大騒動! 伊豆温泉図演合宿③
戸田村:山林地帯
「俺達イタリヤ人、鬼畜米英違う。日本の同盟国だから実際怪しくない」
「ピザ、パスタ、ピッツァ、パスタ。アラビアータが大好き、砂漠で食べる」
日本本土に侵入し遂せたハーレー大尉の一行は、バッタリ出くわした村人の誰何を、限りなく出鱈目に誤魔化した。
問題あるいは彼等にとっての幸運は、それが通ってしまったことに違いない。というのも最近になって、大瀬崎の海軍実験場にドイツ人技術者なんかが出入りするようになっていて、しかも喧しい限りの歌を口ずさみながらワンダーフォーゲルごっこをしたりするのまでいるものだから、変テコなイタリヤ人がいてもまあ不思議はないとなったのだ。
もちろん語学に長じた者が1人でもいたら、一発で見破ることができただろう。
だが戸田村などという伊豆の片田舎に、そんな能力を有する人士などいるはずもない。村人達には日本語か否かしか判断基準がないから、英語でペラペラと喋っていたとしても、先の迷惑ドイツ人の同類としか認識されない始末である。
「一時はどうなることかと思ったが、なかなか俺等ツイてるな」
ハーレーは能天気な調子で言い、
「これは日本語で言うところのテンチューとやらかもしれん」
「大尉、それは天祐でしょう。天誅は敵をカタナで斬る時の掛け声です」
「え、そうなの?」
「そうですよ。お願いですからしっかりしてください」
副隊長のハービンジャー中尉があからさまに呆れる。
もっとも彼の言っている内容も、必ずしも正しくはなさそうではあるのだが。
「まあともかく、明後日は二度目の正月。ここで毛沢東を爆殺し、計画をおじゃんにしてやろう」
「大尉、何故毛沢東なんですか、汪兆銘ですよ」
「あ、そうだっけ。まったく東洋人の名前は覚えにくくていかん」
そんな認識で大丈夫か。そう言いたくなるような調子で、ハーレーはガハハと笑う。
もっとも下手に知恵を巡らせてコソコソ立ち回るより、無茶苦茶ながらも堂々としている方が、企みがバレぬということもあるものだ。ザックに武器弾薬を含めた諸々を詰めて山中を進む彼等は、時折遭遇する村人の好奇の眼差しに晒されながら、どうにか目的地に向けて歩んでいく。
なお旧正月に汪兆銘が沼津を訪れるというのは、出所不明のガセネタだった。
曲がりなりにも中原に覇を唱えようとする者が、一族郎党などと顔を合わせて諸々の行事を行うべき日に外遊中とあっては、あっという間に権力の座から放逐されそうなものである。
伊豆:温泉街
「罠カード発動。第十一潜水戦隊!」
高速戦艦による突撃という案に対し、青軍指揮官の源田大佐は満を持して札を切る。
皆の空想上のマリアナ諸島沖には、潜高大型潜水艦で編成された戦隊を含め、幾つかの有力な潜水艦部隊が配置してあった。水上電探と陸上からの支援を組み合わせることにより、それらに困難なる夜戦雷撃を敢行せしめるというものであった。
「赤軍高速戦艦2隻、重巡洋艦1隻が被雷。速力21ノットに低下」
「うぬう、そうきたか……」
大西中将が賽子でもって定めた結果に、高谷少将は大いに唸る。
これくらい読めていて当然といったところだろうか。戦艦が鍵と先程浮かれていた打井少佐などは、己が浅はかさを恥じてか、思い切り顔を赤らめ赤面している。
「だが……俺等の状況は終了してないぜ!」
打井は掌が破裂せんばかりに拳を握り、
「少将、突入を継続しましょう。高速戦艦は虎の子ですが、ここで諦める定めではありません!」
「よく分からんが、よし。やっちまえダツオ」
「合点承知の助!」
打井がやたら威勢よく絶叫し、高速を失った水上打撃部隊を尚も突っ込ませる。
青軍の反撃もかなり熾烈であった。島嶼防衛用の潜水艇や魚雷艇、それから陸上砲台との交戦により、損害は鰻登りになりはした。だが戦艦とは簡単に沈まないものだから、遂には艦砲射撃を実施するに至る。身動きできぬ航空基地は格好の的で、明日以降の戦いに備えていた航空機が次々と無力化していく。
「最大速力12ノットか。ダツオ、どうする?」
