着実始動、対空新兵器計画
佐賀県田代町:集落
"低"督だの"丁"督だのと陰口を叩かれてはいても、高谷少将は郷里では一番の出世頭であった。
そのため年末に帰省してみたら、たちまちのうちに大騒ぎである。真珠湾攻撃以来、陸海軍とも負け知らずであったし、海戦の主役たる航空母艦の元艦長ともなれば、大英雄の凱旋も同然であろう。無論のこと彼が指揮したのは『天鷹』に違いないが、その悪名は九州の片田舎にまでは届いていなかったし、飛行甲板上での斬り合いなんて武勇伝ができる人間が他にいるはずもない。
お陰で挨拶回りやら何やらで、実家に辿り着くまでが一苦労。
もっともその先にも、集まった親戚縁者からの質問攻めが待っていたりする。米英という世界の二大巨頭を相手取った未曾有の大戦争は、優勢が続いているとはいえ未だ終わる気配もなく、準備万端整った米軍がいよいよ反攻をかけてくるという噂も度々出る。となれば夫や息子が大勢出征している以上、あれこれ尋ねられるのも自然なことであろう。
(とはいえ、もう少し勘弁願えんものか……)
とうに昇っていた太陽を眠たい目で眺めつつ、高谷は大きく欠伸をする。
深夜遅くまで続いた酒盛りであれこれ喋り散らかした挙句、何時の間にか沈没してしまっていたようだ。それにしても頭が痛い。海軍でも大いに飲みはするが、九州人の飲酒量は海軍の比でないから、幾分弱くなっていたかもしれない。
ともかくも袴を着て居間へと降りると、昨晩と打って変わってガランとしていた。
しかも妻の則子に朝食を拵えてもらおうにも、卓上には握り飯数個と「婦人会の修練に行って参ります」との書置き。まあ海軍少将の妻ともなれば、そちらでも指導的立場にあるのだろうが――どうにも素っ気なく感じられてならぬ。寝坊なのが悪いと言われればそれまでではあるのだが。
「まあ、久々にゆっくりするかね」
誰にという訳でもなく呟くと、大口を開けて握り飯を放り込む。梅干は昔から好物だ。
続けて朝刊を取り、紙面にざっと目を通していく。ドイツ軍が猛攻撃の末にレニングラードを占領したとか、英領インドのあちこちで部隊反乱や暴動が頻発しているとか、西地中海を遊弋していたドゴール軍所属の仏戦艦が誘導爆弾の直撃で轟沈したとか、景気のいいニュースが紙面を賑わせている。方々で負け続けの蒋介石が時限爆弾で暗殺されかけたというのは初耳だった。ただそれ以外は概ね海軍内で聞いた話で、他に読むものといったら、人気連載の剣豪小説くらいのものである。
それからおもむろに起立し、ひとまず5キロほど走り込みでもするかと高谷は思い立った。
ただその直後に玄関が開かれ、「ただいま戻りました」と慇懃な声が飛んでくる。次男坊の浩二だった。物理学者の義兄に似てバリバリに理工系なこいつは、研究開発業務の関係で静岡県の実験場に行っていて半ば音信不通となっていたものだが――今年は帰省できたようである。
「おう浩二か、久しいな。元気にしとったかね?」
「もちろん。父さん、色々と上手く行きそうだよ!」
予想以上に元気な次男坊は、開口一番にそう言ってのける。
両目を爛々と輝かせたその相は、帝大の合格通知を得た時とまるで変わらない。
「例の件だけど、幾つか試作品を作って何度か試験をしてみたところ、思いの他成績がよいものが出来上がった。量産に際しての問題もほぼ解決できる見通しだから、来年の中頃には聯合艦隊の様々な軍艦に……」
「ええとな浩二、ちょいと待て。いったい何の話なんだ?」
「父さん、高角砲弾電波起爆装置のことだよ!」
浩二は興奮した声で言い、それから少し拙そうな顔をする。機密情報であるからだろう。
ただ温泉宿での一件を思い出すには十分だった。サーチライトで爆発する高角砲弾などというその場の思い付きを披露したら、光ではなく電波にすればものになるかもしれないと浩二は言い出し、さっさと研究所にとんぼ返りしてしまったのだ。
「ええと、何だ……」
高谷は随分と唖然とし、
「あの口から出任せが、本物になりつつあるのか?」
「そう、まさにあれ」
先程より幾分声量を落とし、浩二は続ける。
「とりあえず開発中の対空ロケット弾に、一定以上の電波を受信すると起動する機構を組み込んでみたんだ。パラボラアンテナで敵機に電波を照射、その反射波を信管が検出したら爆発する形で……射程から考えて有効射程は2キロ以内。急降下爆撃機に対してほぼ最後の10秒間でしか使えないだろうけど、命中精度の大幅な改善が可能という評価となったよ」
「ほう、大したものじゃないか」
心底感心しつつ、新兵器が備わった様を脳裏に浮かべる。
確かに素性がよさそうだった。『天鷹』の艦尾に取り付けられたそれがドッと火を吹き、科学的効率性を有した弾幕で敵機を包み込む様などは、想像してみるだけでも頼もしい。胸がどんどん熱くなってくる。
「ところで雷撃機相手ならどうなる?」
「そっちはまだ幾らか難しそうだね……」
興味本位の質問に、少々済まなそうな返答。
雷撃機の場合、低空から侵入してくるのが厄介とのこと。海面高度ぎりぎりの機体に向けて電波を照射すると、海面からの反射がある関係で、思った通りの位置で信管が起動しないそうである。周波数のドップラー偏移を利用する方法で解決を目指しているとのことだが、そう易々と万能兵器が出来上がったりはしないものなのだろう。
「だが急降下爆撃に対処できるというだけでも、海軍としては大助かりだ」
高谷は満足げに微笑み、
「これで多くの艦が、より長く戦えるようになるかもしれんし、来るべき米機動部隊との太平洋決戦においては切り札の1つとなるやもしれん。とすれば御国に貢献するところ大であるし、類稀なる親孝行でもあるから、まず誇るべきだ」
「もちろん。その上で慢心せず、改善していく心算だよ」
浩二もまた大いに胸を張る。
「あと高角砲弾電波起爆装置と言いながら、ロケット弾の話になってしまったのは、そちらの方が早期に実用化できると見込まれているためで、高角砲弾と高射装置、照準用の電探なんかに関してはドイツやイタリヤの技術者と一緒にやることにもなりそうだ。あちらは米英の本土空襲で結構な被害を受けている関係で、対空兵器の増強が急務になっているからね。もしかしたら僕が渡欧することになるかもしれない」
「なるほどなるほど。何にせよ俺の倅がした発明が、枢軸同盟の標準対空兵器となるかもしれんのか。これは鼻が高いな」
「何言ってるんだい、父さん」
これ以上ないほどの笑顔を浮かべ、浩二は超重大なる話を切り出した。
「父さんの思い付きから始まった新兵器なんだ。当然秘密特許ではあるけども、発明者の欄に父さんの名前を入れてもらったよ。曲がりなりにも海軍少将の名が付いていると、周りの食いつきも変わってくるからね」
次回は3月25日 18時頃に更新の予定です。
久しぶりの海軍A装置ネタです。
酔っ払った挙句に口から出任せで放言した内容が、何時の間にやら実用化され始めていました。




