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第十話:幻獣フェンリル

――娘のアラディアが再び目覚める事を願い、水晶のような氷塊で包み影に沈めた。


 いつまでも悲しんではいられない。

 ディオニュソスのように魔女裁判に掛けられたり、アラディアのように命を落とす者がいなくなるように。



「さて、ディオニュソスに聞きたい事があるのだけど――なぜ魔女裁判であのような磔に?」


 聞かれると思っていたのだろう、二人の目をそれぞれ見つめてから真剣な表情で話し始めた。



「まず、私は土と風の霊素(エーテル)と相性がよく、樹木達と繋がる事ができるのです」

「それは凄いわね…………ごめんなさい話を遮ったわ。続けて」


「――それで、この地には人間が産まれるより遙か昔から幻獣と呼ばれるもの達がいる事を知りました。

 そして、ある日現れた天使達が縄張りとしていた住処を侵し、怒りに触れ、私はその事を街の人々に伝えようとしたのです。

 ですが……、何故幻獣が存在しているのが解るのか、天使がそれを淘汰しようとして何が悪いのか、そう問いただされ魔女裁判に…………」


「その縄張りを侵された幻獣と言うのは何?」

「アラトト山脈に縄張りを持っていた幻獣フェンリルです」


 そう言えばアザゼルが『箱舟はアラトト山脈に落ちた』とか言っていたわね…………


「ちなみに世界各地に多数の幻獣がいるそうです。

 幻獣の祖は地上よりもっと深い冥界と呼ばれる場所から来たそうですが、樹木達も冥界の事までは解らないようで――――」


「なるほどね、話は分かったわ――要するに私は天使達からフェンリルを助ければいいのね」

「えっ!? フェンリルと遭遇し帰って来た者の話は聞かないので、こちらが襲われてしまうかもしれません……」

「何とかなるでしょう」

「随分と楽観的ニャ……」



 さて、アザゼルとも会っているケッティは天使達との事情を知っている。

 だが――ディオニュソスにも全てを打ち明け話してしまうかべきか悩む。


 魔女裁判での処刑から一緒に逃げ、気絶していたとは言え天使達との戦闘の場にも居たのだ、もう部外者ではいられないだろう。

 それに、アラディアの残した『あなたに道を示す』と言う言葉がフェンリル以外にもあるならば早い時期に知りたい。

 しばらく考え、これまで起きた事を話す事にした。


 自分が元は熾天使の長であり、アラディアが娘だった事。

 プロエレフシの森でアラディアの遣い魔でケット・シーたるケッティと出会った事。

 堕天使となったアザゼルに崖の谷間の街アテゴラで再会し、天使達を討つべく同士が集まっていると知った事。

 そして、東のエパルロラの砦に向う途中で港街シパリラに寄り現在に至る――。



「何だか話が大きすぎて頭が……」

 急に色々聞かされた途方も無い話にディオニュソスは頭から蒸気を出している。


「まぁディオニュソスはしばらくシパリラの街に戻れないでしょう。

 それに他の街にも手配が掛かるかもしれないわ。

 だから、このプロエレフシの森にいて欲しいの」


「ご主人様の代わりに家を守ってくれる人がいると嬉しいニャ」

「師匠に師事して特訓してた時以来で懐かしい地です。

 私に何ができるか分かりませんが嬉しいです」


「フェンリルを探しに行く準備をはじめるわ。用意が出来次第向かうわね」

「港街シパリラまでは<シャドー・ムーブ>で影移動できるニャ」

「アラトト山脈へはシパリラの少し手前から北側を少し迂回すれば行けると思います」

「よしっ、それでは行きましょう」

 


  ◇◆◇◆


 ――――その頃、アラトト山脈では……


「この臭い奴らか……」


「クソっ――すばしっこい奴め……荒れ狂ってやがる」


「住処を荒らした者よ頭を噛み砕いてくれる。慈悲など求めるなよ」


 まだ木々の残る山間、百体近い天使の中隊が侵攻してきた。

 巨大な幻獣フェンリルは取り囲まれる前に優位な位置へ移動する。




 ――今から数十年前の話。


 アラトト山脈の尾根と周囲の森を住処にしていたフェンリルと他の狼達。

 この時のフェンリルはまだ小さく他の狼と変わらなかった。


 陽が昇れば濡れた山肌に光がキラキラと輝き見渡せば雲海に包まれている。

 月が昇れば凛とした空気が心地好い。

 フェンリルは、ここから見る紅の満月をとても気に入っていた。


 ――ある日、空が黒く染まり、山かと見まがうぐらい巨大な物が尾根の山肌を抉り取らりながら不時着した。

 衝撃で周囲の木々が吹き飛ばされ一帯が更地となる。

 何が起きたか分からず、仲間の狼達は乗込んできた天使達の襲撃を受け死んでいった……。


 小さきフェンリルは天使達に捕まり、長きに渡り拘束され気が付いた時には子を身籠っていた。

 奇跡に近い隙をついて拘束から逃れ、傍にいた天使の右腕を噛み千切り脱走し、同族の無念を背負い幻獣となった。


 しばらくし、産まれてきた子は双子でスコルとハティと名付けた。


 それからのフェンリルは母親となった事で天使達が慄くほど強く賢く、縄張りと住処のを取り返すべく習慣的に強襲するようになり、受ける天使は中々捕まめる事も倒す事も出来ずにいた。



 ――そして今である。


 惑星改造(テラフォーミング)した地をなるべく傷つけたくはないのだろう、これまで天使達は大規模攻撃はして来なかった。

 せいぜい十体程度の分隊から五十体程度の小隊規模だったのだが――この日は違った。


 双子のスコルとハティは山脈の中腹にある洞窟に置いて来たが心配だ。

 早く天使達を蹴散らし子供達の傍に…………

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