「もはや皆まで言う必要もありますまい。このままサイパン島はアスリト飛行場の南、オブヤンビーチに戦艦を座礁させ、陸上砲台として撃ちまくります。そこからならテニアンも射程内ですからね」
「いいぞ、その調子だ」
バンカラで鳴らす者どもが揃ってニンマリし、従兵が殴り込み案を持って大西のところへ向かう。
そうして地元の名物であるアジの干物など食い、少しばかり酒を舐めて楽しんでいると、判定結果が返ってきた。座礁には一応成功したものの、電路の切断と揚弾機故障のため動かせる主砲塔は各艦1基のみ、かつ射撃盤が破壊されたため統制射撃は不可能というなかなか厳しい内容だ。
だが戦艦はたった1隻で数個師団分の火力を持つというから、それだけあれば万々歳に違いない。
加えて高角砲や機関砲などは影響軽微であり、しかも結構な数があった。ならばそれらの援護の下、手隙の乗組員を陸戦隊として飛行場に突入させ、片っ端から航空機をぶち壊させればよいのだ。何ともとんでもない案ではあるが、高谷も打井も大波に乗ったようにゴリ押しする。大西中将も流石に渋い顔をし、一度はやり直せと伝えてきはしたものの、統裁室に押しかけて「俺は英海軍の接舷斬り込みを生き延びた」と力説したら解決した。
もっとも進退窮まったら弾薬庫に火を入れて戦艦ごと自爆だとか考えていたら、青軍を率いる源田もまた殴り込んできて、思い切り鉢合わせしてしまった。
「高谷少将、流石にあれは無茶苦茶が過ぎませんか?」
源田は本当に信じられぬという面持ちで、どうにか抗議の言葉を漏らす。
「まさかあんなやり方、米海軍は採らんでしょう」
「分からんぞ。考えつくことはやれるとかいう題の本を、奈翁丘だかあいうえ丘だかいうオッサンが書いてたはずだ。つまり俺とこのダツオが思いついたのだから、やってこないという保障などない」
高谷は勢いのままに断じ、
「ついでにメリケンつったらアラモ砦の戦いが大好きだろ。こいつはいわば海上機動アラモ砦作戦だ、ヤンキー魂とか何とかが燃え上がりそうなもんじゃないか」
「ええ、というか何ですか海上機動アラモ砦って」
「それからお言葉ですが源田大佐」
打井もまたこの上なくニヤついていて、
「結局のところただの負け惜しみでは?」
「何だァてめえ……いったい誰のお陰で横空に行けたと思っておる!?」
「ええい五月蠅い、いい加減にしろ!」
ともすれば殴り合いに発展しかねない空気を、大西の強烈な一喝が制圧する。
それから大きな溜息。海軍軍人ならもっと慎みを持てとかスマートさがないとかブツブツ文句を言った後、ついさっきまで一触即発だった者達の面をまじまじと睨みつける。
「とりあえず、状況は継続だ。正直なところ、ここまでうんざりさせられるとは思っていなかったが……戦艦を直接ぶつけるというのは、確かにマリアナの基地群を無力化する一番いい手かもしれんからな」
「型破りで不定形生物的な発想が役立ったという訳かね」
「まあ目論見通りだとは言えそうだが、調子に乗るなよ。そういう訳だ、赤も青も戻った戻った」
大西は手を叩いて退出を促した。
極まりなく強引な捻じ込みに成功した『天鷹』組は、実に意気揚々と引き揚げる。一方の源田はかなり苦い顔をしていたが、少しばかりの会話の後、精神をスイッチして青軍司令部なる広間へと戻っていった。
そうして再開された図上演習は、果せるかな、かなり厄介な結果に行き着いた。
我武者羅戦法でもって早期にマリアナ航空基地群を無力化した赤軍は、猛烈なる勢いのままに青軍を攻めまくった。当然そこで相当の損害を出したものの、遂には青軍機動部隊の撃退とサイパン島への上陸に成功したと判定された。太平洋の防波堤と位置づけられた大要塞島も、難攻不落とはいかなかったのである。
次回は4月2日 18時頃に更新の予定です。
高谷少将と打井少佐の戦術が光ります。正直、悪いロールプレイの見本のような気がしますが。
なお奈翁丘というのは「思考は現実化する」で有名なナポレオン・ヒルのことです。この作品とはあまり関係ありませんが、一応ルーズベルト大統領の補佐官を務めていたことがあるので、まったく無関係という訳ではないかも?




