ホワイトハウス戦略事情
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
史上初となる三選を果たし、アメリカ合衆国を強力に牽引してきたルーズベルト大統領。
時代の風雲児とでも言うべき彼の気分はしかし、卑劣なる真珠湾攻撃で太平洋艦隊主力が大打撃を受けて以来、優れたためしがなかった。ファシズムとの戦いと定義されたこの世界大戦に参戦し、既に2年近くが経とうとしているにもかかわらず、未だに本格的な反攻に移れていないために他ならない。
そして今日もまた、気分は最底辺へと落ち込もうとしていた。
日欧航路遮断の第一歩とされたマダガスカル侵攻作戦が、見事なまでに破綻してしまったためだ。信じて送り出した戦艦部隊は例によって酷いあり様で、トゥリラに取り残された海兵第1師団も遂に降伏。加えて連合国に協力的であった南アフリカのスマッツ政権が物理的に吹き飛ばされてしまって以来、同国は完全に情勢不安で、実のところ内戦が始まりかねない状況だった。
「まったく……いったい何をどうやったら、こんな結果ばかりになるんだね?」
深刻なる苛立ちを滲ませながら、ルーズベルトは問う。
応答はなかった。彼自ら再設計させた大統領執務室には、重苦しいばかりの沈黙が流れ――約1名を覗いて縮こまっていた。
なおその例外たるべき人物が、海軍作戦部長兼合衆国艦隊長官たるキング大将である。
どうした理由からか彼だけはサンドイッチをムシャムシャと食べており、それから淹れたてのコーヒーで美味そうに一服するなどした。見ているだけで胃がむかついてくる。
「キング提督、つまるところ君に聞いているのだがね?」
「大統領閣下、そんなものは決まっているではありませんか」
何の疑問がとばかりにキングは断じる。
「時代錯誤で頭が固く、どうしようもない紅茶狂いで、それでいて口だけは達者なブリテンのアホ紳士の言うことばかり聞いておるからですよ。マダガスカル作戦なんてのはまさにその典型です。インド洋の遮断をせねば日独の連携を崩せないとのことでしたが、あんなものは我々にインド人の面倒を見させるための方便でしかありません。あそこが今滅茶苦茶になっておるのは、元を辿れば独立を約束して反故にするなんていう二枚舌のせいであって、適当に独立でもさせて連合国に組み込めと直球で言えばいいのです」
「いったい何時から君は国務長官になった?」
ルーズベルトは露骨なまでに舌打ちし、
「私は海軍作戦部長としての責任を問うておるのだが、1から100まで全部言わんと分からぬのかね?」
「大統領閣下、お言葉ですが自分は最後まで反対いたしましたぞ。どうしてもとのことならば、新型戦艦と正規空母を最低限もう1隻ずつと申しもしましたぞ。それなのに駄馬にも劣るような、未だ宗主国気取りな似非紳士どもの口車に乗り、これでいけと命じられたのは、他でもない大統領閣下ではありませんか」
しかも英国はほんの僅かな戦力しか投じなかったと付け加え、キングはまたもサンドイッチを頬張り始めた。
「だが枢軸同盟の裏口での作戦だろう?」
暫しの後、ルーズベルトは忌々しげに唸る。
「16インチ砲艦3隻を含む戦艦5隻と大型油槽船改装の護衛空母6隻という大戦力を投じて、揃って全滅してくるなど、私の想像を超えている。何をどうやったらこうなるんだ?」
「無理がある作戦をゴリ押しするから、そういう結果が度々生じるのです。加えて地中海に加え、アラスカからハワイにかけての哨戒線を構築するのにまた潜水艦が使われていて、敵艦隊の動静を上手く探れなくなってもいます。マダガスカル作戦で敵戦力を見誤った原因の1つがまさにこれで、その危険性については前々から報告いたしましたぞ」
「ううむ……作戦の前提として情報収集能力、その改善が急務か」
ルーズベルトは何処か茫洋とした口調で言い、それから再び沈黙。
やはりもう少し戦いようがあったのではないかと思いたいところではあったが、これ以上詰問したところで事態が打開される見通しはなさそうだ。
「まあいい、話題を元に戻そう。これからどうするべきだ?」
机上に広げられた世界地図を眺めつつ、ルーズベルトは不機嫌な口調で問う。
両陣営ごとに塗り分けられたそれのユーラシア大陸沿岸部は、揃って枢軸国およびその占領地を示す赤や、枢軸寄りの中立国を意味する紫ばかりが目立っている。
「頭痛の種はマダガスカルや南アフリカだけではなく、世界中に散らばっている。オーストラリアも面倒なことになり初めておるし、蒋介石の政権もこのままでは来年にも瓦解してしまいかねん。ソ連邦もドイツ軍の侵攻を食い止めはしているものの、未だ反攻に移れてはおらん状況で、さっさと西欧に第二戦線を開かねば単独講和に踏み切るかもしれんと言ってきた。つまるところ我々は単独で戦っている訳ではなく、同盟国が脱落でもしようものなら、その分だけ余計な苦労を背負い込むことになるのだ。そうした歴然たる事実を踏まえた上で、今後の戦略を考えてもらいたい」
「大統領閣下、難しく考える必要は一切ございませんぞ」
口許を拭いつつキングは放言し、
