06-12 仁のゴーレム作製
ゴーレムの材料が運ばれてくるまでの間、仁はビーナと話をしていた。
「ビーナ、ただ風を送るだけじゃなく、『冷蔵庫』、あれを応用したらどうかな?」
などと、アイデアのヒントを与えると、
「なるほど! 氷の上を吹いてくる風は冷たいからな! 夏でも快適だ!」
なぜかラインハルトが食いついてきた。
それでラインハルトも交えて、『冷風機』の構想をまとめていく。
「つまり、冷たいものに風を当てればいいのよね?」
「だったらここの形はこうしたらいいんじゃないか?」
「そうだな、そうしたらここは……」
というわけで、材料が届く頃には3人がかりでの『冷風機』の試作が完成していたのである。
「あー……できちまったな」
「……できたな」
「……いいのかしら」
仁だけでなく、ラインハルトにまで手伝ってもらっての『冷風機』である。ビーナが気にするのも無理はない。
「いいんじゃないか? 僕は趣味の範囲で手伝っただけだから」
とラインハルトが言ったので、仁も、この『冷風機』はビーナの作品としてかまわない、とはっきり言った。
「あ……ありがとうございます、ラインハルト様。ありがと、ジン!」
済まなそうにお礼を言うビーナにラインハルトは、
「いいんだよ、それにしてもビーナはいい魔法工作士になれるぞ」
と言った。言われた当のビーナは、そうでしょうか、と言いつつも少し嬉しそうに頬を染めていた。
「さーて、それじゃあゴーレムを作るか!」
届いた材料を前に、仁が気合いを入れている。ラインハルトは黒騎士を運び込み、制御核用の魔結晶を取り出したところだ。
「さーて、それじゃあ直すとするか!」
仁を真似て気合いを入れるラインハルト。伯爵からの口添えもあって、ビーナはそんな2人から学ぼうと必死だ。
まだ構想がまとまりきらないのか、作業に入らない仁。一方ラインハルトは制御核の作製を開始。
「基礎制御魔導式書き込み。……動作制御式書き込み」
ということでその手順を見逃すまいとビーナはラインハルトに張り付いている。
「……魔法制御の流れ良し。……隷属刻印」
そうして出来上がる制御核。
「よし、これで黒騎士は元通りだ。だが、元通りじゃあつまらないよな」
崑崙島で見た仁のゴーレムが頭から離れない。ラインハルトは黒騎士をもっと高性能にしたかった。
「それに、この前のような負け方はもうしたくないしな」
外部から強力な魔力で制御核を上書きされるなど、もう2度とあってはならない。あの時以来、ラインハルトは対策を考え続けていたのである。
「魔力を通しにくい材料は何が一番いいかなあ」
そこで、仁の方をちらと見ると、いつの間にやって来たのか、エルザが仁の横に座っているではないか。
「おや、エルザ、来ていたのか。珍しいな、僕が工房に籠もっていても見に来たこともなかった癖に」
ラインハルトがそう言うと、エルザはつん、と顔を背けた。
「おやおや、つれないな」
そう言いながら、目の前にある素材に視線を戻し、物色する。とりあえず、装甲亀の甲羅と大蜥蜴の革、それに兜鷲の羽毛。
これらのうち、最も魔力を通しにくい素材を選びだそうというのである。
「1人だとやりにくいな……おーい、エルザ、ちょっと手伝ってくれないか?」
ラインハルトはエルザに声をかけるが、そのエルザは知らぬ顔で仁が書いているゴーレム構想という名の落書きを見つめていた。
ラインハルトは苦笑し、そばにいるビーナに向かって、
「ビーナ、悪いがちょっと実験を手伝ってくれないか?」
と言って、ビーナに助手を頼むことにした。
「は、はい、あたしで良ければ」
それでラインハルトは、候補に挙げた3つの素材から大体同じ大きさになるようにサンプルを作る。
「よし、掌を上に向けてくれ」
それをビーナの掌に乗せ、更にその上に魔導基板を置いた。
「その状態で掌に乗せた魔導基板に……そうだな、さっきの『風』の魔法を書き込んでくれ」
「わかりました」
このようにしてビーナが書き込む際の魔力の流れを観察することでラインハルトは魔力を減衰させる素材を探したかったのである。
これは偶然だが、ビーナに手伝ってもらった事は正解であった。これが仁だったらどの素材も関係なくあっさりと書き込みを行ってしまうだろう。
また、エルザだったら工学魔法を使えないので当然普通に発動する魔法で実験することになり、これらは発動時間が短いので魔力観察が難しい。
「ふむ、装甲亀の甲羅が一番魔力を通しにくいのか。これなら使えそうだな」
そうひとりごちたラインハルトはビーナに礼を言うと、黒騎士の胸部を開いた。
黒騎士内部は単純な空洞ではなく、要所要所にいろいろな詰め物がしてある。
例えば拳には鋼が詰められ打撃の効果を向上させているし、足の爪先にはアダマンタイトが詰められ、蹴りの破壊力を増している。
胴体全体にはスポンジ状の物が詰められていた。
