05-12 指輪
夕食はラインハルトのはからいで、ラインハルト、エルザ、仁の3人で食べる事となった。
他にはラインハルトの侍女とエルザの侍女が給仕役を務めているのみ。ミーネは風呂から上がると、やはりというか貧血で気分が悪くなったので部屋に寝かせてある。
このメンバーは皆、礼子が自動人形だと知っているので、礼子が食べる振りをする必要は無い。
「我々だけの食事だからマナーは気にせず、遠慮無くやってくれ」
そう言ってくれたので、仁も気を使うことなく夕食を味わうことが出来る。
「エルザに聞いたぞ。大活躍だったんだって! いやあ、僕もその場にいたかった!」
乾杯の後、ラインハルトがまくし立てるようにしゃべり出した。相変わらずのテンションである。
そのエルザはなぜか仁の左隣に座っている。反対側には礼子。つまりラインハルトの正面にエルザ、そしてその右隣に仁、礼子と並んで座っているわけである。
今回出されたのはラインハルトお気に入りというワインだった。仁は酒の味はよくわからないが、このワインは美味い、と思った。
そして注がれた容器は透明なガラス。
「透明なグラスだろう? 侯爵お抱えの魔法工作士達の苦心の作だ」
確かに、今まで見たこの世界のガラス、そのどれよりも透明度が高かった。
雰囲気と、味の良いワイン、今夜の仁は若干飲むペースが早い。
(それにしてはあまり酔わないな……俺ってアルコールに強かったっけ?)
内心ちょっといぶかしく思う仁。
ここで蛇足ながらその理由を説明すると、これもやはり仁の身体にある。
ほとんどが魔素で補完されている仁は、内的な要因による状態異常にかかりにくい、いや実質かからないのである。
つまり睡眠薬、毒薬には強いし、病気にもならないということ。
その反面、外的な要因である車酔いや、混乱、催眠などの精神的な状態異常はこの限りではないし、窒息もする。
閑話休題。
食事をしながら旅の話に花が咲いた。エルザが訥々と話し、ラインハルトが質問をし、仁がそれに答えていく。
時々ラインハルトの驚く声が響いたりと、なごやかに食事が進んでいった。
そして、ゴーレムの話になった時、ラインハルトが珍しく真面目な口調で、
「そうだ、明日の午前中、フィレンツィアーノ侯爵が話を聞きたいそうだがかまわないだろうか?」
「ああ、別にかまわないが」
仁がそう答えるとラインハルトはそう伝えておく、と言って話題を戻した。
「エルザが言っていたが、ダンパーとかいうものを付けるといいと言ったんだって? で、ダンパーって何だい? エルザの説明じゃよくわからなかった」
「うーん、そうだなあ」
仁はどう説明したものか、と悩む。が、相手がラインハルトなので、少々専門的な話でも大丈夫だろうと思い、
「弾力のある棒の先に錘を付け、曲げてから手を放すとどうなる?」
「うん、まあ、錘が揺れるなあ」
そこで仁は、それを『振動』と言うんだ、と説明する。そして、『振動』を早く止めるための装置がダンパーだ、と説明した。
するとラインハルトは嬉しそうな顔をして、
「なるほど、そうか! 今の例えで言えば、手で錘を押さえると早く『振動』は止まるよな? そういう装置を作ればいいのか!」
ラインハルトの飲み込みの良さには驚くべきものがある。
あとはブレーキについての話をしているうちに食事も終わり。
食後にはクゥヘが出て来た。ポトロック、というよりもエリアス王国南部名産の飲み物である。
さすがに侯爵邸、ポトロックで仁が飲んだものより数段美味い。風味があるし、後口がすっきりしている。
クゥヘを飲みながら仁は、なんとはなしに隣に座るエルザを横目で見ていた。
貴族の令嬢らしい優雅な手つきでカップを摘み、口に運び、音を立てずに皿に戻す。その一連の動作が流れるようで、ちょっと見とれてしまう。
そんな仁の視線に気が付いたのか、
「ジン君、……何?」
エルザが小首をかしげてそう尋ねてきた。仁は慌てて、
「い、いや、さすがに貴族のお嬢様だなあと思って。クゥヘの飲み方一つ取っても様になってるなあ、なんてさ」
そう本音を口にすると、
「……はずかしい」
そう言って口に手を当て、頬を染めた。その時、
「あれ? 指輪、どうした?」
エルザの左手薬指に指輪がなかったのである。
そう言われたエルザははっとして、
「ごめんなさい。ミーネに、左手の薬指は、その、……特別な指だって言われたの」
するとラインハルトが口を挟む。
「ははは、エルザ、お前、本当に可愛らしくなったな。……ジン、左手薬指の指輪は、婚約指輪か結婚指輪って決まってるんだよ。特に貴族の間ではな」
そのあたりの習慣は現代地球と同じだったようだ。
