、お前の名前は『ロッテ』だ」
「はい、ありがとうございます。わたくしはロッテです」
そう言ってロッテは深々とお辞儀をした。
「ビーナ様、よろしくお願いいたします。マルーム様、よろしくお願いいたします」
ビーナとマルームにも挨拶するロッテ。マルームはここまで人間に近いゴーレムを見るのは初めてなようで、目を白黒させていた。
「うむ、それではマルーム、しばらくロッテの教育というか、問題がないか見てくれ」
「は、は、はい、旦那様」
そうしてマルームはロッテを連れて工房を出ていったのである。
「さて、ジン、見事なゴーレムを作ってくれたな。報酬はどうすればいい?」
「ですから伯爵にお任せします」
そう言われた伯爵はにやりと笑うと、
「100万トールとエゲレア王国の王国魔法工作士の地位というのはどうだ?」
「なっ!」
驚くラインハルトとエルザを尻目に、
「お断りします」
とばっさり切って捨てる仁。伯爵はわかっていたというように肩をすくめ、溜め息をつく。
「やれやれ、やはり駄目か。……ラインハルト、君が羨ましいよ」
そう言ってから、
「300万トール。どうかな?」
約3000万円である。
「それで結構です」
今度は受ける仁。
報酬の金貨300枚は礼子に任せた。6キロほどにもなる金貨の入った袋を指先でつまんでひょいと持ち上げ、エプロンの前ポケットにしまう。
その力もさることながら、それだけの重さを入れてもエプロンは破れもしなければ引きつれもしない。さすがレア素材である。
報酬のやり取りが済むともう夕方であった。
入浴を済ませたあと、仁達は食堂に集まる。
そこへ給仕、侍女達が食事を運んで来たのだがその中には侍女服を着た『ロッテ』の姿もあった。
「ほう、ロッテ、その服似合っておるぞ。どうやら真面目に働いておるようだな」
なれた侍女のような動作で料理を並べていく様子を見た伯爵が感心して声を上げる。
「はい、御主人様」
「旦那様、ロッテはとても優秀でございます。少し教えただけで、10年も勤めている侍女と同じように働いてくれます」
「お恥ずかしゅうございます」
そう答える言葉遣いも人間ぽく、目を瞑っていたらゴーレムとは思えないかも知れない。服を着ているからなおさらだ。
「うーん、これはもう自動人形といってもいいなあ」
ラインハルトがそう呟く。仁はそんなラインハルトに、ゴーレムと自動人形の違いって何か聞いてみた。
「僕達の定義だと、『人間らしさに重点を置いた』のが自動人形、『機能に重点を置いた』のがゴーレムってことになるかな」
「そう、か。俺は、端的に言うと自動人形には髪の毛があって皮膚があって。ゴーレムは髪は身体と同じ素材だし、皮膚も基本的には無い、かな」
それを聞いたラインハルトは肯き、それも定義の一つと言える、と言った。
* * *
「ジン君」
夕食後のお茶の時間にエルザが話しかけてきた。
「ん? なんだい?」
「ダンパー」
その短い単語を聞いて、あ、と仁は思う。さんざんダンパーを付ける、と言っていながら、いつも他の事にかまけて後回しにしてしまっていたからだ。
「そうだな、今度こそ作らなくちゃな。ありがとうエルザ」
「ん」
エルザは仁にお礼を言われて少し嬉しそうだった。
「そうしたら明日、壊れた馬車の代わりを作る時、併せてやっつけようか!」
「うむ、それならば約束通り材料はこちらで用意しよう」
ラインハルトも賛成したので、クズマ伯爵がその材料も準備してくれる運びとなったのである。
翌朝、朝食を済ませると早速、馬車改造と馬車作りに取りかかる2人。
「馬車だから、左右に車軸が通っているんだよな」
「ん? 当然だな」
「だが、固定した車軸に車輪を付けたらどうだ?」
「うん?……なるほど、左右が独立して回るのか。そうすると……どうなる?」
「曲がる時に抵抗が減る」
そんな会話を交わしながら、2人は馬車の構想を固めていくのであった。
さすがにエルザも2人に付いていけず、この日はクズマ伯爵邸でのんびり過ごす。
乳母のミーネはそんなエルザに1日くっついていた。いかにも嬉しそうに。
「だから、振動を抑制するならこういう構造の方がいいんじゃないか?」
「いや、それは複雑すぎる。こうした方が……」
「大泥蛙の革は効果が大きいな!」
「うん、ダンパーとして十分だ」
* * *
昼食もろくに摂らず、馬車に取り組んだ2人は、夕刻には新型馬車を完成させたのである。
意外とラインハルトと仁の2人はいいコンビかも(常識的なモノ作りをする時は)。
お読みいただきありがとうございます。
20130620 13時47分
「大沼蛙」を「大泥蛙」に変更。マッド(MUD)は泥ですからね。
20190906 修正
(誤)「ふうん、そう言うやり方か!
(正)「ふうん、そういうやり方か!