「あ、あの、ラインハルト様、これは何ですか?」
初めて見る素材にビーナも黙っていられず、ラインハルトに尋ねた。
「ん? これか。これは暴食海綿と言ってな、海底に棲む魔物なんだが、死骸を乾燥させたものはこのように軟らかくて弾力がある。ゴーレムの心臓部とも言うべき制御核などの魔導装置を保護するのにはもってこいの材料なんだ」
だが魔力を非常に通しやすい、と説明を締めくくる。
そうしてラインハルトは、暴食海綿の中から魔導装置を取り出し、先ほど加工した制御核をセットする。
「よし、『接続』……良好。これを再度動作系と接続して」
調整を終えた魔導装置をゴーレムに戻し、その周囲を装甲亀の甲羅で覆っていく。元々重量があった黒騎士、増加分はいかほどでもない。
「あとは微調整だな」
99パーセントの作業を終え、ラインハルトは黒騎士の外装に出来た傷などを除去する作業に入った。
* * *
「よし、決めた」
手元の木の板になにやら落書きにしか見えないような絵を書いて構想を検討していた仁は、方針を決めたらしく、ぱん、と手を打ち合わせ、材料を取りに立ち上がった。
同時に、今まで黙って仁のそばにいた礼子も立ち上がる。
「お父さま、何をお持ちしますか」
「うん、まずは鉄と亜鉛をたのむ」
「あえん?」
それまでただ見ているだけだったエルザが聞き慣れない単語に声を上げた。それに気が付いた仁は、
「ああ、亜鉛ていうのは鉛みたいだけど鉛じゃない金属なんだ」
と簡単に説明する。この世界では真鍮(黄銅)を作るのに使われている。
亜鉛を鉄に混ぜたらどうなるかは知らないが、表面にメッキすると腐食防止になることを仁は知っている。
「まずは鉄に炭素を混ぜて鋼にして、と」
炭素は空気中の二酸化炭素から供給できる。まあ二酸化炭素の存在を知る仁ならではだ。炭素量は0.8パーセントくらい。それを材料に骨格を作る。
骨格と言っても、人間のそれよりはずっと単純化したものだ。例えば肋骨は無いし、骨盤も無い。
「こんなものか。よし、熱処理。硬化。鍍金」
焼き入れ焼き戻しと同じ処理を工学魔法で施し、更に硬化をかけ、強度を増したところへ亜鉛メッキして耐食性を増した。
関節等の摺動部にはアダマンタイトメッキして摩耗を防ぐ。
目的は人間に近い関節の構成だ。内骨格を作り、そのまわりに鎧状に外装を作る事で人間に近い挙動をさせることが出来るのだ。
普通のゴーレムのような外骨格ではなかなか難しい。
「なんだか不気味」
その骨格を見たエルザが素直な感想を漏らした。
内部が空洞な一番単純なゴーレムは、動作全てを魔力で行うため、魔力効率が意外と悪い。
仁が作ったゴーレムは全て内骨格を持ち、動作用の魔法筋肉を備えていた。
純粋な魔力動作はいわゆる念力に近いが、魔法筋肉を用いれば、きっかけの魔力を与えると伸び縮みしてくれるため魔力の効率が上がる。
「魔法筋肉は、と。『砂虫』の革でいいか」
「それ、知ってる」
砂虫は沙漠に住む芋虫のような魔物で、普段は地中の魔力を糧にしているが、なわばりを荒らされると地上に出て来て襲いかかる。
エルザが知っているのも道理、その革はショウロ皇国特産。
魔物素材の例に漏れず魔力に対して反応するため、鎧の材料、魔剣の鞘や柄、魔導士のローブなどいろいろな用途がある。
それを細く裂き、束ねて魔法筋肉とする。
仁がここまで進め終わると、ちょうどラインハルトは黒騎士の修理改造を終え、仁の様子を見にやって来たのである。
工作バカモードのラインハルト、そして仁(通常でも)は、作った物の権利とか報酬とか考えていません。いいんだろうか、と端で見ている方が思ってしまいそうです。
作る事が純粋に好きな人ってそんなものです。
まあ真面目モード(公務バージョン)になったラインハルトは別ですが。
亜鉛メッキした鉄板=トタンですね。他にも鉄パイプやネジ類などにもクロメート処理などで使われています。
今回、仁のゴーレム作製をじっくり描写してみました。
じっくり描写出来たのは、限られた材料のため仁が考えながら作っているためで、蓬莱島でならこの10倍以上の速度で作ってしまうでしょうね。
お読みいただきありがとうございます。
20130617 13時
誤記修正
(誤)そうひとりごちたラインハルトはエルザに礼を言うと
(正)そうひとりごちたラインハルトはビーナに礼を言うと
20220613 修正
(誤)ということでその手順を見逃すまいとビーナはラインハルトに貼り付いている。
(正)ということでその手順を見逃すまいとビーナはラインハルトに張り付いている。
(誤)ラインハルトはエルザに声をかけるが、そのエルザは知らぬ顔で仁が書いているゴーレム構想と言う名の落書きを見つめていた。
(正)ラインハルトはエルザに声をかけるが、そのエルザは知らぬ顔で仁が書いているゴーレム構想という名の落書きを見つめていた。