「堂々と正面切って戦い、敵を打ち負かしてしまえばよいだけの話です。暫し遅れを取りましたが、巻き返しの時はすぐそこ。現在我々はアイオワ級6隻に加え、ヤマトとかいう巨大戦艦に匹敵する新戦艦も量産中。新鋭のエセックス級航空母艦は、東太平洋の戦いで1隻を失いはしましたが……既に4隻が戦列に加わっており、半年後には倍まで拡大。更には客船転用ながら、それをも上回る8万トンの航空母艦も就役させる予定なのです」
なお最後のそれは、元々は『ノルマンディー』という名で呼ばれていた豪華客船である。
第二次大戦勃発と同時にニューヨークへと避難し、その後の対独宣戦布告と同時に接収された彼女は、主力艦の穴を埋めるべく艤装工事中だった。
「これでもって忌々しい南雲機動部隊を全部沈めてしまえば、最悪相打ちであったとしても、勝利への道が開けるでしょう。なのにそれを毎度毎度小出しにして、あちこちで消耗させてしまうから、戦いが上手くいかんのですよ」
「提督、貴官の脳味噌には空母や戦艦のことばかり入っているように見える」
横槍を入れるは陸軍参謀総長のマーシャル大将。
「言うまでもないが、合衆国は海の上でのみ戦っているのではない。それに結局のところ、敵の根拠地を奪い取るのは歩兵の仕事だという事実を、すっかり忘却してしまっておるのではないかね?」
「仰る通りですよ。だから陸軍もモロッコだのアルジェリアだのでぼんやり遊んでないで、さっさとフランス北岸にでも上陸し、ドイツの機甲師団をペチャンコに轢き潰してパリに向かえばいい」
「そんなことを無責任に言われても困る、上陸作戦というのはそんな簡単なものではない」
「英本土には既に万単位の航空隊と数十万の兵力が展開しており、英仏海峡の制海権も万全。スターリンの欲して止まない第二戦線にもなる。とすれば作戦を敢行せぬ理由が思いつきませんな、臆病だという以外には」
「陸軍を侮辱する気か、許さんぞ!」
「その戦意、是非ともドイツ人にぶつけていただきたいものですな」
凄まじいまでの一触即発。ルーズベルトは強烈なる眩暈を覚えた。
人をして王というよりは暴君と言わしめたこの海軍作戦部長は、大変な実務能力の持ち主という1点を除けば、評価できるところが一切ない人物だ。しかも無意味に敵を作りまくる性格が災いし、開戦から暫くは奇跡的に良好であったマーシャルとの関係も、相次ぐ敗北が故か崩れてしまっていた。
(だが……)
個人的に気に入らないところが大いにあるとしても、キングの主張は一考に値するものかもしれぬとも思え始めた。
敵の中枢たる戦力を擂り潰してしまえば幾らでもやりようはある、それは紛れもない事実だろう。それに英国との間で何かと揉める地中海からインド洋にかけての問題に関しても、太平洋での優位が確立できれば自動的に片付くのではと考えられた。
加えて同盟国に引き摺られ過ぎているという認識も、確かに正鵠を射たものかもしれない。
当初より連合国に加盟していた訳ではないにしろ、艦隊の規模や師団の数、兵器の生産量などを踏まえれば、今の主役が他でもない合衆国であることは明白。であれば我々の都合がまずもって優先されるべきであるし、強引にでもそれを押し通すことが、巡り巡って他国のためとなる。相応に筋が通った論であり、聞いていてなかなか心地よくなってきた。
「たくさん沈めて殺せば合衆国の国威が広がり大勝利する。簡単なんだ、戦略なんてものは!」
陸海軍の長たる者どもがいがみ合う中、頭の中からそんな声が聞こえてきた。
きっとこれこそが天の思し召しに違いない、ルーズベルトは直観した。それからまったく大統領らしく、今後の政治日程を脳裏に浮かべる。次の選挙までほぼ1年といったところ。史上初の四選を成し遂げ、自由と民主主義を勝利へと導いた指導者として連邦史と世界史に名を遺すためには、その間に何らかの軍事的成果を挙げねばならないだろう。
そうして改めて、極まりなく喧嘩腰な大将達を眺めてみる。
今度はドイツ本土爆撃の成果に疑問を呈された陸軍航空隊のアーノルド大将が、顔を真っ赤にして喚き散らしていた。一方のキングは何処吹く風といった面持ちで、この中で誰を信じるべきかと問われれば、自ずと答えも見えてくるようである。
「諸君、静粛に」
可能な限りの厳かさをもってルーズベルトは告げ、何とか場を落ち着かせた。
続けて深呼吸。再び心の内なる声に耳を傾けると、合衆国は強くて凄いし、極秘の超兵器だって作っているのだから勝利するとそれは囁いていた。ならば問題などあるまい。不可解なほど強固なる確信を携え、彼は決断する。
「色々と不満もあるかもしれんが、ここはキング提督の主張が正しそうだ。四の五の言わずに正面からぶつかり、勝利する。まことにアメリカ的だ。ともかくも今後半年ほどで準備を整え、太平洋と欧州の双方で一気に巻き返しを図る。そのための妙案を、次の会議までにまとめておいてくれたまえ」
次回は3月21日 18時頃に更新の予定です。
ルーズベルト大統領が遂に登場。反攻の行方は如何に?
ところで米海軍、本作品ではこの段階で正規空母7隻、戦艦10隻、重巡洋艦14隻くらい喪失していることになっています。聯合艦隊がほぼ丸ごと消えるような損害ですが、それでも艦隊を再建してしまう辺り恐ろしい。