そう言われた仁は若干慌てて、
「そ、そうなのか。それは気付かなかった。エルザ、ごめん」
そう頭を下げた。だがエルザはそんな仁に、
「ジン君があやまることじゃない。受け取って薬指にはめたのは私」
「そうかもしれないけど……」
仁は、もし今も指輪を持っていたらちょっと貸して欲しい、とエルザに言う。エルザはすぐに、鎖に通して首から掛けていた指輪を襟元から出して差し出した。
「えっと、手を見せてくれるかな」
仁がそう言うとエルザは右手を差し出した。
「ちょっとごめんな」
そう断りを入れ、仁はその差し出された手を取った。
「あ」
頬を染めるエルザには気付かないまま、仁は指輪を持ち、エルザの中指にあてがう。そして、
「変形」
工学魔法を使う。すると指輪はその内径を増し、エルザの右手中指にフィットする大きさとなった。
「これでよし」
そう言って仁は指輪をエルザの中指にはめ、手を放した。
その指輪をじっと見つめながらエルザは、
「あり……がとう」
と、残念なような、嬉しいような、複雑そうな顔で礼を言った。ラインハルトはそんな従妹の様子をもの珍しそうに眺めていたが、
「やっぱりエルザ、お前、可愛らしくなったよ」
と言った。エルザはぷいっと顔をそむけ、
「……しらない」
ぼそりとそう言ったのである。
「ほら、そういうところ。昔なら、いきなり殴りかかってきたくせに」
「…………ライ兄、いじわる」
だんだんエルザの目が潤んできた。
これ以上はまずいとラインハルトもそれ以上エルザを弄るのは止めて、仁に向き直る。
「ところでジン、僕はもうこの国での役目はほとんど終えたんだ。で、出発の期日も迫っている。もし君がここボルジアを見て回りたいのなら、悪いが明日と明後日しか無い」
だが明日は午前中、フィレンツィアーノ侯爵との面談があるというので、実質1日半ということだ。
そこは済まない、と謝るラインハルトに、招待してもらっておいて贅沢は言わないさ、と仁は告げた。
「そうかい、そう言って貰えると気が楽だ。お詫びに、明日の午後は僕がボルジアを案内しよう。エルザも一緒に行くだろ?」
ラインハルトはそう言ったのである。
仁はそれは楽しみだ、と答える。初めての街なら良い案内人がいた方がいいに決まっている。
少し機嫌の悪かったエルザも、ラインハルトのその言葉にちょっとだけ嬉しそうに、うん、と素直に肯いたのだった。
それからはラインハルトから、エリアス王国の話を聞いた。
4つの州のうち、首都のある北部ノルド州は王家直轄地。南部のザウス州はフィレンツィアーノ侯爵が治め、王国西のトヴェス州はゴドファー侯爵。
そして東のイスド州はカルロス・ド・ハドソン侯爵。
「ハドソン侯爵って……」
「ああ、例のバレンティノの父親だ。良くも悪くも平凡な人物らしい。可もなく不可もなく、領地を治めているようだよ」
何でそんな親からあんな息子が、いや、平凡だからこそなのか。
そのハドソン家は、今回のバレンティノが起こした事件により、良くて男爵へ降格、悪くすれば取りつぶしになるかもという。
他にもいろいろと話を聞けた。外交官らしく、ラインハルトは各国の事情に詳しい。
そんなラインハルトに、仁はかねてからちょっと気になっていたことを思い出し、尋ねてみる。
「なあ、宗教っていうのはどうなっているんだ?」
「宗教、か。特に決まったものはない。というか、例の魔導大戦で、教会関係者とか僧侶とかも減ったらしくてね。今はほそぼそとその国その国で違う偶像を祀っているようだ」
ラインハルトが『神』でなく『偶像』という言葉を使ったことを聞きとがめた仁は、
「もしかしてラインハルトは無神論者か?」
と聞いてみた。すると、
「はは、僕が、というよりもショウロ皇国が、と言った方がいいだろう。人智を越えた存在という意味での神はいると思っているが、祈りや願いをほいほい聞き届けてくれてるような、そんな都合の良い存在はいないと思ってるよ」
「そうか、現実主義者なんだな」
そうこうするうちに夜も更けてきたので、一同それぞれの部屋へ戻ったのである。
日本での会食の席次なら、テーブルを挟んで交互に座ることになるのでラインハルトの左隣に仁が来るかとは思うのですが、そうなると話しづらいですよね。
でもエルザはラインハルトの隣に行かずになぜか仁の隣に。
そしてカップの持ち手は持つのではなく摘むのだそうです。
この世界での宗教はあまり勢力を持ってはいません。
そしてエルザ。だんだん可愛くなってきました。
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